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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第七章 バッド展開でも断罪はある
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断罪する人される人

 「はい。私はここに、ウィリアム王太子の廃嫡と、ロルナ王女の王太女指名を進言いたします」


 一瞬だけ、会場がどよめいた。すぐに静まったのは、続く言葉を聞き逃さないためである。私も耳を澄ませた。まだ、王妃の手の内が知れない。手段の如何で、巻き込まれる危険があった。


 「重大事だな。それこそ、手順を踏んで正式に行うべきことであろう。今、でなければならない理由を、述べよ」


 国王は、落ち着いて話を促す。意外と大物なのかも知れない。もちろん、一国の王なのだ。只者ではないのだが。


 「はい。それは、王太子が、アイアン王国の貴族と手を結び、我が国をこれに売ろうと企んだが故のことです」


 会場が前よりも大きく、どよめいた。参加者の視線が一方に向けられる。私も、ウィリアム王太子を見た。

 王太子は、口を引き結んで立っていた。その顔色は、青い。人々の視線を受けて、開いた口から出る声が、聞いたこともないほど、か細かった。


 「誤解です。私は‥‥」


 ベリル嬢が、励ますように寄り添う後ろに、ぴたりと張り付くコガン。

 ヒロインと攻略対象が断罪されるというのは、バッドエンド、攻略失敗なのだろうか?


 扇で顔を隠しているのを良いことに、頭を巡らせて母を探す。

 意外と近くにいた。


 食べ物の並ぶテーブルの反対側に、父とケネスと一緒に居て、ことの成り行きを見守っている。というか、


 『このスチル初見だわっ。ワクワクしちゃう』


 と思っているに違いなく、手に汗握って観戦中だった。ネットで結末を知っての余裕かもしれない。

 母の知る情報を聞きたかったが、動けばさすがに目立つ。一応元ヒロインの私である。

 折角無事だったのに、流れ弾に当たって断罪に巻き込まれる可能性だってあった。


 「王太子は、そこにいるベリル=ブロンズ侯爵令嬢を通じ、王宮に暗殺者を引き入れました」


 王妃は、王太子の言葉が終わらぬうちに、話し始めた。会場がざわめいた。今度は、はっきりと不穏な空気であった。

 コガンを指すのは明らかだった。私は、母を見たいのを、必死で我慢した。母が、私に目配せなどしていないことも、祈る。


 ここでそんな動きをしたら、確実に仲間だと思われるではないか。


 「その暗殺者を使い、王宮の現体制を弱体化させ、自らが実権を握るためです」


 ざわざわ。


 皆、衝撃を受けているが、私は実感が湧かない。しがない男爵令嬢に、裏の動きなど読める訳もない。実のところ、王妃の訴えも、いまいち理解できなかった。


 王太子は、次期王である。黙っていても、最高権力者の座が約束されている。貴族同士のしがらみで、独裁者にはなれないけれど。


 王制を弱体化させたら、自分が困るだけではないか。

 父がいつか言ったみたいに、アイリス家の横暴を心配するなら、別の家から娶れば良い。


 現に、一度決まりかかった婚約を、改めて選び直している。それだけの力を既に持っているのだ。

 暗殺者を王宮に入れる必要がない。しかも、国外の貴族に協力させたら、弱みを握られたも同然だ。

 それこそ国が滅ぶ。


 王太子がいくら馬鹿だったとしても、それはない。そして、ウィリアム王太子は腹黒であり、馬鹿ではない。


 「もとより王太子は、遠からずこの国の権力を握る存在だが?」


 国王が、もっともな指摘をする。王妃は揺るがない。そこであたふたするなら、初めから言わないだろう。


 「ですが、その血の半分はアイアン王国に由来します。彼が、かの国に自国を売り渡すとなったら、並いる貴族がこぞって反対するでしょう」


 ざわざわざわ。


 王妃の言葉に、貴族の面々が動揺する。


 「穏やかでないな」


 国王が、グラスを持ち上げた。王妃が慌てた。


 「お待ちを。陛下、そして会場の皆様。乾杯のグラスに、決して口をつけてはなりません」


 どよどよどよ。


 会場は、たちまち騒がしくなった。各々手にしたグラスの始末をつけたくとも、置き場がなく、テーブルまで移動する間にこぼすことを恐れて、動けない。


 「毒か?」


 「はい。証拠をお見せするため、敢えて見逃したのです。あるいは、直前で考え直してくれるかとも、期待したのですが」


 しおらしくため息をついて見せる。いやいやいや。何という綱渡りを。おっちょこちょいな誰かが飲んだら、死人が出るではないか。


 よく見たら、王妃とその側に座るロルナ王女だけ、グラスを持っていない。

 国王や貴族を皆殺しにしようとしたのは、むしろあなた方なのでは?


 「犯人は捕らえてあります。ご安心ください」


 まるで私の心を読んだように、王妃が声を高めた。会場に、ホッとした空気が流れる。

 中には気が緩んでグラスを口にしようとする貴族がいて、周囲に止められていた。


 言わんこっちゃない。早く回収しないと、死人が出る。


 私は、脇のテーブルにグラスを置いた。食べ物コーナーにいて、良かった。手にグラスがなければ、うっかり飲む心配もない。


 家族の方を見ると、皆、私の真似をしてテーブルに置いていた。母だけは、未見スチルゲットに夢中で、父にグラスをもぎ取られていた。


 テーブルから遠い貴族たちが、(うらや)む視線を向ける。我先に、とテーブルへ殺到しないのは、賢明な判断だ。


 入り口から物音が聞こえてきた。自然、そちらへ視線が流れる。

 転ぶように入ってきたのは、後ろ手に縛られたメイドである。まとめたお団子が崩れて、亜麻色の髪が顔を半ば覆っている。


 「こちらへ」


 王妃の合図で、前へ引き出された。メイドは無抵抗なのに、連行した兵士たちから乱暴に小突かれた。顔が赤黒く変色しているのは、殴られた痕だろう。嫌な気分になる。


 「報告せよ」


 「はっ」


 王妃の命令に、兵士の一人が応じた。


 「このメイドは、こちらが供応で忙しい最中、裏方へ紛れ込み、酒樽へこの瓶から毒薬を入れたところを、見張りの者に見咎められたのです」


 忍者か。酒樽がどこに置いてあったか知らないが、かなり目立つ作業だ。

 そうそう。わざとやらせたのだった。どのみち木栓(もくせん)は、(あらかじ)(ゆる)めておいたのだろうな。


 「真か。直答を許す。お前は、何者か。答えよ」


 国王がメイドに話しかけた。


 「サ、キャシーと申します。ベリル様に付き従い、アイアン王国から参りました」


 聞いたことのある名前である。私は目だけでコガンを見る。


 コガンは、ちゃんとベリル嬢の側にいた。そういえば、二人共に髪が亜麻色だが、双子?

 コガンの方を見たのは、私だけではなかった。会場に集った貴族の視線は、彼が付き添うベリル嬢に集中した。


 「そう言えば、キャシーとかいうやたら綺麗な侍女が、ブロンズ侯爵令嬢のお側付きだった」


 「あの髪色に見覚えがある」


 「しかし、あそこにいるのはメイドだぞ」


 貴族たちの言葉が届いているのかどうか、ベリル嬢の態度に変化は見られない。

 メイドのキャシーが偽物なら、本物を出せば済む。しかして、本物は顔を晒して背後にいる。


 男を侍女に仕立て側に置いていたことで、新たな嫌疑をかけられる恐れがある。

 彼女が本物なら、メイドに化けた時点で有罪である。


 どちらにしても、人生詰んでいる。

 もろに断罪、ヒロインのバッドエンドだ。


 あの落ち着きぶりは、覚悟の上か。

 王族貴族皆殺しの上、王国乗っ取りである。企てが成功したとしても、プレイヤーとして、素直に喜べないではないか。

 乙女ゲームで、そんなストーリー展開があるとは、思いもよらなかった。

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