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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第七章 バッド展開でも断罪はある
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証拠を揉ませていただきます

 サマンサの言葉を聞き取った貴族がざわつく。国王が手を挙げると、ぴたりと収まった。ピンを落としても気付くような静寂の中、メイド姿の娘の言葉が続く。


 「私に瓶を渡した人が、仲間と話しているのを聞きました。これで、王妃様から報酬が貰えるって」


 「嘘つき! 騙したわね!」


 王妃が立ち上がり、段を降りてきた。国王が止める間もなかった。

 つかつかとサマンサの前まできた王妃は、前へ出たパーシヴァルの体越しに、彼女を睨み据えた。


 「お前が、自らその計画を提案してきたのは、このためか!」


 「王妃陛下、落ち着いてください」


 「陛下! この者は、偽りを申しております。その証拠に、この者は、まず性別から偽っているのです」


 私は、顔をベリル嬢へ向けたいのを堪えた。

 目だけ動かして見ると、コガン=キャシテライトが側に戻っていた。よく見えないけれど、多分動揺はしていない。


 コガンがキャシーに化けていた時、王妃にバレて、取引で王太子を陥れる計画を立てたということ、かな?


 どっちにしても、ダメじゃないか、王妃。


 ただ、メイドのキャシーは、王妃と会った、とは言っていない。この辺り、何か裏がありそうだ。


 「キャム。君を抱きしめている人は、お兄さん? それとも、お姉さん?」


 尋ねたのは、ウィリアム王太子だ。聞くまでもない。さっき、姉ちゃんと呼んでいた。


 「ね、姉ちゃんです」


 弟は戸惑いながらも答えた。王妃は、今にもサマンサをひん剥きそうである。止めるパーシヴァルも、王族の女性相手には、力ずくとはいかない。


 「言葉でなら、いくらでも誤魔化せるわ。本当に女だと言い張るなら、証拠を見せなさいよ。男だと知られたら困るから、脱げないのでしょう?」


 興奮の余り無茶を言う。が、計算しての発言なら、王妃もなかなか(あなど)れない。

 通常、女が公衆の面前で胸などを晒すことは、あり得ない。


 ただ同時に、男だから脱げない、と言う理屈も成り立つ。

 それに、王妃は本気でサマンサをキャシー、つまりコガンと信じているようなのだ。このままでは、堂々巡りである。


 「マルティナ=アプリコット男爵令嬢」


 不意に名前を呼ばれた。嫌な予感がする。気持ちと裏腹に足は勝手に動き出す。

 玉座前へ出て礼を取った。私を呼んだのは、国王である。


 「その者の性別を、この場で王妃と確認せよ」


 丸投げされた。何で私が、とも思ったが、兵士その他の警備は全員男、給仕も男である。ここには侍女がいない。

 王妃を始め、高貴な方々のお手を煩わせる訳にもいかない。


 その点うちは、平民あがりの男爵家。王族から見たら、限りなく平民に近いのだろう。

 どうせ、国王に命ぜられたら断れない。


 「テーブルクロスを一枚、ご用意ください」


 即座に白い大判の布が来た。持ってきた給仕を止め、近くに待機する二人も使って、即席の壁を作った。

 王家のテーブルクロスは、大きくて厚手の布地だ。顔をくっつけたところで、中を透かし見ることはできない。


 「サマンサ、そこへ入って。王妃陛下も、ご一緒いただけますか?」


 サマンサは、キャムをそっと離すと立ち上がり、給仕の間から中へ入った。

 王妃が入る際は、給仕が気を利かせて左右へ広がったので、中のサマンサが丸見えになった。


 「閉じて。勝手に動かないで」


 さすがに三人も女性が入ると、狭い。しかもそのうち二人は、裾のたっぷりとしたドレスである。布の壁が、スカートに押されて外側へ膨れる。

 給仕たちの手が限界を迎える前に、とっとと終わらせねばなるまい。


 「とりあえず、胸のボタンを外してくれる?」


 「はい」


 大勢の貴族に囲まれた中から、狭い空間に女性だけとなり、サマンサは大分落ち着いたようだった。こうして正面から見ると、なるほど、本物のキャシーに似ている。


 偶然ではあるまい。コガンが、同じ髪の色を持つサマンサに目をつけ、彼女に似せて侍女に化けたのだ。私が変装を見破れたのは、きっとヒロインスキルだろう。現に、別人を目の前にする王妃は、全く気付いていない。


 となると、コガンは前々から彼女を利用する意図があったことになる。王妃に男装がバレた事自体、王妃を嵌める計画の一部だったかもしれない。

 それがアイアン王国の謀略(ぼうりゃく)なのか、王妃が言うように、王太子とベリル嬢が手を組んだ結果なのか、私には分かりようもない。


 一つだけ言えることは、権力者の闘争って怖い。


 王宮勤めを生涯安泰と考えるのは、甘かった。巻き込まれたら、命の危険もある。

 私は、平民に埋もれて生活を送ろう。跡取りには、ケネスがいる。父も、そんなに反対しないだろう。


 気付いた時には、目の前に、立派な双丘が現れていた。サマンサは、着痩せするタイプだった。


 「本、物?」


 隣で王妃が、釘付けになっている。手を伸ばしかけ、私を見た。


 「え、触るんですか? 私が?」


 テーブルクロスの壁が、大きく揺れた。揉める時間はなさそうだ。いや、そっちの揉むじゃなくて。


 「ちょっと、失礼」


 「あ、はい」


 私は、下から持ち上げるようにして、サマンサの胸に触れた。固くてしっかりしているが、間違いなく人肌である。


 「陛下。本物です。サマンサ、お前は服を着て」


 「まさか。そんな」


 王妃は、ボタンを留めかけているサマンサの胸に手を伸ばした。


 「あっ」


 「あっ」


 敏感なところに触れてしまったのか、声を上げたサマンサが頬を赤く染めた。王妃が声を上げたのは、本物の感触に驚いたせいだ。


 「開けよ」


 国王の声と同時に、テーブルクロスが下へ落ちた。サマンサの乳房が隠れるギリギリのタイミングだった。危なかった。


 「何かあったか、と思ったんだよ」


 パーシヴァルが、こっそり教えてくれた。もちろん、わかっている。

 それに、平民の人権など、王族の髪一筋よりも軽い。貴族女性にこんなことをされたら、決闘ものである。


 「して?」


 「女性でした。王妃陛下も確認しました」


 と、王妃を見ながら国王に報告した。

 ボタンを留め終わったサマンサの腰に、キャムが後ろからしがみつく。


 「妃よ。其方の言うキャシーと、そのメイドが別人であることが判明した。これで、少なくとも、ブロンズ侯爵令嬢がこの件に関わっていないことは、確実となった」


 「しかし‥‥では、本物のキャシーを連れてきてください。ブロンズ侯爵令嬢に、その名前の者が仕えていることは、確かなのです」


 国王の言を(さえぎ)って、王妃が言い募る。この先の展開を考えれば、必死になるのはわかる。とはいえ、事は外交問題である。

 国王の顔面に、怒りの色が現れた。


 「国王陛下、発言をお許しください」


 ベリル嬢が、高らかな声を上げた。ここまで沈黙を保っていた外国の貴賓に、注目が集まる。


 「もちろんだ。お客人に、あらぬ疑いをかけた上、長々待たせてしまった」


 「いいえ。この場でおん自ら疑いを晴らしていただき、感謝します。今後の両国関係のためにも、紛争の火種は小さいうちに完全に潰すべきです」


 (りん)とした態度は、図書館やお茶会で会ったベリル嬢とは、別人の印象であった。いよいよヒロインの反撃か?


 「王妃陛下の仰る名前の者は、確かにこちらで私に仕えておりました」


 おお、という声が、僅かに上がる。まだ王妃の勝つ芽がある、と期待したのか。振り子の(おもり)がどこまで振れて、どこへぶち当たるのか、大方の者には読めないだろう。私にも読めない。


 「彼女は私に先んじて帰国しました。それに先んじて、彼女が王妃陛下と面会をした記憶はございません。仮に彼女が私の知らぬところで面会を果たし、そのような不穏な提案をしたとしても、実行する事は不可能です。加えて」


 驚く王妃に、ヒロインは畳み掛けた。

 どうやら、ヒロイン自ら悪役を断罪する流れのようだ。悪役令嬢でなく、悪役王妃とは予想外である。ラスボスの位置付けだろうか。


 「そのような提案をせざるを得なかったとしたら、我が国の者に対し、相当な脅迫行為が先にあったと断ずることになりますが、王妃陛下におかれましては、お認めになられますか?」


 「くっ」


 王妃は詰まった。認めたらアイアン王国に喧嘩を売ったことになるし、否定したとしても、王太子を陥れる計画に乗って行動したことは明らかになっている。


 先ほど、国王が差し伸べてくれた救いの手が、最後の綱だったのだ。ここに至っては、王妃といえども、無罪放免とはいかない。


 「お前が‥‥いなければっ!」


 王妃は、近くにいた若年の兵士の腰から、剣を引き抜いた。

 パーシヴァルが、ギョッとして腰に手をかける。しかし、王妃相手に少しだけ躊躇(ためら)った。

 王妃は、引き抜いた勢いで、王太子に剣を振り下ろした。


 ガキンッ。


 危なかった。

 剣の重量と、振り下ろすエネルギーが、思ったより大きかった。


 王妃から離れた剣が、くるくるっと頭上で回転し、少し離れた場所へ、落ちた。

 貴族たちは、もとより遠巻きで見ていた。


 私は、王太子に襲い掛かろうとする王妃の剣を、下から払ったのだった。

 ありがとうフォスター先生。先生の鬼特訓が活かされたよ。


 「捕えよ!」


 国王に命じられた近衛兵が駆け寄る。王妃は呆然として、もう抵抗しなかった。


 「お前、ああいう時は、上から叩き落とすんだよ。危ないじゃないか」


 パーシヴァルが言った。

 とうとう、お前呼ばわりされた。また格下げである。

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