ヒロインには二物も三物も
シルバーサーガの既刊を読了した。
面白かった。どうせ一気読みするなら、完結してからにしたかった。アンが言ったように、続きが気になってしまう。
「お嬢様も、嵌りましたね。でも、夜更かしは禁物ですよ。目の下にクマができてしまいました」
アンが、嬉しそうに話しかける。側に侍る間、私が読んでいない巻を読む許可を出したのだ。今のうち、とばかりに、隙を見ては飽かず繰り返し読み耽っている。
「聞きたいことがあるのだけれど」
そんなアンに尋ねてみた。
「何でしょう?」
「第三王子の母君って、かつて敵国に滅ぼされた小国の王女だったかしら?」
「やっぱり、お嬢様も、そう思います? きっと次巻で明らかにされるのですよ。私の読みは当たります」
うきうきと話すアンは、好きな小説について語り合えることを、喜んでいた。
「今のところ、第三王子の母君について、わかっていることって、何だったかしらね」
「正式には、国外から輿入れされた高貴な方ということしか書かれていませんわ。でも、第三王子の敵国に対する憎しみとか、か弱い者への同情とかを見たら、そういう出自だから、と納得しますもの」
「そうねえ」
私は曖昧に同意した。
気になったのは、ベリル嬢の発言だった。
シルバーサーガを最新刊まで読み終えて、ふと思い出したら、第三王子の母親の出自なんて、どこにも書いていなかったのだ。戻ってそれらしい箇所を探し読みしても、見つからなかった。
何回も読み込むアンが言うなら、私の読み落としではないのだ。
まだ発売されていない小説の内容を知るのは、作者しかいない。
実際に読んでみて、シルバーサーガの作者は、高位貴族あるいは彼らに日常で接する立場の人物と感じられた。
もしかしたら、覆面作者の正体は、ベリル=ブロンズ侯爵令嬢かもしれない。
第五巻で、謎の少女が外国の貴族令嬢と明かされた。この国に来た目的は、次巻の取材とか。
王太子は知った上で、彼女に協力しているのだろうか?
だから彼女のために、図書室の本を小説で溢れさせたのか。
そのうち私やグレイス嬢が、敵国の悪役として書かれるかも。
あり得る。
何てったって、ベリル嬢は、『花咲く乙女のトリプルガーデン』の追加ヒロインなのだ。
稀なる美貌、性格の良さに加えて、ベストセラー作家の才能まで上乗せされても不思議はない。元ヒロインとしては、羨ましい限りである。
私に与えられたのは、外見と、金? それも、私自身ではなく、実家が太いだけ。どうせなら、身一つで持ち運べる、奪われる心配もない、才能というやつが欲しかった。
繰り言は今更置いといて。
ベリル嬢が、シルバーサーガの作者である、という確証は、ない。
小説に書かれていない未来を予想したからと言って、作者の証拠とはならないのだ。
アンのような読者でさえ、推測できた流れである。ベリル嬢が熱心な読者なら、思い込みで断言する場合もあるだろう。同じく熱心な読者であるエスメ嬢は、あの時否定しなかったではないか。
ベリル嬢がシルバーサーガの作者であろうがなかろうが、王太子が彼女のため過剰なほど便宜を図っている事実は変わらない。
彼らの仲が深まることは、私にとっても、国にとっても良いことだ。
グレイス嬢の茶会は、アイリス侯爵家の豪壮なお屋敷で、滞りなく催された。
彼女は奇をてらわず、オーソドックスで丁重なもてなしを選んだ。
私の開いた茶会のゴージャス版である。
茶器もお茶も菓子も、雰囲気も、全てが計算し尽くされた美しさだった。
野外、図書室、と目先の変わった茶会の後でもあり、安心して楽しめると言う意味でも、良い会であったと思う。
個人的には、シルバーサーガ読解テストみたいな事になり、緊張の連続だった。
アンとの事前の特訓もあり、どうにか合格点を貰えて、ほっとした。
ベリル嬢の発言について、突っ込む機会はなかった。
モブに転落した元ヒロインが、現ヒロインに楯突こうなんて、身の程知らずである。実は、突っ込む気もなかった。
持ち回りのお茶会を終えて、現在王太子と一番距離が近いのは、ベリル嬢であった。
彼女と一緒にいると、グレイス嬢の悪役令嬢スイッチが入りがちなので、私はハラハラした。エスメ嬢と二人がかりで押さえる感じである。
彼女とは、その件について言葉を交わしていないのに、上手く連携できている。将来、一緒に仕事をすることになっても、仲良くやっていけそうな気がしてきた。
その仕える相手が、ベリル嬢になるかもしれないのだが。