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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第八章 どこがエンディングか不明だったりする
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執着系キャラの闇

 「凄かったわねえ。王妃が断罪されるとは思わなかったわあ」


 母の感想である。あの夜会から、ひと月ばかり経っていた。

 王妃は、ウィリアム王太子とアイアン王国のベリル=ブロンズ侯爵令嬢を(おと)めようとした罪で廃妃となり、死罪は免れたものの、生涯幽閉と定まった。


 そもそも何故そのような企みを起こしたかといえば、現国王の妃選びから始まっていたのだ。

 最初の王妃はアイアン王国の王女だった故ルビー妃であるが、その婚約が持ち上がる前、王妃の座を争っていたのは、グレイス嬢の母君と、ジェンマ妃であった。

 それも、ほとんど母君、当時のプロテア公爵令嬢に決まりかかっていたのだ。


 結局外交優先で、二人共に王妃候補から外れたのだが、プロテア嬢はすぐに当時社交界の貴公子だったアイリス侯爵と婚約した。


 ジェンマ元王妃は、もともとアイリス侯爵が好きだったらしい。

 王妃とならずに済んで、彼の元へ飛び込もうとした矢先の婚約発表にひどく落ち込んだ。

 さらに、親が王家以上の縁談を求めたこともあって、口さがない陰口に耐えつつ、独り身を続けたのだった。


 その後、ルビー妃がウィリアム王太子を産んで亡くなり、王妃の座を掴んだまでは良かった。

 しかし積年の恨みは消えず、アイリス侯爵夫人の弟が宰相に、継子の王太子の婚約者にグレイス嬢が最有力となったことに、我慢がならなくなったのだ。


 以前父も言っていたが、ジェンマ元王妃の実家であるヘレニウム公爵家としても、アイリス侯爵家の力が突出して強くなることに懸念を持っていた。


 元王妃は実家の意向を追い風にして、まず王太子の婚約者選定を白紙にし、時間稼ぎをすることに成功した。

 グレイス嬢を王太子妃にすることについては、他からも反対の声があったため、元王妃の案がすんなり受け入れられた。


 ここまでは、思い通りだった。ジェンマ元王妃にとっては、嫁がグレイス嬢以外なら、例えば私でも良かったのである。


 他の貴族を納得させるには、そうもいかないことは、彼女も承知していた。我が家は男爵に過ぎないので。

 ところが無難な有力候補のエスメ嬢は、パーシヴァルと婚約してしまった。もっと厄介なことには、娘のロルナ王女が、パーシヴァルに惚れ込んでしまったのである。


 そこでジェンマ元王妃は、考えた。

 エスメ嬢とパーシヴァルを別れさせれば、王太子はエスメ嬢と結婚できるし、ロルナ王女もパーシヴァルと結婚できる。アイリス侯爵家の勢力も抑えられる。


 ただ二つの結婚には問題があって、エスメ嬢はネモフィラ伯爵家の唯一の跡取り娘で、パーシヴァルは三男坊の土地なしなのだ。今のままでは、王女を養う資力はない。


 もし、ロルナ王女が女王として立てば、という考えが、ここで出てくる。

 そうなれば、パーシヴァルは王配として、王女と共に王宮に住めば良い。王太子が辺境へ婿入りすれば良いのである。


 この考えを実現するには、王太子を廃嫡させなければならない。

 初めは、エスメ嬢と密会するところを強盗に襲わせ、パーシヴァルとエスメ嬢の婚約を壊すのが主目的だった。

 あわよくば、王太子に怪我を負わせるつもりだった。怪我の程度によっては、王太子辞退もあり得るからだ。


 そう。私が襲われた強盗団は、ジェンマ元王妃が仕向けたものだったのだ。

 強盗団は依頼人も目的も知らされておらず、ただ彼らのいつもの仕事をしただけである。


 王太子をあの現場へ連れて行ったのは、御者である。御者も詳しい計画を知っていた訳ではない。

 密会相手も被害者も私となったのは、偶然のなせる業であった。私が、乙女ゲームのヒロインだったせいかもしれないけど。

 ともかく、作戦は失敗した。


 その後、お茶会へ招待するなど、パーシヴァルの方に色々アプローチをかけたものの、彼はあの通り筋肉フェチで政治的野心がなく、エスメ嬢一筋だった。


 手をこまねいているうちに、ベリル=ブロンズ侯爵令嬢が現れた。

 彼女は、婚約のために来たのではない、と王家に明かしていたものの、婚約者もおらず、王太子とも親しくしている。二人が絶対に結婚しない保証はなかった。


 アイアン王国が相手ならば、アイリス侯爵家の勢いも抑えられ、ジェンマ元王妃の個人的怨恨も晴らせる筈である。


 ここで止めておけば良かったのだ。

 一度、自分の娘を王位に就ける、という考えを思いついた元王妃は、その考えに囚われてしまった。

 そのため、ロルナ王女のお相手はさておき、王太子の排除が彼女にとって急務となった。


 ここからが、少々怪しい話になる。

 公式には、ベリル嬢付きの侍女と似たサマンサを見つけた元王妃が、弟のキャムを誘拐し、彼女を脅して王太子が大量虐殺を目論(もくろ)んだ、と自白させる計画を思いついたことになっている。

 これだけでも、結構ややこしい話だ。


 試みは失敗し、王妃が全ての罪を被ったのは、パーティで見た通りである。

 居合わせた貴族の全てが、発表通りと信じたかどうか。今の所、他の噂は聞かない。ややこし過ぎて、突っ込むと危ないと思われているのかもしれない。


 ジェンマ元王妃の実家であるヘレニウム公爵家は、一連の事件全てに関わっていた訳ではないが、元王妃の動向を把握しながら、静観していた事は確かである。その咎により、国王は領地の一部を召し上げた。

 幾つも持っていた爵位も、一部返上させた。


 ロルナ王女は一連の計画に無関係だったとして、罪には問われなかったものの、ヘレニウム公爵家の預かりとなった。いずれどこかの貴族と政略結婚させられるのだろう。外国へ嫁ぐかもしれない。



 断罪パーティの後、王太子の結婚に関する動きはない。王妃が強力な隣国の貴族を巻き込んで、王太子を害しようとした、一大スキャンダルの始末で、それどころではないのだ。

 暇になった私は、母に呼ばれてお茶をしつつ、今回の事件を振り返っていた。


 「コガンに嵌められたのよ」


 母は断言した。


 「何でキャシテライトさん‥‥今は、ニッケル伯爵だっけ‥‥が、王妃陛下を嵌めなければならないのですか?」


 ベリル嬢はアイアン王国へ帰国後、コガン=ニッケル伯爵と婚約を発表した。

 キャシテライトは母方の姓である。

 出自は平民だが、この度、伯爵家の養子となったのだ。何でも、実父がアイアン王国でも有力な家柄の、ゴールド伯爵だ、という噂である。


 「それは、ウィルを守るためよ」


 母は得意気に自説を披露する。未見スチルをゲットした(と、信じている)嬉しさで、あのパーティ以来、今日までご機嫌であった。


 「彼は、アイアン王家の血筋でしょ。王妃が、廃嫡しようと企んでいることに気付いて、返り討ちにしたのよ。それに、コガンはベリルに執着しているから、彼女を自分の物にするために、あちこちと取引したんじゃないかしら。王太子の地位を安定させたら、貴族の身分とベリルを貰う、とか。それに、男だってバレたせいも、あるかもね」


 私がキャシーの正体を見破ったことも、コガンは知っていると思う。

 ただ、コガンとして対面した時、私は初対面のフリをした。他方、ジェンマ元王妃は、それをネタに脅した。


 対応を間違ったら、もうヒロインでもない私の命も、危うかったかもしれない。ゾッとした。


 「なるほど。ですが、ニッケル伯爵は、実際のところ何をしたのでしょう?」


 会場には、侍女のキャシーとコガンの両方と接したことのある貴族が何人もいたが、誰も二人が同一人物とは気付かなかった。宰相のテオデリクですら、気付かないのだ。


 これはもう、ゲーム補正である。

 とにかく、コガンの変装は完璧なのだ。その能力を駆使して、彼がどんな工作をしたのか、わからないままでは、すっきりしない。


 「うーん。王妃断罪エピソードは、『咲くトリ』ネット掲示板でも見た覚えがないのよね」


 母は首を傾げる。私はメリイを見た。

 母の侍女は、もはや断罪やネットぐらいでは、反応しなかった。『咲くトリ』が、乙女ゲーム『花咲く乙女のトリプルガーデン』の略称であることも、恐らくは理解済みである。今や、彼女はメインルートしかプレイしたことのない私よりも、ゲーム知識が多いかも知れない。


 「あの偽キャシーには、絶対関わっていると思うわ。例えば、そうね‥‥弟を誘拐して解放したのが、コガンとか」


 「お母様」


 思わず、家の中なのに周囲を窺ってしまった。もちろん、この場にいるのは、母と私とメリイだけである。私の侍女アンは、他の用事に回している。


 母は、平気なものである。


 「もしキャシーが本物だったら、王妃は断罪されなかったでしょ?」


 私は考えてみた。

 キャシーが本物だったら、元王妃の主張は(おおむ)ね認められただろう。たとえ取引をばらされたとしても、アイアン王国の貴族の手下が、王太子を潰そうとした事実は消えない。


 フリチラリア王国は、アイアン王国に対して強力な手札を得る。

 でもキャシーが、国に不利益をもたらさないために元王妃との取引を喋らず、単独で王太子と取引をした、と供述する可能性もあった。

 そうなれば、元王妃の狙い通りに事が運ぶ。すなわち、王太子の廃嫡である。


 「つまり、ジェンマ元王妃の力を削ぐために、キャシーは偽物でなくてはならなかった。でも、そこまでします?」


 「いやあね。したかどうか、私にわかる訳ないでしょ。コガンには、理由も実現能力もあるってことよ。考えてみて。弟が逃げ出したタイミングが、良すぎるじゃないの」


 母の言葉がストン、と腹に落ちた。

 最初からコガンは、王妃を排除するため、派遣されてきたのかもしれない。成功すれば、実質的に爵位を得るほどの功績。

 そして爵位を得れば、ベリル嬢と結婚することもできる。コガンは、ヒロインのベリル嬢に執着するキャラクターなのだ。


 今回の件でアイアン王国は、王太子の足を引っ張る王妃を退けてフリチラリア王国に恩を売り、なおかつベリル嬢が冤罪を被せられそうになったことで、今後の交渉に有利な手札を得た。


 結論。権力闘争は、恐ろしい。

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