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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第三章 ルートに片足突っ込んでいる
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ぶっかけられる準備は万端

 当面の間、図書館へ行くことを、父から禁じられた。


 強盗団は捕まり、被害に遭った公園へ行く予定もないのだが、思うに図書館で再び王太子が十八禁コーナーを出入りする場面を、娘に目撃させないためだろう。


 食事の後、折りをみて父に事情をすっかり話した結果である。

 母も、父の決定には逆らわなかった。これは恐らく、予定のイベントが終わって、用済みとなったからだ。こちらには、事情を伏せてある。

 言っても言わなくても、母の行動基準に変わりはない。


 シルバーサーガシリーズの続きを楽しみにしていた、アンは落胆した。


 「もしかして、お母様の部屋に隠していないかしら?」


 前世で乙女ゲームにハマる母である。娯楽の少ないこの世界、(ちまた)で女子に人気の小説を愛読することは、大いにあり得る。


 「そうだとしても、見せて欲しい、なんて、言えないじゃないですか」


 「そうね。こっそり買って取り上げられても嫌だし、ひとまず諦めるしかないわ」


 「あんまり間が空くと、細かいところを忘れてしまいます」


 「読み直すしか、ないわよ」


 話の続きが気になるもどかしさは、よくわかる。私だって、前世で色々な漫画を途中で読みさして、置いてきたのだ。



 しばらく経って、王宮のお茶会に招待された。

 完全に忘れていた。


 強盗団が捕まった話は、平民の間でも話題になっていた。

 私の名前は表立って出なかったが、噂好きの人々の間では、面白おかしく脚色されていた。聞いたところでは、強盗が捕まった際に襲われていた貴族令嬢は妊娠し、田舎の領地へ引っ込んだ、と言う話があった。


 また、襲われた令嬢は騎士の変装で、(おとり)だったため、まんまと引っ掛かった強盗が拿捕(だほ)された、と言う噂もあった。こちらの噂は、首都の劇団が舞台化する予定、というおまけも付いていた。


 尾鰭(おひれ)はともかく、私が強盗に遭ったのは、事実だった。

 首都を騒がせた強盗団が牢へ(つな)がれた報告は、当然王宮へ上がる。だから、私はとうに婚約者候補から外された、と思っていたのだった。


 どうやら、強盗被害程度では、候補者から外してもらえないらしい。あくまでも候補者、本命に対する賑やかしだからか。

 父も内々で問い合わせたが、辞退許すまじ、の雰囲気だったとか。交流会の費用を一部でも負担させたいのかも。


 「女官の勉強と思って、気楽に参加しなさい」


 と言われた。仕事を続ける限り一生独身でいられて、身分や収入を保証される女官も、確かに良い選択肢だ。

私としては、もうちょっと気楽な生活も探してみたい。安泰と引き換えに、生涯王宮内に軟禁状態と考えると、修道院の方が気を遣わずに済む分、マシに思える。その代わり、修道院は、個人収入を見込めないのだ。痛し(かゆ)し。


 母の方は、『乙女の花咲くトリプルガーデン』ヒロインの私が、逆ハーレムルートを順調に進んでいる、と信じて疑わない。

 今回の茶会も、王太子ルートのイベント絡みで、当然に参加するものと考えていた。


 「グレイスから紅茶をかけられるのよね」


 それは、私も覚えている。経緯は忘れたが、結果として王太子との距離が縮まった。ダメじゃないか、悪役令嬢。フラグを折りたい私にとっても、都合が悪い。


 「では、染みの目立ちにくい、濃色のドレスを用意します。ドレスが勿体無(もったいな)いので」


 「いいえ。パステルカラーのドレスを仕立てたわ。それを着なさい。大体、お前の髪色だったら、ドレスは淡色系が似合うのよ」


 そうなのだ。私の髪の毛は、ピンクブロンドである。『咲くトリ』ヒロインの印。両親共に、ピンクの要素は微塵(みじん)もない。ちなみに、弟はオレンジブロンドである。


 この世界では、他にも前世では考えられない髪の色が、自然に存在する。だから、思ったよりは目立たないけれど、残念ながら、私の他に、ピンクの髪を見たことがない。

 配色については、母の言うとおりなのだが、それはつまり。


 「では、汚さないよう気をつけます」


 「違うわ。思い切り、ぶっかけられて来なさい。目立つわよ。ほほほっ」


 やっぱり。イベントを成立させるために、万全を期すつもりなのだ。まるで、悪役母のようである。


 これまでの経緯を見るに、紅茶がかかったからと言って、王太子と距離が縮まるとも思えない。ただドレスを一着汚すだけにならなければいいが。



 王宮でのお茶会の日。

 前回と違い、私的な集まりの雰囲気だった。通された会場が屋内であること、配置されたソファの数などからも窺える。


 「こちらで、お待ちください」


 招待客の中では、私が一番乗りだった。王太子もいない。招待主が王宮の扱いだから、きっと客が揃った後で、お出ましするのだ。普通は招待主が迎えるものである。


 テーブルに菓子の用意はあるけれども、この状態では、勝手に食べる訳にはいかない。この後、グレイス=アイリス侯爵令嬢が登場するのは、絶対だ。菓子をボリボリ(かじ)っているところへ来合わせたら、そりゃあ、紅茶をかけられる。


 「あら、アプリコット男爵令嬢でいらっしゃいますの?」


 つい、美味しそうな菓子に目が行って、入り口から気が逸れた。


 「あっ。ネモフィラ伯爵令嬢。ご挨拶が遅れ、失礼しました」


 エスメ=ネモフィラが立っていた。キャラメルブラウンのふわふわした髪に、フリル多めのドレスが似合っている。今日も安定の可愛さだ。だが、焦茶色の瞳は、私に厳しい視線を注いでいた。意外に迫力がある。八歳に脅かされる十五歳の私。


 「聞きましたわ。あなたが逢び‥‥殿方とはしたない遊びをなさるから、強盗に狙われたのですって?」


 エスメ嬢は、怒りながら部屋の奥へ進んだ。彼女の動きに合わせ、私はお辞儀をしたまま向きを変える。


 「誤解です。逢引きなどではありません」


 身分が上の相手に反論するのは、難しい。許しもなく発言した、と(とが)められる場合もある。しかし、沈黙すれば、認めた、と確定してしまう。


 「それなら、パーシヴァル様、アキレア様が嘘を仰ったとでも?」


 そうだった。エスメ嬢は、彼と婚約していた。おまけに、あの日はデートの予定だったっけ? 楽しみにしていたのだろう。彼女には、素直に申し訳ない、と思う。


 「ご婚約者様には、危ないところを助けていただき、大変ありがたく存じます。また、そのことにつきまして、ネモフィラ伯爵令嬢にもご迷惑が及んでしまったようでしたら、誠に申し訳ございません」


 「べ、別に迷惑っていうほどでは‥‥」


 エスメ嬢が口籠(くちごも)る。さすがに、デートが潰れた、とは言いにくそうだ。可愛い悪役令嬢である。


 「まあ。アプリコット男爵令嬢は、登城早々に、粗相(そそう)をなさったのかしら」


 グレイス=アイリスが現れた。真打登場の迫力である。悪役令嬢っぽいシャープな造りのドレスが、栗色の髪をより美しく見せている。閉じた扇を手に持つ様に、大人の色気さえ感じさせる。実際二十歳で、私たちの中では一番年長だ。


 「これは、アイリス侯爵令嬢。ご機嫌よろしゅう。ただ今は、ネモフィラ伯爵令嬢のご婚約者様へのお礼を伝えていただくよう、お願いしておりました」


 「そうそう。ネモフィラ様は、ご婚約なさいましたものね」


 グレイス嬢の機嫌が上向いた。エスメ嬢は王太子妃候補のライバルだったのだ。

 ううむ。すると、何故この場に呼ばれたのだろう?


 今日は、王太子というより、王太子妃の側近を固める会なのか? すると、私は侍女候補という訳か。王宮勤めでも、グレイス嬢の侍女は荷が重い。侍女じゃなくて、下女候補かも。ありそうだ。


 逆ハー失敗して、悪役令嬢勝利の、ヒロイン下女落ち。前世庶民だから、下女でも生きていけそうな気もする。


 ただしその場合、男爵家もダメージを喰らう可能性がある。お取り潰しになったら、母は自業自得でも、父や弟、仕えてくれた皆には申し訳ない。

 私だけ除籍(じょせき)で切ってもらえないだろうか。


 と、将来のあれこれを予想していると、給仕を従えた女官が、ケーキや茶道具を運んできた。

 ぼちぼち始めるようだ。一口サイズのケーキの並ぶ皿を、五段に積み立てたケーキタワーのような台が登場して、テーブルの上に載った。


 日本でよく見るアフタヌーンティーみたいだ。普通は、一皿ずつ給仕が用意してくれる。私は、ビュッフェみたいな方が好きだ。


 王宮で開催する以上、誰かしら王族が参加するに決まっているのだが、このメンバーだと、今日のお相手は王太子ではないかもしれない。

 私は、はかない希望を持った。

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