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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第七章 バッド展開でも断罪はある
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舞台が整っていく

 パーシヴァルが大声を上げそうになり、慌てて言葉を呑み込んだ。足元が(おろそ)かになる。またも、二人で危ういダンスを披露してしまった。これで二回目である。できれば、これ以上目立ちたくない。


 「おまっ‥‥アプリコット嬢は、できるのか?」


 腰に回った手が、力を増した。無意識に、背筋を確かめている。


 「はい。フォスター先生から教えを受ける条件でしたので」


 腕立て伏せ百回の方は、伏せておいた。腹筋も、今では百五十回ぐらいは普通にできる。

 言わずとも、パーシヴァルには、十分通じた。


 伸ばした私の二の腕に目を走らせ、徐々に腕を曲げようとした。上腕二頭筋を確認したいのだ。

 いくら興味があっても、ダンス中に力瘤(ちからこぶ)を見るのは無茶である。


 「アキレア様、腕がちょっと‥‥」


 「ああ、済まない」


 パーシヴァルは腕を元の位置に戻したが、そこからどことなく上の空に感じられた。私は、これ以上人目を引かないよう、彼に合わせて踊った。


 曲が終わると、互いに礼をする。普通は、そこで次の相手へ向かうのだが、パーシヴァルは私を見据えたままだった。


 「マルティナ嬢、腕を曲げて見せて貰えないか」


 「ここで、ですか? 無理です」


 即答した。考えるまでもない。筋肉コンテストじゃあるまいし。王宮のパーティである。

 ところが、パーシヴァルは狭く解釈したようだ。あちこち見回す。


 「ここでなければ、良いのか? では‥‥」


 よほどの筋肉フェチらしい。私は、少しずつ後じさりを始めた。


 「パーシヴァル様」


 エスメ嬢が、ケネスに連れられて戻ってきた。助かった。


 「ご婚約者様をお返しします。ありがとうございました」


 パーシヴァルは、彼女の声で、我に返ったようだった。


 「こちらこそ、姉君をありがとう」


 なおも何か言い残したそうだったが、王宮の侍従に呼び止められて、そのままになった。エスメ嬢が、頼もしそうに婚約者の顔を見上げている。


 「名前呼び、されていたわねえ」


 扇の羽が首筋を撫で、耳元に声がした。振り向くまでもなく、母であった。


 「ケネスと区別するためでしょう」


 その弟は、父に連れられて、他の貴族の元へ赴くところだった。アプリコット家の跡継ぎとして、挨拶回りをするようだ。


 「グレイス様から、本日、何か新たな発表がある、という噂をお聞きしました」


 給仕から飲み物を貰い、喉を潤す。母も同じ物を飲んだ。父から、酒を禁じられたようだ。酔っ払っての失言を、危ぶんだのだろう。本人も、そこは理解して父の言いつけに従っている。


 「婚約かしらねえ。逆ハーエンドの後で、プレイヤーは結婚スチルを確定できるのだけど、そこで選んじゃうと、隠しルートが開かないのよね。でも、もう追加に入っているってことは‥‥もしかして、マルティナ」


 バレたか? 逆ハーレムが失敗した、というか、失敗するよう仕向けたことが、バレてしまった?


 「隠しルートと追加を含めた逆ハーってことかしら? そういうエンディングは、ネットでも見た覚えがないわ」


 追加シナリオ未プレイの母には、生前見たネットの記憶が情報源である。


 「とにかく、未見のスチル再現場面が出てくるってことよね。楽しみ」


 未見なのに再現とは矛盾も甚だしい。ともかく、母が楽観的で助かった。


 「アプリコット男爵夫人。ご令嬢をダンスにお誘いしてもよろしいでしょうか?」


 落ち着いた声音の方を向いた母が、卒倒しかけた。


 「ああっ。あ、はい。もちろんでございますわ。どうぞ、娘をよろしくお願いします‥‥素敵」


 「では、お許しが出ましたので。ご令嬢、お手をどうぞ」


 こちらに麗しい微笑みを向けるのは、黒髪を靡かせたテオデリク=プロテア宰相であった。母が、テオ、とか口走らなくて、本当に良かった。



 「先日は、羽ペンを貸してくださり、ありがとうございました。なかなかお返しする機会がなく、今日も持参したのですが‥‥」


 返す場所を間違えると、他の貴族から賄賂(わいろ)と誤解されそうで、御者のジョゼフに預かってもらっている。


 「差し上げますよ。同じ物を、他にも持っておりますから」


 「でも、あれは高価な品でしょう?」


 テオデリクは、攻略対象の中でも最年長だけあって、ダンスも上手いが、身のこなしが優雅である。私が、うっかり見惚れて、足元が疎かになったことも気付かないほど、さりげなく導いてくれる。


 攻略対象の中から、結婚相手を選ばなければならないなら、見た感じでは、テオデリクが良い。男爵家から嫁ぐのは、乙女ゲームでもない限り、無理があると思うが。

 それに、宰相夫人も、王太子妃ほどではないにせよ、かなりの難行だ。


 「マルティナ嬢は、筆圧が高い。あれをお使いになって、お気に召したら、出入りの商人を紹介します」


 「ありがたく、いただきます」


 テオデリクのアイテムよりも、商売の伝手(つて)が欲しい。我が家はまだ、プロテア侯爵家に食い込んでいないのだ。


 「良いですねえ。その感性は、外交向きだと思うのですが‥‥順番があって、残念です」


 直接プロテア家と取引する道は、遠そうだ。しかし、出入りの商人と繋がりが出来れば、間接的に関わることもできる。テオデリクに商売の才能を評価されて、私は嬉しくなった。


 「ところで、お父上とは、近頃お話しされましたか?」


 「はい。舞踏会用のドレスの件で少々」


 それ以来、顔は見ても、まともに話す機会はなかった気がする。

 私の姿を映す緑色の瞳が、きらりと光る。


 「なるほど。惜しいことです」


 「父は商売も手掛けていて、多忙の身なのです」


 だから、私も用がある時しか、話さない。


 「そのようですね。私も含め、宮仕えはままならぬものです」


 宰相ほどの地位にあっても? と思ったが、地位が高いからこそ、些事(さじ)も増えるということはある。私のような弱小貴族令嬢にまで、気を遣うとか。

 私の機嫌を損ねたって、父の判断には影響しないと思うが、宰相として失敗は許されない。


 何せ、うちは金だけはある。



 テオデリクとのダンスも終わりに近付くと、ウィリアム王太子がこちらを窺っていることに気付いた。まさか、こっちへ来るつもりだろうか。


 嫌な予感がする。


 演奏された曲目を考えると、そろそろ舞踏会も終盤だ。あと、一、二曲といったところである。

 お開き後、馬車が混まないうちに、さっさと帰りたかったのだが。


 父の姿を探すと、うまい具合に母とケネスと一家揃っている。


 「マルティナ嬢、よそ見はいけませんよ」


 テオデリクが、耳元で囁いた。イケボである。

 ふぁさっ、と黒髪が触れるほど、近かった。当たった首筋がむず(がゆ)い。


 おまけに、ダンス巧者のテオデリクは、踊りながら私を家族から遠ざけて、どんどん王太子の方へ寄って行った。

 逆らえない。絶対、わざとだ。


 婚約者でもないのに、最後に王太子と組まされるとしたら、逃がさないためである。

 断罪しか思い当たらない。いや、罪を犯した覚えは全くないのだけれど。


 ヒロインを降りただけで、断罪キャラにされるのは、罪が重すぎる。

 しかし私は、ここが乙女ゲームの世界であることも、知っている。


 しがない男爵令嬢が、王太子や宰相まで手玉にとって、ウハウハ逆ハーレムを作り上げることが許される世界である。やらなかったけど。


 やってみたら、本当に成立したのだろうか?

 今更である。たとえ時が戻っても、逆ハーレムを作る気はしない。


 断罪は、やってもいない事まで罪にされる。もしかして、逆ハーレム作りを(とが)められるとか?

 段々と、笑顔を張り付けるのが難しくなる。


 「では、あのペンを、是非お使いくださいね」


 テオデリクは、最後の最後まで、手を離さなかった。

 そして、バッチリ王太子と目が合ってしまう。


 「アプリコット男爵令嬢」


 「はい」


 呼ばれてしまった。無視したら不敬に当たる。終わった。

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