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娘に逆ハー狙わせるなんて

 会場を、ものすごいスピードで大横断した。我ながら器用にも、誰ともぶつからずに済んだ。


 通路へ出る。

 この先、帰り口までの間に、休憩室がいくつか用意されている筈だった。ゲームでは、パーシヴァルにお姫様抱っこで運ばれる部屋である。


 本来のヒロインはクリストファーとぶつかった後、彼のルートを選ばない場合、クリストファーが去ったところで、とある令嬢にドレスを踏まれ、足を(くじ)いてしまうのだ。彼女は、クリストファー狙いだったのだろう。


 選ばなかった相手が原因で嫌がらせを受けるのは納得いかないけど、乙女ゲームのヒロインあるある、ではある。

 何せ、この嫌がらせは、パーシヴァルルートへの伏線なのだ。興味もない男の気を引くために、怪我をするなど、あり得ない選択である。


 今回、私はパーシヴァルにぶつかって、彼のルートを選ばなかった。

 クリストファーを好きなモブ令嬢が、私のドレスを踏む理由はない。(すそ)を踏まれなければ、怪我もなく、私の高速逃走が可能となったのである。


 入り口に待機する王宮の召使に、帰宅することと、メリイを呼ぶよう言付けて、空いた部屋へ入った。シャンデリアがいくつもついた会場に比べると、壁につけたランプで照らされた休憩室は、薄暗く感じる。テーブルの上の山盛りは、食べ物らしい。


 「やった」


 思わず声を上げた。

 焼き菓子が載っていた。ケーキは食べ損ねたけれど、王宮シェフの監修ならば、クッキーだって美味しいだろう。

 私はソファに腰掛け、誰もいないのをいいことに、遠慮なく手を伸ばした。


 美味しい。バターのたっぷり入ったラングドシャは、噛む前にほろほろと崩れる薄さで、口当たりも広がる香りも前世と遜色(そんしょく)ない。手仕事で作り立てである分、前世で食べたよりも美味しい気がする。


 私は、ナッツがたっぷり載ったフロランタンや、表面が凸凹したクリームなしのマカロンや、ショートブレットまで、一通り食べた。


 日本で作られたゲーム世界の影響か、色んな国のお菓子があるのは、嬉しい限りだ。ショートブレットはカロリーメ○トみたいで、腹ごしらえに重宝する。


 あとは、飲み物で喉を潤して、腹ごしらえ終了である。帰宅したら、恋愛フラグを折りまくったことで、母から説教を受ける。すぐには飲み食いできない。


 給仕を探す前に、タイミングよく、グラスが差し出された。


 「ミント水は如何(いかが)ですか」

 「ありがとう。気が()くわ、ね?」


 受け取ったグラスを、落とすところだった。

 社交辞令の笑みを貼り付けた王太子、ウィリアム=フリチラリアが立っていた。


 とりあえず、グラスの中身を飲み干した。

 喉が締まって声が出せなかったのと、時間稼ぎである。どうせ失礼ついでのことだ。王太子から差し出された物を断るのも、また失礼である。


 「大変失礼いたしました。すぐに退室いたします」


 テーブルとソファの間から後退(あとじさ)り、そっとグラスをテーブルに置き、礼をとって部屋から逃げ出そうとした。時間的に、無理だった。

 王太子は易々(やすやす)と隙間に入り込み、私の手を引き戻し、ソファへ座らせた。仄暗(ほのぐら)いランプにハニーブロンドが照らされて、そこだけスポットライトが当たったみたいに明るく見えた。


 「貴女の侍女が戻るまで、こちらにいらしてください。はぐれてしまっては大変です。お加減が悪いのでしょう? 顔色が優れませんよ」


 それは、貴方がいるからです。

 とは、口が裂けても言えない。

 本当に、具合が悪くなりそうだった。


 何故ここに王太子?

 ゲームシナリオか。メイン攻略キャラクターとヒロインが出会わずじまいでは、ゲームも始まらない。


 「ご心配いただき、ありがとうございました。お言葉に甘えまして、こちらで休ませていただきます。殿下には、ご安心なさって会場へお戻りくださいませ。主役が長く不在になさいましては、皆様が不安になられます」

(わかった。ここで大人しくしているから、さっさとあっちへ行ってよ。貴方と二人のところを見られたら、嫉妬された私の身が危ないから)


 非礼のないよう、言いたいことを何重にも包んでお願いする。丁寧な分、(くわ)しく言えないのが難点だ。


 「私の居場所は、側の者に言い置いてあります。それより、日頃から我が国に多大な貢献をなさるアプリコット家の御令嬢が、早々に退出されると聞き、もてなしに手落ちがあったかと、不安になりました。人混みよりも、芝生に囲まれた方が落ち着きますよね。こちらに食事を運ばせましょう。何なら、昔話でもしませんか」

 (私のパーティなんだから、居場所を教えておけば、どこに居たって構わない。大体、貴女が早く帰ろうとするから、来る羽目になったのだ。金づるの機嫌を損ねたら厄介だからな。平民上がりの男爵令嬢など、貴族の社交場より田舎の方が落ち着くのだろう。気の済むまで付き合ってやる)


 暗い中にも明るく輝く水色の瞳で、じっと見つめられる。顔に自信がある人のやり方である。普通の令嬢なら、その美しさに見惚れて、我を忘れそうだ。


 ゲームの攻略キャラと知る私には、通用しない。言葉の裏にある本心を、冷静に読み取ることができる。

 不快な思いは、王太子のせいではない。笑われるような格好をさせた、母が悪い。貴族社会は、そんなものである。付け加えるなら、今、貴方が私の家を金づる扱いしたことが不快と言えなくもない。


 我が家は商いをしている。折りに触れ、王家への寄付を欠かさない。直接金を出すばかりでなく、国で決めた事業に、資金面から協力したこともある。貴族に列せられたのも、金の功である。祖父の代までは、平民だった。


 ヒロイン補正とか、シナリオの強制力とかではなく、金の問題だったのだ。当然ながら、金を出すのは父で、私ではない。


 「その必要はございませんわ。大変結構なおもてなしにございました。父も殿下のお気遣いには感謝致すことと存じます。改めまして本日は、ご招待いただき、ありがとうございました。迎えの者もそろそろ顔を見せる頃でしょう。殿下には心置きなくお戻りください」

 (我が家に気を遣ってくれたことは、ちゃんと父に伝えとくから、心配しないで。もう帰りたいの。手を離して、とっとと出て行って)


 言う側から、入り口にメリイが顔を出した。手を振ろうとしたが、王太子に握られたままで、果たせない。しかも、彼女は王太子の姿を認めると、満面の笑みで大きく頷き、姿を引っ込めた。誤解もいいところだ。

 王太子も、視界の端で、彼女の動きを捉えていた。手は取られたままだ。


 「ならば、それまでの間、こちらに留まっても差し支えないでしょう。しばしのことですから」

 (ほら、侍女は主の意向を汲んで消えましたよ。早く帰りたいのでしたっけ?)


 王太子の目が笑っている。いつの間にか、社交辞令の完璧な微笑が少しばかり形を変えていた。同じ攻略対象なのに、クリストファーの純粋さやパーシヴァルの直情とえらい違いだ。三者三様の個性を出すのに、一人が腹黒とは、ゲームバランスがおかしい。


 でも、ゲームを進めている間、腹黒な描写はなかった気がする。むしろパーフェクトで無個性なキャラ。

 今、目の前にいる王太子も、巷では令嬢憧れの存在だ。その正体が、腹黒ということか。完璧を演じるなら、その位の図太さは必要だろう。


 こいつ、絶対に、面白がっている。

 厨二(ちゅうに)王子、十五歳。

 私は、内心で王太子を(ののし)る。不敬も口や態度に出さなければ、問題ない。


 「殿下がいらっしゃると(おそ)れ多くて、侍女も近寄れません。今し方、入り口に顔が見えましたわ。本当に、これで失礼致します」

(貴方がいる限り、メリイは来ないんだってば。降参するから、手ェ離してくんないかな)


 私も同じ年だが、前世では三つ年上である。訓練の成果を存分に発揮して、笑顔を作り、席を立った。

 ここまでは耐えたけど、これ以上茶番を続けられたら、王太子を相手にキレる自信がある。


 我が家の破滅。ヒロイン序盤で退場。それも、ゲーム的には面白いかも。

 現実には、笑い事ではない。一族郎党、首が飛ぶ。物理的に。


 「おや、そうですか。では安心して、戻ることにしましょう。御身を大切に。ごきげんよう、アプリコット嬢」


 ようやく、王太子が手を離してくれた。

 私は、退室の礼を取り、急いでメリイを探しに行った。



 「よくやったわね。マルティナ」


 母は、上機嫌だった。

 王太子の誕生パーティから帰宅後、メリイが注進に及んだのだ。はぐれていた筈なのに、クリストファーとパーシヴァルと会話したことまで、握られていた。


 「これなら、逆ハールート、ううん、隠しルートも行けるかもしれないわ。マルティナ、頑張るのよ」


 私は、紅茶を飲んでいて、返事ができないふりをした。

 無理、と心の中で突っ込む。

 男爵令嬢が侯爵令嬢から王太子を奪って結婚する話が、まず非現実的である。その上逆ハーって。一体、娘に何をやらせる気なのか。


 逆ハーレムとは、ハーレムの男女逆転状態である。略して逆ハー。ゲーム的には、プレイヤーが攻略対象者全員のルートを、同時にクリア可能な状態に持ち込むことである。現実としては、攻略対象者全員が、ヒロインの虜になった状態。


 あちこち色目使っているんじゃないわよ。娼婦か。

 と、いじめられること必至である。第一、攻略対象たちが、そんな女を正妻に迎える訳がない。誰かがとち狂って結婚すると言い出せば、周囲が止める。貴族籍から除籍してでも、止める。


 ゲームでも逆ハーエンディングでは、結婚式シーンじゃなかった筈だ。自分で達成した訳じゃないから、具体的にどうだったかの記憶もない。友人情報だ。


 貴族の家族関係はドライだと常々見聞きしたり実感したりしてきたけれど、母の私に対する扱いは、まさにゲームの駒だ。


 娘の意思を気にかけないのは、ここでの常識であるから問わないとしても、家門に泥を塗るような行動を勧めるとは、正気の沙汰ではない。商売の利益にもならなければ、自分の評判も落とすというのに。


 この人は、転生しても、プレイヤーのつもりでゲームをクリアすることしか、頭にないのだ。

 メインストーリーの再現ならともかく、逆ハーを、娘にさせるというのは、あんまりではないか。


 もともと、母を味方とは思っていなかった。ここまで来ると、はっきり言って、敵である。

 攻略完全失敗を目指すことと並行して、母の監督下から逃れる方法を、考えた方がいい。

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