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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第七章 バッド展開でも断罪はある
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逆ハーエンドには気が早い

 それから急いで二、三の後片付けをし、彼らが去ったのを見届けてから、私は侍従にそっと声をかけた。


 「もしもし。大丈夫ですか?」


 侍従に何回か呼びかけると、目が開いた。彼の上にもインクは(こぼ)れている。


 「あっ。アプリコット男爵令嬢、ご無事で」


 慌てて起きあがろうとするのを、押さえて、ゆっくり起き上がらせた。


 「ごめんなさいね。私がインク壺をひっくり返してしまったせいで、あなたに怪我を負わせてしまって」


 ものすごく無理があるとは承知の上で、強引に設定を進める。


 「でも誰かが‥‥」


 戸惑う侍従に、被せるように私は早口で話しかける。


 「そうね。急に人が来て、びっくりしたのです。あちらも驚かれたようで、すぐに退室されましたわ。あなたにも、こんなにインクがかかってしまったの。できるだけ拭いたのだけれど、早くお戻りになった方がよろしいですわ。幸い、書類の方は書き終えました」


 と、記入済みの帳簿とインクまみれのハンカチーフを示した。

 帳簿に記された文字の濃さは微妙に違うし、溢れたインク量とハンカチーフの汚れ具合が合わないが、シャーロック=ホームズでもあるまいし、まずバレないだろう。


 案の定、侍従はこちらに一瞬目をやった後、自分を見下ろして、顔を青くした。


 「おお、大変だ。ご令嬢に、お怪我がなさそうで何よりでした。急がせてしまい申し訳ありませんが、どうか早急にご退室をお願いします。ここを施錠しなくてはなりません」


 「もちろんです」


 私は、図書室を後にした。テオデリクに羽ペンを返し損ねてしまった。



 王宮が、舞踏会を開催する、と通知してきた。

 アイアン王国へ帰国するベリル=ブロンズ嬢の送迎会だという。


 歓迎パーティをお茶会で略して、送別会だけ豪勢にしたら、追い出したがっている、と外交問題にならないのだろうか。支出は抑えられるけれども、金に困っていると思われてもつけ込まれる。良いことはない。


 そこは、王宮が考えることとして。

 招待された私は、ドレスを作らねばならない。


 「外国の賓客(ひんきゃく)をおもてなしするのだ。失礼のないように、きちんと着飾りなさい」


 父の命である。一緒に出席することになっていた。我が家が商売上、アイアン王国とも取引をしている関係で、男爵なのに呼ばれたに違いない。


 社交の場ということで、父のパートナーである母も出席する。

 家族の中で、母が一番浮かれていた。


 「きっと、逆ハーのエンドシーンね。テオが加わったバージョンかしら。楽しみだわ」


 「くれぐれも、パーティ会場で、余計なことを口走らないでくださいね」


 母は、すっかりエンディングのつもりでいる。乙女ゲーム『乙女の花咲くトリプルガーデン』逆ハーレムエンディングは、誰とも結婚しないままの筈である。

 誰も攻略することなく、ヒロインを降ろされた私も、見た目だけは同じ状況だ。ひょっとしたら母の目を、誤魔化せるかも知れない。



 とうとう、私も転生者だ、という秘密を、母に打ち明けないままで来てしまった。

 逆ハーレム達成などという非常識に、これ以上協力させられたくなかったからである。その分、『咲くトリ』の攻略情報不足のまま、フラグ折りをしなくてはならなかった。


 ここまで来たら、母の持つ情報は、もう大した価値を持たない。

 シナリオは追加ヒロインのパートまで進んでいるし、母は追加シナリオをプレイしていないことが、わかっている。


 このパーティで王太子とベリル嬢の婚約が成立するのと引き換えに、グレイス嬢が悪役として断罪されるとしたら、取り巻きモブ令嬢と化した私も、流れ弾を喰らう可能性は高い。


 逆ハーエンドどころか、ヒロインまさかの断罪エンド。母はさぞかし驚くだろう。

 誰とも結婚しない点は同じなのだが、誤魔化されたりはしない‥‥よね、やっぱり。

 



 王宮でのパーティは久々だった。

 それも、前回はガーデンパーティだった。如何に花の色が派手でも、緑が過剰なほど繁茂させられても、それらは人の手によって調整済みであり、自然の輝きは結局のところ、目に優しい。


 今回は、シャンデリアやドレスや宝石の(きら)めきが、直接目に飛び込んでくる。刺激の度合いはこちらの方が強い。

 昼間と夜間とでは、参加者の服装にも、はっきりとした違いがあった。


 招待客は皆、一段と華やかに装って参加していた。女性は、肌の露出が多いドレスを着ている。かく言う私も、それなりに()()()いる。


 「ケネス=アプリコット男爵令息だな」


 会場で、声をかけて来たのは、パーシヴァルだった。隣には、婚約者のエスメ嬢が控えている。

 私は、弟のケネスをパートナーにして参加したのである。


 「パーシヴァル=アキレア殿に、名前を覚えていただけるとは、光栄です」


 ケネスが感激の面持ちで礼をとる。弟が、彼に憧れているとは知らなかった。

 彼は爵位を継ぐ身として、騎士団には加わらなかった。厳密な決まりはないが、そういう家は多い。


 「パット先輩‥‥フォスター殿から、よく話を聞いているよ。これからも、精進すると良い」


 「はい。ありがとうございます」


 パーシヴァルは、私には目もくれずに去った。代わりのように、エスメ嬢が私の挨拶を無言で受けてくれた。

 改めて、ヒロインではなくなったことを感じる。


 気楽だった。

 好きでもない攻略対象に絡まれることもなく、従って、悪役令嬢とも穏やかな関係でいられる。


 後は、他の政略結婚を強いられる前に、独りで生きていけることを父に示すだけだ。

 いきなり冒険者は絶対反対される。まず、父の得意分野である、商売で納得させるつもりだ。母と同じように、私にも前世の知識がある。母にバレない程度の商品案を、いくつか考えていた。


 「あら。今夜のドレスは、なかなか素敵じゃない」


 グレイス嬢だった。そういう彼女は、悪役令嬢の親玉らしいシャープな印象の、ゴージャスなドレスを着ていた。


 「ありがとうございます。グレイス様の、着ておられるドレスも素晴らしいです」


 彼女の横で、クリストファーも嬉しそうに微笑んでいる。とりあえず神殿入りは保留にして、今日はサルビア伯爵として出席したのだ。

 並び立つ彼の優しい雰囲気が、彼女の尖った部分を上手く和らげている。お似合いの二人である。


 「お聞きになって? このパーティで、いよいよ王太子殿下の婚約が発表される、と噂になっているわ」


 クリストファーの表情が曇った。グレイス嬢の笑顔と対照的だ。彼女は、王太子の婚約者に自分が選ばれることを、確信している。


 ちなみに王太子の側にいるのは、翡翠(ひすい)色の清楚なドレスを纏ったベリル嬢だ。

 水色の髪に、よく似合っている。


 この流れでは、ベリル嬢が婚約者になると思うのだが。悪役令嬢には、見通せないのか。

 アイリス侯爵家に文句を言わせないため、送別会の名目で貴族を集めたのかもしれない。


 「その噂は存じませんでした。てっきり、ブロンズ侯爵令嬢とのお別れを惜しむ会、と思っておりました」


 「そうね。庶み‥‥ごく一部にしか知らされていないみたいね」


 今、庶民、と言いかけたのを止めた。私に気を遣っている。となると、彼女に取り巻き認定されたということか。一緒に断罪されなければ良いが。


 しかし、グレイス嬢は、私がヒロインだった頃でも、大した悪行は仕掛けていない。せいぜい紅茶をこぼした程度である。ベリル嬢にも、私の目の届く範囲では、嫌味をぶつけるくらいだった。

 普通に考えたら、断罪の心配は要らないのだが。それとも、私の知らないところで、壮絶なバトルがあったとか。


 ここは、乙女ゲームの世界である。

 やる気のないヒロインの私にも、攻略アイテムが次々転がり込んできたのだ。シナリオの力は怖い。


 乙女ゲームに悪役令嬢とくれば、断罪がつきものである。

 シナリオの強制力が、どう転ぶかわからない。

 一応、対策は考えてみたけれど、使わずに済む方が良い。

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