刃が最後に落ちる先
会場が、王太子の意見に傾きつつあった。クリストファーなどは、部下に指示して筆記の用意をさせている。この場の証言を記録として残すつもりだ。
「まずは、この場で話すかどうか、当のメイドに聞くが良かろう」
王妃と王太子の言い合いに、国王が終止符を打った。それからメイドに柔和な顔を向ける。
「さて、メイドよ。お前は先ほど、余にキャシーと名乗ったが、どうやらそれは偽りのようだったな」
「はっ、あっ、も、申し訳‥‥」
横顔しか見えないけど、メイドが紙のように白くなったのは、わかった。それに、震えているのも。抱き合う弟も一緒にガタガタと揺れる。
国王の問いに偽りを答えたのだ。即座に斬り殺されてもおかしくない罪だった。
「余は、その理由を知りたい」
メイドの声を遮るように、国王が声を強めた。
「今すぐ吐くか、然るべき手続きの下で供述するか、選ばせてやろう。先の罪は、事情によって斟酌してやる。だが、次に偽りを申したら、それがどのような事情であろうと、容赦しない。肝に銘じよ」
言い終わる頃には、柔和な顔から恐ろしげな顔に変化していた。ほとんど表情を変えていないのに、印象がガラリと変わる。
王太子は父似なのだな、と納得する。私は野次馬だから面白く見て済むが、当のメイドは、恐怖のあまり声も出ず、こくこく頷くだけだった。
これも不敬に問える罪だが、国王は不問にした。
「して、いずれを選ぶ? 答えよ」
何なら後でまとめて裁くつもりだろう。
「ひいいっ‥‥いま、只今お話いたしますっ」
メイドは慌てて声を出そうとして、悲鳴から始めた。貴族の誰かが吹いた。一緒に笑おうとした仲間が、国王の一瞥で凍りついた。
「では、早々に始めよ。まず、真の名前と出自からだな」
そう言った国王は、柔和な顔に戻っていた。目の前であれだけの変化を見せられても、慈悲深さを感じてしまう。
恐るべき為政者である。
「は、はい。私はサマンサと申します。両親は数年前に病気で亡くなり、この弟キャムだけが家族です」
ここまで一気に喋ったメイドのキャシー、実はサマンサは、そこで次の言葉が出てこなくなった。
国王が、パーシヴァルを見る。それで、通じた。
「お前は、王宮のメイドなのか?」
「いいえ。違います。普段は、配達や臨時の下女として、幾つかの仕事を掛け持ちしております。ただ、両親がいた頃は、王宮への配達に同行しておりましたので、厨房周りの様子は、何となく覚えておりました」
パーシヴァルの問いに応じたサマンサの答に、会場がざわついた。すっかり傍聴人である。王妃はというと、まるで初めて見聞きする話みたいに、サマンサを見つめていた。
「弟が監禁されたことと、今回お前がしたことには、関わりがあるのか?」
パーシヴァルが、次の問いを発した。
「はい。弟を攫ったと名乗る人が、返して欲しければ、言う通りにしろ、と」
サマンサは、もう震えていなかった。国王をまっすぐに見上げ、はっきりと話した。その胸に抱かれた弟が、姉を見守っている。
「どのようにしろ、と指示を受けた?」
「王宮メイドの服と小さな瓶を渡されました。そして、メイドの服を着て王宮へ入り込み、このパーティが始まる直前に、とある場所へ置いてある酒樽の中に、瓶の中身を空けるよう指示されました。名を問われた際は、キャシーと名乗れば怪しまれない、とも言われました」
「嘘。そいつは、嘘つきよ」
王妃が鋭く言った。顔色が悪い。
「黙って聞け」
国王が、低い声で制した。王妃は不承不承従った。
「そんな簡単な指示で、よくわかったな」
と突っ込んだのは、王太子である。サマンサが、パーシヴァルを見た。
パーシヴァルが頷く。
「その時には、具体的に入り方や行くべき場所など、わかりやすく教えてくれました」
「細かいことは、後ほど改めて聴取する。その後、お前はどのように行動した?」
それはそうだろう。パーシヴァルも、先を急がせた。パーティが終わる時間はとうに過ぎているのだ。国王の求めといえども、延々自白ショーを続ける訳にはいかない。
外国の賓客も含め、貴族を大勢待たせ過ぎて、不測の事態が起きても困る。私も立ちっぱなしで、少々疲れた。椅子まで行って座るのも難しい。
「言われた通りにしたら、王宮にはすんなり入れました。今日の催しのため、普段よりも人の出入りが多かったようです。目的の酒樽も、教えられた場所にありました。私は上にある栓を引き抜き、瓶の中身を注ぐと、栓を元通り差し込みました。下へ降りた途端、兵士の皆様に捕まり、ここへ連れてこられたのです」
パーシヴァルは、ここで国王に顔を向けた。
国王が軽く手を動かすと、彼はサマンサの側に待機していた兵士を見た。
「では、陛下の代わりに問う。お前たちは、何故彼女を捕らえたのか」
「その女が、酒樽に何かを注ぎ込むところを目撃したからです」
二人の兵士のうち、先輩格らしい方が答えた。すかさず、王太子が手を挙げた。
「最初の報告では、見張りの者が行為を目撃した、と申していたぞ。それとも、お前自身が見張りだったのか?」
サマンサが連行されてきた時、パーシヴァルは不在だった。今思えば、キャムの事情聴取やら事実確認やらに動いていたのだ。だから彼は、兵士の発言を耳にしていない。
「それは、私です」
後輩らしい兵士が答えた。先輩に比べて気弱そうな感じである。
「先ほど王妃陛下が、証拠を得るため、彼女が混ぜ物をするまで見逃すよう指示したと発言されたが、直接指示を受けたのか? 混入物が含まれる酒樽をそのまま会場に供するように、と指示をされたのか? 証拠が必要なら、酒樽を保管すれば、済むではないか」
王太子が畳み掛けた。酒樽については、その通りだ。王妃が具体的に指示したのなら、それこそ大量虐殺を狙ったと責められても仕方ないのでは? 一応、飲むのを止めてはいたけれど。
「王妃陛下からの、直接のご指示では、ございませんでした」
後輩兵士は、早くも泣きそうになっていた。
彼の話によると、王妃の侍女が来て、酒樽に混ぜ終わるまで見守れ、と言われたのだそうだ。
グラスに配られるまで、とは言われていない。その後、メイドを捕まえたら会場へ連れて行くよう指示をされていたのだが、応援の先輩が駆けつけて事情聴取を始めたり、証拠の瓶を取り上げたりするうちに、酒樽の方を忘れてしまったのだという。
「王妃陛下の侍女から話を聞く必要がある。良いな?」
国王が、王妃に念を押した。王妃は、一も二もなく頷いた。王太子を告発したつもりが、何故か自分が罪に落とされそうだったのを、兵士の証言のお陰で、首の皮一枚繋がり、ホッとしたところだったのだ。
王妃の発言を思い出せば、彼女もグラスに毒を仕込んだ状態を想定していた、とわかるのだが、あいにくこの世界、ICレコーダーがない。肝心な部分を侍女のせいにする可能性はある、というか、権力者ならそうする。
国王の意を受けて、近衛隊長が指示を飛ばす。
「陛下。続きを始めても、よろしいですか?」
王太子が発言した。そうだった。元々、彼の無実を証明するため、サマンサに公開尋問しているのだった。
王妃のせいでなくて良かったね、という雰囲気で終わるところだった。王妃は不安そうな顔になったが、今度は騒がず耐えた。
ロルナ王女が、その側にぴったりくっついている。
国王の許可を得た王太子が、パーシヴァルに尋問役を返した。
「では、サマンサ。弟を誘拐し、お前に瓶と服を渡して酒樽に中身を混ぜ込むよう強要したのは、誰か?」
サマンサは、玉座を見上げたまま、動かなくなった。
再び強く抱きしめられたキャムが、頭を彼女の肩に伏せる。
「良い。お前が偽りを述べたのでない限り、お前を不敬に問うことはない。告発した相手から危害を受けぬよう、手も打とう」
国王直々のお墨付きを得たサマンサは、口を開こうとしたが、声にならないようだった。
「もし、上の者が関わっているなら、今のうちに、全部話せ。ここで庇っても、後で消されるだけだ」
パーシヴァルは声を落として彼女に語りかけたのだが、静まり返った会場には、よく通った。
後で消されるとは、大胆な発言だ。噂ではよく聞く話である。
「お、うひ様が‥‥」