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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第二章 選択しなくともイベントは起こる
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好感度が爆下がり

 「何だ、何だ、お前たち?」


 ジョセフが問いかけつつも、鞭を構える。馬用の物だ。武器にもならない。

 たちまち馬車が取り囲まれる。平民の服に、革の部分鎧を着け、手に手に剣や棍棒、斧を持っている。盗賊だ。強盗、と言った方が正確か。


 一人の男が、無言で棍棒(こんぼう)を振り下ろし、ジョセフが昏倒(こんとう)した。


 「きゃあああああっ!」


 アンが、馬鹿でかい悲鳴を上げた。御者と話すのに、窓を開けたままだった。閉めていても、この距離なら状況は変わらなかったろう。

 思った通り、強盗の視線が、こちらへ集まった。


 「やっぱり、こっちが女乗りだったな。おい、中にいる奴。全員、出てこい!」


 ひと気のない場所で、強盗に襲われるのは、残念ながら、王都でも珍しくない話だった。

 王太子の馬車が厳重に護衛されていたせいで、こっちへお鉢が回って来たのだ。


 私だって、こんな所へ来るとわかっていれば、護衛をつけた。王太子が、急に呼び出すから、悪いのだ。しかも、身バレや噂を恐れて、先に帰るとか。保身しかない。

 恋愛フラグが立っていない、と確認できたのは良かったが、私が死んだら意味がないではないか。


 「お、お嬢様。どうしましょう」


 アンが震える声で尋ねる。この分では、先に逃げて助けを求めるのも難しそうだ。

 御者は気絶している。周囲には強盗しかいない。弱った。


 「おい! 早く出ろ!」


 強盗の苛立った声が、馬車の中まで響く。


 「こ、腰が抜けて、立てないの!」


 私は、精一杯声を張り上げた。

 下手に抵抗したら、殴られた弾みで殺される。しかし、抵抗しなくても、強盗にエロいことをされてしまう場合もある。厄介なことに、強盗に遭っただけで、処女を喪ったことにされる場合もあった。そうなると、貴族令嬢としては、お先真っ暗だ。


 縁談が来なくなるのはともかく、悪い貴族共から、一夜のお相手認定されてしまう。こちらが断ろうが、嫌がろうが、やったもん勝ちなのだ。そして、(みごも)っても認知されず、未婚なのに、父がわからない子供を産んだ不埒(ふらち)な女として更に名誉を汚されるのである。


 それを避けるには、妾でも(いと)わず誰かに引き取って貰うか、修道院へ入れるか、国外へ出るか、いずれにしても、早急に手を打たねばならない。

 要するに、人生、詰みである。


 待って。私、『花咲く乙女のトリプルガーデン』ヒロインだった、筈。

 ヒロイン闇堕ちルートなんて、前世でも聞いたことがない。

 でも、初期イベントで全ルート無視した。

 その場合、何が起こるかは、友人からも聞いていない。


 私も彼女も、クリアすることばかりで、どのルートにも入らず、攻略対象の好感度を爆下げするなど、考えてもみなかった。

 詰んだ(二回目)。


 馬車に残って時間稼ぎをしても、助けが来る見込みがなければ、強盗を怒らせるだけである。素直に出れば、私から金目の物を奪って、馬車の中にいるアンを見逃してもらえるかもしれない。

 修道院も、行ってみれば、噂に聞くより面白かったりして。


 「アン。財布を出して」


 「お、お嬢様?」


 「早く」


 アンは、のろのろと財布を出した。手が震えてうまく取り出せない。腰も抜けているようだ。

 ガチャガチャ。扉が乱暴に引っ張られる。


 「今、財布を出しているところ。もうちょっと待って。開けるから」


 私が、窓の外へ向かって声を出すと、音が止んだ。時間稼ぎの言い訳ではない、とわかってもらえたようだ。

 窓、開き放しだもの。窓の位置が高くて覗き込めなくとも、雰囲気は感じられる。


 アンが、ようやく財布を引っ張り出した。私はひったくるようにして受け取ると、扉へ手をかけた。鍵を開けようとして、手が滑る。私の手は汗まみれだった。

 ハンカチを出す余裕がなく、ドレスで拭いてしまう。こんな時なのに、アンが軽蔑の眼差しを投げた。


 「早く開けろ。こっちで扉ごと、壊してやろうか?」


 ガハハ、と下卑(げび)た笑いが起こる。また手が滑ってしまった。


 「今、開けるわよ」


 腹に力を入れて、声を出す。やっと鍵を開けられた。単なる掛け金である。私も、よほど緊張している。当たり前だ。強盗に襲われに行くのだから。

 思い切り、扉を押し開けた。


 ガンッ。


 「イテッ」


 扉の真ん前にいた男が、上手いこと()ぎ倒された。私は、地面へ飛び降りた。

 くっ。ストッキングしか履いていない足が、痛い。しかし、靴を履いたままだったら、足首が折れている。


 「ごめんなさい。開けると予告しましたのに」


 と言い訳しつつ、馬車から距離を取った。あわよくば逃げようと思ったのだけれど、周囲を見て断念した。相手が多すぎる。

 ジョセフは、まだ馬車の側で気絶していた。馬も不安そうだ。蹴られなければいいのだが。


 「くそっ。このアマ」


 「うはははっ。間抜けだな」


 「そんなところに張り付いているからだ」


 扉に当たった男が、恨めしそうに起き上がる間、仲間は腹を抱えて笑っていた。

 と、黒い影が差した瞬間に、二人倒れた。


 「何だ? グエッ」


 「誰だ? ブボッ」


 「くそっ」


 残りの男たちが、動揺して辺りを見回す間に、次々と倒された。


 「きゃあああああっ!」


 アンが、また悲鳴を上げた。どさっ、と音がした。気絶したようだ。

 私は、その場から動かなかった。

 馬上から冷ややかに私を見下ろすのは、パーシヴァル=アキレアだった。


 「お怪我はありませんか」


 パーシヴァルは、馬から降りると、儀礼的に手を差し伸べた。

 やる気がないのは、明らかだった。完全にセリフ棒読み。立ち位置も、手を載せるには、少々距離がある。


 「御者が殴られました。私と侍女は無事です。助けていただき、ありがとうございます」


 私は、一歩引いて礼を言った。

 これで手を取ったら、恋愛フラグが立つ気がした。ヒロインの危機に駆けつける攻略対象なんて、イベントそのものだ。


 「おまっ。こっちに居たのか。おわっ。何だ、この惨状は?」


 また騎士が来た。どうやら、見回り中に、パーシヴァルが危機を察して先に駆けつけたようだ。とりあえず、命は助かった。

 私は、そっと、隠し持った靴を履いた。


 「まだ死んでいない。全員、縛って連れて行く。御者は、被害者だそうだ。縛らなくていいぞ」


 まだ、生きているんだ。私には、強盗が即死に見えていた。


 「ほぼ、死にかけているぞ。あああ。五人もいるのか。こりゃ、当分帰れない。ネモフィラ嬢とのデートはキャンセルだな。それで、機嫌が悪いのか」


 「おい」


 氷のような表情と声に気づいた同僚は、ぴたりと口を閉じて手を動かした。パーシヴァルも一緒になって、強盗を縛り上げる。

 私はジョセフを助けに行った。御者は、周囲の慌ただしい気配に、ようやく意識を取り戻した。


 「お、お嬢様。ご無事で」


 「騎士団の方々が助けに来てくださったの。動けそう?」


 ジョセフは、頭を押さえた。髪の乱れた感じからして、出血したみたいだ。


 「うう。まあ、何とかお屋敷までは」


 「良かった。私たち、これから聴取を受けに騎士団本部まで行かなければならないわ。手当してもらった方が、いいわね」


 私は、声を(ひそ)めた。


 「ここに呼び出した相手の正体は、秘密にするのよ」


 言われなくとも、わかっているとは思うが。


 ジョセフは、頭痛もするだろうに、ガクガクと頭を上下に振った。そんなに振ったら、騎士団に着く前に倒れてしまう。私は、落ちていた帽子を拾い、ハンカチをジョセフの頭に当て、帽子で押さえるようにして被せた。

 御者席まで誘導してやる。主従逆転の図である。


 「お、嬢さまあ」


 馬車の中から、アンの声がした。忘れていた。彼女にも口止めしなければ。


 扉まで戻って、はた、と困る。入り口が高すぎて、足を上げられない。これは、(たしな)みを無視しても、という意味だ。馬車の床に両手をついて、勢いで片足を載せる方法を使うには、ドレスが邪魔だった。

 頭を怪我したジョセフの手を、(わずら)わせたくない。


 アンが、中から手を差し伸べる。ありがたいけれど、全然、距離が届かない。

 ドレスをたくしあげようとした、私の足が、宙に浮いた。みるみるアンの手が近くなる。

 侍女の手を掴み、無事に馬車の中へ着地した。


 「あ、ありがとうございます」


 振り向いて目に入ったのは、ダークブロンドの髪。

 パーシヴァルが、私を持ち上げてくれたのだった。


 「これから本部で、聴取に協力してもらう必要がありますので」


 早く帰りたい、と濃青の瞳に書いてある。こんな人気のない場所へ、護衛も連れずに逢引きした馬鹿な男爵令嬢のせい、とも書いてある。


 「承知しました。御者が頭部に怪我を負っております。お取調べの前に、手当をしていただければ、と思います」


 「了解」


 扉が閉められた。私は、窓を閉め、内鍵をガッチリかけた。そこへ、わらわらと騎士たちが駆けつけた。出遅れた騎士の誰かが、応援を呼んだらしい。強盗退治には間に合わなかったが、荷運び程度には役に立つ。


 「(たくま)しくて、素敵な方ですわね。将来、騎士団長様に出世なさるかも。王太子様にも騎士様にも迫られるなんて、ロマンチックですわ」


 アンの発言が怖い。私と同じ体験をしたのに、本気でそう信じるのも怖いが、この世界の神に、シナリオに沿ったセリフを喋らされているとしたら、それはそれで怖い。


 「王太子殿下もアキレア様も、私に好意をお持ちではないわ。あまりに事実からかけ離れた話を広めれば、不敬で罪に問われるわよ」


 牢屋入りを(ほの)めかすと、アンは黙った。

 どうやらパーシヴァルは、エスメ=ネモフィラ伯爵令嬢と、勤務後にデートする約束があったようだ。シナリオ通り、あの茶会の後で、婚約したのである。


 デートを潰した相手に、好意を持つことは、ない。


 王太子だって、人気のない場所へ呼び出して、他言しないよう脅したのだ。しかも彼の場合、私が弱みを握って王家を脅す、と思い込んでいる。


 脅迫をしてくる相手に、好意を持つことは、ない。私は脅すつもりはなかったけれど、当人が信じていれば、同じことである。


 せめて、攻略対象の恋愛フラグを叩き折った、と前向きに捉えよう。

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