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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第七章 バッド展開でも断罪はある
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断罪へのカウントダウン

 「ダンスは不得手のようだな」


 顔だけは完璧な王太子は、周囲に聞こえないのを良いことに、直球をかましてきた。


 「殿下のフォローに期待します」


 私も今更()びる気はなく、素直に応じた。

 王太子もダンスは上手い。私が、多少まごついても、どうにか格好をつけてくれる。

 年齢を考えたら、凄い能力である。


 ところで、婚約者内定のベリル嬢はどうしているかと見ると、テオデリクと踊っていた。華やかなドレスの間にあっても、水色の髪は目立つ。ヒロインだけに。


 そして、気になるグレイス嬢は、クリストファーと踊っていた。

 幸せそうなクリストファーは、どう見てもグレイス嬢に気がある。王太子がベリルと婚約したら、すかさず求婚しよう、という私の提案を、実行できるだろうか。


 そんなグレイス嬢は‥‥私を睨んでいた。当然だ。彼女は、家のため、王太子の婚約者を狙っているのだから。


 「ほら、また。集中せよ」


 王太子に注意された。本家悪役令嬢の視線が強烈で、足元がおぼつかなくなっていた。


 「失礼しました」


 怖くて、もうあっちを向けない。

 グレイス嬢も、クリストファーに集中して欲しい。


 はっ。もしかして、悪役令嬢が攻略対象と結ばれるから、足りなくなった断罪要員を、降板したヒロインで補おうとしている?

 恐ろしやシナリオの強制力。


 「せめて、修道院送りに‥‥」


 「それは、できない相談だな」


 「え?」


 水色の瞳に見つめられた。どこまで口走った?


 「ステップ」


 王太子は、それだけ言って、ダンスを続けた。止まる訳にはいかない。王太子に恥をかかせたら、罪状がひとつ増えてしまう。

 しばらく私たちは、無言で踊った。


 「マルティナ嬢は、サルビア伯と親しいようだな」


 「グレイス様との関係で、話す機会が多いだけですわ」


 私がクリストファーと親しい噂が流れたら、王太子妃になれなかったグレイス嬢でも、彼の求婚に応じないかも知れない。

 クリストファーは根回しが得意じゃなさそうだから、本人に断られれば、即座に神殿入りするだろう。それは気の毒過ぎる。


 「アキレア伯の三男にも、迫られていたようだが」


 思わず王太子の顔を見つめる。営業スマイルを貼り付けていた。そうだった。こいつは腹黒だった。


 「迫られてなど、おりませんわ。あちらには、エスメ様というご婚約者がおられますもの。とても仲睦(なかむつ)まじいのですよ」


 私も作り笑顔で答える。

 周囲からは、私たちが楽しく踊っているように見えたようだ。


 「王太子殿下と踊っているのは、どこのご令嬢かしら? 随分と親しげね」


 「そうね。うちの集まりでは見かけないけれど‥‥伯爵家ではなさそうだわ」


 今日の装いに、母は噛んでいない。まともな格好で参加した私は、ゲームのオープニングイベントパーティで笑い物になった令嬢とは、別人に思われている。

 いずれは、バレるだろう。その前に退散したいものだ。


 「テオのことは、好みなのか? 随分近くで話していた」


 足を踏みつけてやろうか、と思った。

 人のやることに、あれこれ難癖をつける暇があったら、さっさと婚約者を決めてしまえばいいのに。

 とは言えない。


 「宰相様とは、お借りした本の関係でやり取りがあっただけですわ。あの時のシルバーサーガは、五巻とも、図書室へお返しいたしました」


 テオデリクが一応好みであることは、省略する。王太子に教えてやる必要はない。


 「なるほど。あれも油断がならない男だが、有能で手放し難い。ところで」


 水色の瞳を見開き、ぐっと顔を寄せる。美形の圧力に、頭を引いてしまう。


 「もうすぐ会がお開きとなる。勝手に帰るなよ」


 距離を取られた王太子は、私の腰をぐっと引き寄せ、口を耳へ寄せて低く脅しをかけた。


 「両親と弟と、一緒に帰る予定です」


 嘘ではない。馬車の関係で、どうしたって、そうなる。


 「それは知っている。会場に留まれ、と命じたのだ」


 チッ。早く帰宅できるよう、馬車へ逃げ込む作戦がバレたようだ。


 「そんなことにまでいちいち命令を使ったら、言葉の重みが失せますわよ」


 「必要な時は、何度でも躊躇わずに使うことが重要だ。現に、マルティナ嬢は、こっそり帰るつもりだったろう?」


 その通りである。ああ、そうか。

 婚約者が決定した際に、他の候補者が祝福し、遺恨がないことを示す必要があった。一応、私も候補なのだった。


 「承知しました」


 「よろしい」


 王太子は満足して、姿勢を戻した。

 踊り終わると、曲調が変わった。ダンスが終わる合図である。


 辞去を止められた私は暇潰しに、軽食の並ぶテーブルへ向かう。何だかんだ、踊り続けて腹が減った。

 こうしたパーティのあるある。美味しそうな食べ物が、ほとんど手付かずで残っていた。


 生ハムやチーズ、サンドウィッチ、と食欲の赴くまま、摘みまくる。私の勢いに気づいた給仕がジュースを持ってきてくれた。これも、いただく。本音を言えば、温かいお茶が欲しいところだ。


 綺麗に並ぶ料理の中で、クリームチーズとグリーンオリーブの載ったカナッペが、ひとつだけ皿に残っていた。よほど美味しいのだ。伸ばした手が、誰かとぶつかりそうになった。


 「ごめんなさい」


 「ああ、失礼」


 と応じつつ、しっかりラストワンのカナッペをもぎ取ったのは、亜麻色の髪をした貴族らしい服装の人物である。二度見したのは、彼が侍女のキャシーだったからだ。

 母からの情報によれば、キャシーが変装で、こちらが本来の姿という事になる。


 「コガン‥‥様」


 「コガン=キャシテライトです、ご令嬢」


 キャシー改めコガン=キャシテライトは、私を上から下まで観察し、腰の辺りに目を止めた。食べ過ぎただろうか。先ほどよりも、コルセットがきつい気もする。

 私は、腹を隠すように、腰をかがめた。


 「は、初めまして。アプリコット男爵の娘、マルティナと申します」


 この姿で会うのが初めてなのは、本当である。初対面の挨拶をすると、コガンは、にこりと笑った。強烈な美しさだ。思わず扇を取り出して、顔を覆う。

 追加攻略キャラは、元ヒロインに(まぶ)しすぎる。


 「初めまして。では、失礼しますね」


 コガンはそう言って、身を(ひるがえ)した。

 いや、ホント失礼だわ。普通、社交辞令で何か言うでしょ。


 行き先を見守ると、ベリル嬢の元である。例のラストカナッペを差し出すと、彼女が嬉しそうに口へ運んだ。彼女の好物だったのか。


 あの様子からすると、ベリル嬢は、コガンとキャシーの関係を知っているのだ。男に着替えを手伝わせていたのか、それとも他にも侍女がいたのか。

 いたとすれば、彼女らはキャシーの正体を知っていたのか、疑問は尽きない。


 ベリル嬢の側には、ウィリアム王太子もついている。ダンスも終わり、会場が落ち着いたところで、婚約発表するつもりなのだろう。

 一通り食べたことだし、早く終わって、早く帰りたい。


 「皆の者」


 国王が口を開いた。

 うん。王宮主催のパーティだから、前回も今回も列席している。いまいち影が薄いのは、現王妃のジェンマ妃が強気だとか、前王妃の死に打ちひしがれているとか、言われている。

 でも、こうやって平和に暮らせるのだから、仕事はきちんとしている、と思いたい。


 国王が挨拶する間に、給仕がさりげなく参加者にグラスを配る。話が終わったところで、乾杯するのだ。目出度(めでた)さを盛り上げる演出である。


 「‥‥こうしてブロンズ侯爵令嬢をお迎えし、このたび我が国にも喜ばしい契約が結ばれることになった」


 「その前に」


 王の発言を遮ったのは、王妃であった。会場がざわつく。


 「重大な罪を、明らかにしなければなりません」


 ざわめきが大きくなった。え、ここで断罪? 私は、ドレスの上から脚を押さえた。力を入れないと、体が震えそうだ。


 「妃よ。それは、今、ここで言わねばならぬことか?」


 おお。国王も言うべき時は言うのね。しかし、ジェンマ妃も引かない。


 「はい。王族の言葉は値千金。私と致しましては、取り返しがつかぬことになる前に、我がフリチラリア王国の未来のため、今言わねばならないのです」


 啖呵(たんか)を切った。会場が静まる。

 ウィリアム王太子はと見ると、こちらを睨んでいた。やっぱり断罪に違いない。

 全然心当たりはないのだが。ここで逃げ出したら、即刻処刑されそう。一か八か、試してみるとしても、タイミングを見計らう必要はある。


 「では、申してみよ」


 あっさりと、国王の許可が出た。あそこまで言われたら、王としての権威を保つには、せいぜい許可を出したという事実を残すくらいしか手がない。

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