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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第二章 選択しなくともイベントは起こる
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攻略対象が助けてくれない

 図書館で過ごすこと自体は、好きだ。


 この『咲くトリ』世界は、西洋中世をモチーフとしている。スマホもTVもない中、趣味として、読書は大きな比率を占めている。

 しかも印刷技術も普及していない設定で、本は全体に高価なのだ。


 だから、図書館の本は、館内閲覧のみである。入館時に受付で名前を書いて、身分によっては保証人をつけたり、持ち物や身体検査を受けたりしなければならない。


 書写は許されているが、その場合、検査や館内での行動制限が一層厳重になる。過去には、自分で写したと称して、本を破いて持ち帰ろうとした人もいたらしい。


 一応、身分を問わず入れる規則にはなっているけれども、実質、貴族のための施設だった。

 将来、平民に嫁ぐ事も考えていたのだけれど、図書館へ出入りできなくなったら、辛い。収入が確保できれば、一生独身でも、いいか。


 しかし、逆ハーレムを達成した挙げ句、貴族令嬢としての評判を落とした結果、結婚できないパターンは、避けたい。


 「貴族年鑑、領地別統計、年度決算報告‥‥まだ早すぎて、出ていないじゃないの」


 手書きだから、本になるまで時間がかかるのである。どうしても最新の情報を知りたければ、それぞれ該当部署へ問い合わせるしかない。

 それも、一介の男爵令嬢が、勉強のために問い合わせたところで、門前払いを食らうのがオチである。


 歴史や信仰関係を学び直すならば、自邸の図書室で十分に間に合う。と思うのだが。

 帰宅しても、勉強させられると思うと、帰る気がしない。


 「お嬢様、本は、お決まりですか」


 今日は、私の侍女、アンがお供である。胸に本を抱えてソワソワしている。閲覧個室で、一緒に読むつもりだ。


 「お前、何の本を持っているの?」


 「これですか。シルバーサーガシリーズの最新刊です。第三王子が、謎めいた少女と‥‥」


 「わかった。決めるから、もう少しだけ待って」


 シルバーサーガシリーズは、若い貴族の間で人気の小説だ。シルバー王国を舞台に、複数の主要キャラが戦ったり、陰謀に巻き込まれたりする。


 明らかに、隣のアイアン王国をモデルにしているのだが、エピソードはあくまでも架空らしく、苦情が入ったという話は聞かない。作者が覆面で、誰に文句を言えばいいのか、わからないだけかもしれない。


 我が家の図書室には、娯楽小説がないのである。母の仕業(しわざ)だ。

 娯楽小説といえども、高価な本には違いない。図書館には、前世と同様、色々な本が備えてあるのだ。

 ただ、貴族ならお気に入りの娯楽小説など、飾り用、読書用、とそれぞれ全巻揃えるのが標準なので、この辺りの書架には人影がない。


 目指す本はなかったし、勉強する気も失せたし、アンのためにも手っ取り早く本を決めようと、手近な書架へ目を向ける。


 『小さな伯爵様』、『貴族令嬢は軽やかに踊る』、『仕事にかまけすぎて離縁された騎士団長様は反省して、無理矢理嫁がされた若い後妻を溺愛します』、と背表紙を眺めるだけでも面白い。

 書かれた時代が降るにつれ、流行(はや)る小説の題名が長くなる傾向にある。シルバーサーガは例外だ。


 少し離れたところに、目立たない鍵付きの扉がついた別の区画があり、前にはもう一つ受付が設置してある。

 中には、館内にも自由に持ち出せないような、稀覯本が所蔵されているという。入室できるのは、成人貴族男性のみである。


 私は一生、見られない。


 「あら、アプリコット家では、図書館で風俗を学ぶのかしら。道理で、今の流行りと、ずれている訳ね」


 振り向くと、グレイス=アイリス侯爵令嬢が立っていた。

 先日のパーティにおける、私の服装を揶揄(やゆ)している。男爵令嬢に過ぎない私は、言い返さず、礼をとる。


 「ご機嫌麗しゅうございます、アイリス侯爵令嬢」


 低く下げた頭の先、グレイス嬢の背後で、扉が開いた。さりげなく頭を上げると、出てきたのは、ウィリアム=フリチラリア王太子である。遠くからでも目立つ、水色の瞳が私を捉えた。挨拶すべきか?


 この国では、十八歳が成人‥‥未成年なのに、あそこへ出入りしたのか。受付が踏ん張っている以上、こっそり忍び込んだとか、間違いとかではなさそうだ。

 権柄(けんぺい)ずくで無理矢理入り込んだなら、人目に立ちたくないだろう。むしろ、声を掛けたら罰せられる。


 私も王太子妃になれば、あそこの蔵書を閲覧できるだろうか。いけない、いけない。本など、金を積めば買える。母の影響に屈するところだった。


 「でも、思い返しても、あのような形、色合い、組み合わせのどれも、流行った覚えがありませんわ。市井の流行りですと、わたくしも把握しきれないのですけれど」


 グレイス嬢は、後方の王太子に気付かず、嫌味を連ねる。私は、彼女の話に集中するふりをして、王太子から目を逸らした。視界の端から王太子が去るのを確認する。


 一応ヒロインの私を、助けに来る気配なし。実のところ、あんまり困ってもいなかった。

 これが仮にイベントだったとしても、恋愛フラグの心配はなさそうだ。


 「義姉様。こちらにいらしたのですか。探しました。おや、君はアプリコット男爵のご令嬢だったね。名は‥‥」


 クリストファー=サルビア伯爵が、やってきた。目元まで山積みの本を、両腕に抱えている。グレイス嬢のお供をしてきたようだ。

 義弟とはいえ、伯爵を従僕のように使うとは、悪役令嬢らしい振る舞いだ。それでいて、見る限り、仲の良さそうな姉弟である。


 逆ハー失敗したら、私が断罪されたりして。最初から恋愛を仕掛けなければ、断罪すべき罪も生まれない。

 私は、シルバーブロンドの頭を目に入れないよう、顔を伏せる。


 「マルティナにございます、サルビア伯爵。先般の茶会では、ご親切にお声がけくださり、ありがとうございました」


 「王宮ではあるまいし、そこまで堅苦しくしなくても、(とが)めないよ。良かったら、この後‥‥」


 「クリス。閲覧室へ行くわよ」


 グレイス嬢が、クリストファーの言葉を(さえぎ)った。返事も待たず、そのまま歩き始める。本を抱えた義弟が、後を追う。

 私は、頭を下げたままでいた。だから、彼が私に合図を送ったとしても、見ていない。

 王太子妃の筆頭候補は、悪役令嬢としても有能だ。

 これで、母の目論(もくろ)んだ恋愛フラグも、折れただろう。


 「ふふ」


 思わず笑みが溢れた。


 「素敵ですよね。サルビア卿」


 アンが、本を一層強く抱きしめ、うっとりと目を細める。攻略対象は、他の女性からも憧れの存在だ。誰も見向きもしないキャラだったら、わざわざ攻略する必要がない。


 「そうね。私たちも、閲覧室へ行きましょう」


 私は、ろくに背表紙も読まず、手に触れた本を引き出した。

 『貴族を訪ねて一万二千キロメートルの旅』

 どこかで聞いたような題名だ。



 適当に抜き出した本は、読んだら意外と楽しめた。

 どこかの小国に暮らす孤児が、実は遠国の貴族の息子かもしれないと知り、ルーツを求めて旅をする話だった。


 結末は置いといて、旅で訪れる先が実在の国で、それぞれの土地の気候や特産物、珍しい建造物や祭りや風習などを、詳しく書いてある。私の分かる限り、事実に即して書かれていた。

 観光ガイドブックを小説にしたようなものだ。


 思いがけず、地理の復習にもなった。母の言いつけに素直に従った形となったのは面白くないが、新たな知識も得られたので、良しとしよう。娯楽小説とて、馬鹿にするものではない。


 「アン。そろそろ帰りましょう」


 「はっ。うっかり夢中になってしまいましたわ。今日中には、読み切れそうにありません。続きはまた、今度にします」


 アンは、半分ほど読み進めた本を、名残惜しそうに閉じた。


 「何もなければ、すぐに来ると思うわ。しばらく図書館へ通え、とお母様が仰ったもの」


 緊張しつつ閲覧個室を出たが、グレイス嬢ともクリストファーとも会わなかった。

 ほっとして、本を書架へ戻す。退館手続きを終え、馬車を呼び出してもらう。


 「ジョゼフ。待たせたわね。うちへやってちょうだい」


 我が家の御者へ帰宅を告げると、ジョゼフが、おずおずとした顔を向けた。


 「ええと。お嬢様。その前に、寄らねばならない場所がありまして」


 「そうなの? わかった。私たちは、馬車の中で待てばいいのね?」


 「あ、はい。多分」


 ジョゼフは、急いで扉を閉めると、御者席へ飛び乗った。

 馬車の使い回しというか、出先の父や母を拾うとか、ちょっとしたお使い物の受け取りぐらいなら、よくあることだった。

 ジョゼフの急ぐところを見ると、頼まれ事を忘れていたとか。彼にはちょっと珍しい。失敗を取り戻すにしても、彼自身の事ではないかもしれない。


 「お嬢様。明日も特に、ご予定はございませんでしたよね?」


 「ええ。なかったと思うわ。しばらく図書館で勉強するように、とのことだったから」


 「そうなると良いのですが。もう、謎の少女の正体が気になって仕方ないですわ。私が思うに、隣国の貴族令嬢ではないかと。何故かと申しますと‥‥」


 アンは、すっかりシルバーサーガの世界に浸っている。

 見覚えのある馬車とすれ違った。中に乗るのは、エスメ=ネモフィラ伯爵令嬢であった。


 グレイス嬢といい、ヒロインが外出すると、悪役令嬢も出動がかかるようだ。どちらもニアミスで済んだのは、攻略対象者の好感度が低いおかげだろう。



 侍女の語る小説世界を聞きつつ、窓の外を眺めると、見慣れない景色があった。

 いつもの街中では、ない。両側に整然と植えられた並木道の間を、馬車が進んでいる。その足元は、石畳ではなく、土だ。


 真っ先に、御者席を確認する。

 ジョゼフが、馬を操っていた。他に誰も乗った様子はない。


 「お嬢様? あら、ここは、どこでしょう?」


 アンが現実世界に帰ってきた。


 「王立公園かもしれないわね」


 先代の王が建設した公園で、一般に公開されている。貴賤を問わず、国民の憩いの場として親しまれている。敷地はかなりの広さで、場所によっては逢引きというか、若干いかがわしいことに使われる場合もあるらしい。


 我が家の祖父も、建設に当たって貢献した。母や家庭教師から散々聞かされた割には、勉強で忙しく、実際に足を運んだのは、数えるほどしかない。

 よって、見覚えがないのである。


 「お嬢様が命じられたのですか?」


 「いいえ。ジョゼフが、帰宅前に寄りたい場所がある、と言っていたわ」


 「旦那様か奥様のお迎えでしょうか」


 「どうかしら。強盗に追われているとか、馬車を乗っ取られた感じでもなさそうね」


 侍女と話す間にも、馬車は進み、やがて停車した。

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