プレイヤーにネタバレ
テオデリクは、王太子の提案に、ひどく抵抗したらしい。
それに乗っかって、宰相夫人は国内貴族から娶るべきではないか、という意見も複数出た。
そもそも、女性騎士の導入に反対の貴族もいるのだ。
フリチラリア王国はゲーム上、王子様とお姫様がお花畑でうふふ、みたいな世界だった。女性騎士活躍への道は遠い。
ひとまず、王太子の結婚準備のため、両問題とも棚上げとなった。
今日は、結婚式の日である。
アザレア公爵の夫人は、既に亡くなっており、代わりに母が支度の立ち会いに来た。
「ウィル‥‥リアム殿下との結婚式を見られるなんて、最高のエンディングね。写メがあったらよかったのに」
久々の対面にも、通常運転である。ある意味安心だ。
「お母様。これまでお世話になりました。ケネスをよろしくお願いします」
「世話はしてないけど。私のおかげで逆ハー成功したって意味では、そうね」
「成功、したのですか?」
思わず問い返す。
「したでしょ? クリス‥‥トファー=サルビア伯爵とも、パーシー‥‥ヴァル=アキレア伯爵令息とも、テオ‥‥デリク=プロテア宰相とも仲良しで、殿下と結婚するんだもの」
いつものように愛称呼びしてしまうのを、どうにか繋げて体裁を整える。聞いている方が疲れる。
支度が整ったので、私は侍女を全員下げた。アンが不満そうにしていたので、扉の外で他の人が来ないように見張りを言いつけた。
「どなたとも、仲良しというほどではありませんよ」
クリストファーは、今や私の話し相手となったグレイス嬢にベッタリで、相談と言えば中身はほぼ惚気だ。もうすぐ子供が生まれる予定である。
パーシヴァルは、女性騎士の参考にするとか言って、私の剣稽古を見に来ては、フォスター先生とトレーニング談義をする。稽古の邪魔なんだが。
邪魔と言えば、テオデリクもよく顔を見せる。王太子との予定が次に組み込まれていると、支度の時間がなくなることもしょっちゅうだ。迷惑である。
王太子は、実父のアプリコット伯爵を繋ぎ止めるために、私と結婚するのだ。
これを逆ハーレムと呼ぶなら、その意味は、恋愛とは逆の関係で囲い込まれている、とでも定義したら良い。
「もう、最後なので、前世のお名前を伺っても、よろしいですか。恐らく、日本の方ですよね?」
私は聞いた。母の目が見開かれた。こんなに驚かれたのは、長い付き合いで、初めてだった。
「マルティナ、様も、転生者なの?」
「ええ、まあ。そうですね。でも、ゲームの事は、わからないです」
そこから怒涛の質問を噴出する母を抑え、前世の名前を聞き出した。
私と同国人だったが、まるっきり知らない人だった。
実は、ちょっと期待していたのだ。
本当に、前世でも母娘だったかも、とか、親しかった友人だったかも、とか。
親子で転生者などという偶然は、前世の因縁から生じたかもしれない。
それに関しては、期待外れだった。
逆に言えば、母や友人は生きている可能性が高い。考えようによっては、それで良かった。
特に母とは、喧嘩別れみたいになってしまったから、後を追って死んだなどと聞かされた日には、罪悪感の重みで人生暗くなっていただろう。
これで他人とわかった訳だ。
もう、ほとんど会うことがなくても、気にならない。
私と母は、乙女ゲームの駒とプレイヤーみたいな関係だった。エンディングが到来したなら、手を離れたって良いだろう。
自分でも言っていたではないか。世話はしていないって。尤も、貴族の母親としては、それは普通のことなのだ。
もっと話したそうな母を尻目に、私はアンを呼んで、侍女たちを入れる。
どのみち、お喋りに費やす時間はない。
最終点検を終え、案内に従って、式場へ移動する。
扉の前には、アプリコット伯爵が立っていた。
ヴァージンロードは、アザレア公爵と歩くことになっている。私は戸惑った。
「この向こうに、もう一つ部屋がある。アザレア公は、そこでお待ちだ」
では、わざわざ来てくれたのだ。王家と公爵が許可を出したからでもある。
「長い間、お世話になりました。その、私は逞しく生き延びるので、お父様には、お気遣いなきよう、お願いします」
本当は、私のせいで自由になれなくなって、ごめんなさい、と謝りたかった。しかし扉の向こうには、養父がいる。離れた場所ではあるが、侍従や侍女もいた。私がここで頭を下げると、大ごとになってしまう。
「そうですね。アザレア公爵令嬢は、王太子妃になられる。私もアプリコット家を後継ぎに任せて、自由にさせてもらいますよ」
父が他人行儀に返した。
そうか。私と父は他人になる。だから、気にするなと言いたいのだ。私は泣きそうになった。
「最後に一つだけ、父として忠告する」
また父に戻った。その緊張した声に、私の涙が引っ込んだ。
「殿下には、包み隠さずお話しするのだ。ちゃんと、聞いてくださる方だから」
「は、い。それは‥‥?」
どういう意味か、と問う前に、アプリコット伯爵が、扉を開けた。アザレア公爵が、いつもの、人の良さそうな笑みを浮かべて出迎えた。
「ご令嬢を、お連れしました」
「素晴らしい。ありがとう、アプリコット伯爵」
父と養父が目を合わせ、笑い合った。