断罪する人される人
「はい。私はここに、ウィリアム王太子の廃嫡と、ロルナ王女の王太女指名を進言いたします」
一瞬だけ、会場がどよめいた。すぐに静まったのは、続く言葉を聞き逃さないためである。私も耳を澄ませた。まだ、王妃の手の内が知れない。手段の如何で、巻き込まれる危険があった。
「重大事だな。それこそ、手順を踏んで正式に行うべきことであろう。今、でなければならない理由を、述べよ」
国王は、落ち着いて話を促す。意外と大物なのかも知れない。もちろん、一国の王なのだ。只者ではないのだが。
「はい。それは、王太子が、アイアン王国の貴族と手を結び、我が国をこれに売ろうと企んだが故のことです」
会場が前よりも大きく、どよめいた。参加者の視線が一方に向けられる。私も、ウィリアム王太子を見た。
王太子は、口を引き結んで立っていた。その顔色は、青い。人々の視線を受けて、開いた口から出る声が、聞いたこともないほど、か細かった。
「誤解です。私は‥‥」
ベリル嬢が、励ますように寄り添う後ろに、ぴたりと張り付くコガン。
ヒロインと攻略対象が断罪されるというのは、バッドエンド、攻略失敗なのだろうか?
扇で顔を隠しているのを良いことに、頭を巡らせて母を探す。
意外と近くにいた。
食べ物の並ぶテーブルの反対側に、父とケネスと一緒に居て、ことの成り行きを見守っている。というか、
『このスチル初見だわっ。ワクワクしちゃう』
と思っているに違いなく、手に汗握って観戦中だった。ネットで結末を知っての余裕かもしれない。
母の知る情報を聞きたかったが、動けばさすがに目立つ。一応元ヒロインの私である。
折角無事だったのに、流れ弾に当たって断罪に巻き込まれる可能性だってあった。
「王太子は、そこにいるベリル=ブロンズ侯爵令嬢を通じ、王宮に暗殺者を引き入れました」
王妃は、王太子の言葉が終わらぬうちに、話し始めた。会場がざわめいた。今度は、はっきりと不穏な空気であった。
コガンを指すのは明らかだった。私は、母を見たいのを、必死で我慢した。母が、私に目配せなどしていないことも、祈る。
ここでそんな動きをしたら、確実に仲間だと思われるではないか。
「その暗殺者を使い、王宮の現体制を弱体化させ、自らが実権を握るためです」
ざわざわ。
皆、衝撃を受けているが、私は実感が湧かない。しがない男爵令嬢に、裏の動きなど読める訳もない。実のところ、王妃の訴えも、いまいち理解できなかった。
王太子は、次期王である。黙っていても、最高権力者の座が約束されている。貴族同士のしがらみで、独裁者にはなれないけれど。
王制を弱体化させたら、自分が困るだけではないか。
父がいつか言ったみたいに、アイリス家の横暴を心配するなら、別の家から娶れば良い。
現に、一度決まりかかった婚約を、改めて選び直している。それだけの力を既に持っているのだ。
暗殺者を王宮に入れる必要がない。しかも、国外の貴族に協力させたら、弱みを握られたも同然だ。
それこそ国が滅ぶ。
王太子がいくら馬鹿だったとしても、それはない。そして、ウィリアム王太子は腹黒であり、馬鹿ではない。
「もとより王太子は、遠からずこの国の権力を握る存在だが?」
国王が、もっともな指摘をする。王妃は揺るがない。そこであたふたするなら、初めから言わないだろう。
「ですが、その血の半分はアイアン王国に由来します。彼が、かの国に自国を売り渡すとなったら、並いる貴族がこぞって反対するでしょう」
ざわざわざわ。
王妃の言葉に、貴族の面々が動揺する。
「穏やかでないな」
国王が、グラスを持ち上げた。王妃が慌てた。
「お待ちを。陛下、そして会場の皆様。乾杯のグラスに、決して口をつけてはなりません」
どよどよどよ。
会場は、たちまち騒がしくなった。各々手にしたグラスの始末をつけたくとも、置き場がなく、テーブルまで移動する間にこぼすことを恐れて、動けない。
「毒か?」
「はい。証拠をお見せするため、敢えて見逃したのです。あるいは、直前で考え直してくれるかとも、期待したのですが」
しおらしくため息をついて見せる。いやいやいや。何という綱渡りを。おっちょこちょいな誰かが飲んだら、死人が出るではないか。
よく見たら、王妃とその側に座るロルナ王女だけ、グラスを持っていない。
国王や貴族を皆殺しにしようとしたのは、むしろあなた方なのでは?
「犯人は捕らえてあります。ご安心ください」
まるで私の心を読んだように、王妃が声を高めた。会場に、ホッとした空気が流れる。
中には気が緩んでグラスを口にしようとする貴族がいて、周囲に止められていた。
言わんこっちゃない。早く回収しないと、死人が出る。
私は、脇のテーブルにグラスを置いた。食べ物コーナーにいて、良かった。手にグラスがなければ、うっかり飲む心配もない。
家族の方を見ると、皆、私の真似をしてテーブルに置いていた。母だけは、未見スチルゲットに夢中で、父にグラスをもぎ取られていた。
テーブルから遠い貴族たちが、羨む視線を向ける。我先に、とテーブルへ殺到しないのは、賢明な判断だ。
入り口から物音が聞こえてきた。自然、そちらへ視線が流れる。
転ぶように入ってきたのは、後ろ手に縛られたメイドである。まとめたお団子が崩れて、亜麻色の髪が顔を半ば覆っている。
「こちらへ」
王妃の合図で、前へ引き出された。メイドは無抵抗なのに、連行した兵士たちから乱暴に小突かれた。顔が赤黒く変色しているのは、殴られた痕だろう。嫌な気分になる。
「報告せよ」
「はっ」
王妃の命令に、兵士の一人が応じた。
「このメイドは、こちらが供応で忙しい最中、裏方へ紛れ込み、酒樽へこの瓶から毒薬を入れたところを、見張りの者に見咎められたのです」
忍者か。酒樽がどこに置いてあったか知らないが、かなり目立つ作業だ。
そうそう。わざとやらせたのだった。どのみち木栓は、予め緩めておいたのだろうな。
「真か。直答を許す。お前は、何者か。答えよ」
国王がメイドに話しかけた。
「サ、キャシーと申します。ベリル様に付き従い、アイアン王国から参りました」
聞いたことのある名前である。私は目だけでコガンを見る。
コガンは、ちゃんとベリル嬢の側にいた。そういえば、二人共に髪が亜麻色だが、双子?
コガンの方を見たのは、私だけではなかった。会場に集った貴族の視線は、彼が付き添うベリル嬢に集中した。
「そう言えば、キャシーとかいうやたら綺麗な侍女が、ブロンズ侯爵令嬢のお側付きだった」
「あの髪色に見覚えがある」
「しかし、あそこにいるのはメイドだぞ」
貴族たちの言葉が届いているのかどうか、ベリル嬢の態度に変化は見られない。
メイドのキャシーが偽物なら、本物を出せば済む。しかして、本物は顔を晒して背後にいる。
男を侍女に仕立て側に置いていたことで、新たな嫌疑をかけられる恐れがある。
彼女が本物なら、メイドに化けた時点で有罪である。
どちらにしても、人生詰んでいる。
もろに断罪、ヒロインのバッドエンドだ。
あの落ち着きぶりは、覚悟の上か。
王族貴族皆殺しの上、王国乗っ取りである。企てが成功したとしても、プレイヤーとして、素直に喜べないではないか。
乙女ゲームで、そんなストーリー展開があるとは、思いもよらなかった。