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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第六章 シナリオから降りるとモブになる
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隠しキャラが表に来たみたいな

 蔵書入れ替えは良いとして、まさか、これらの小説本を、全部新しく買ったのではあるまいな。


 確かに、同じ本でも、読書用、観賞用、保存用と三冊揃えることはあるけれど、お茶がかかる危険な場所へ並べるなら、読み古した本にすべきだろう。その方が、入れ替えたとバレにくい。


 それとも、わざとバレるように並べて、ベリル嬢に圧力をかけているのだろうか? 何のために?


 「あら。シルバーサーガもありますわ。小説を集めるのでしたら、あれは欠かせませんわね」


 エスメ嬢が、目ざとさを発揮した。その背表紙は、ベリル嬢の陰になって、見えていなかった。


 「そうだね。我が国でも大流行りだ。次の新刊はいつ出るのか、アイアン王国のブロンズ侯爵家には、何か情報を掴んでおられるのでは?」


 王太子が笑顔で尋ねる。やたらベリル嬢に声を掛けるので、グレイス嬢が苛立っている。

 ベリル嬢は、気付くどころではない。バターブロンドに水色の瞳を持つ外見だけは理想の王子様に迫られて、ドギマギしている。


 そういえば、ベリル嬢の髪と王太子の瞳は同じ色である。グレイス嬢には悪いが、二人の配色はあつらえたようにぴったりだ。

 一応、王太子はメイン攻略キャラであるからして、しかるべくデザインされたのであろう。


 二人が結ばれれば、以前、父と話した勢力均衡問題も解決しそうだ。王妃が、エスメ嬢とパーシヴァルを別れさせる口実もなくなる。


 「い、いいえ。作者の身元は、我が国においても、厳重に伏せられております。続きが仕上がり次第、刊行されるのではないでしょうか。皆さまが、そんなに楽しみにしてらっしゃると知って、嬉しく思いますわ」


 「以前、ウィリアム殿下が仰った通り、作者がアイアン王国の方とは限りませんわよ」


 勝手に自国の小説として自慢するベリル嬢に、グレイス嬢の我慢が切れた。ベリル嬢は一層顔を赤くした。先ほど頬を染めたのとは、別の意味である。


 「五巻まで出ているのでしたね。どういう話で終わりましたの?」


 念の為、グレイス嬢が失言をしないよう、無理やり割り込んだ。


 「第三王子が、謎めいた少女の正体を、敵国の貴族令嬢と知ってしまった場面ですわ」


 エスメ嬢が、すかさず教えてくれた。


 「やっと、二人が互いに想い合っていることがわかったのに、運命は残酷です」


 なるほど、アンが読み終えて()れた理由に納得した。


 「最後には平和になって、結ばれるのでは?」


 私の言葉に、グレイス嬢とエスメ嬢、それにベリル嬢まで呆れた視線を送ってきた。王太子は、そんな状況を観察し、楽しんでいる。やはり、この男は腹黒い。


 「そうもいかないのですわ。第三王子の母君は、かつて敵国に滅ぼされた小国の王女だったのですもの」


 ベリル嬢は自国の小説と信じる作品を(けな)されたと思ったのか、思いの外真剣な顔で私に説いた。本好きに限らず、愛好家を相手に渡り合うのは至難の技だ。どこに地雷があるか、わかったものではない。


 「そ、そうですわよ。たとえ国同士が和解したとしても、個人の恨みは別物ですわ」


 熱心な読者のエスメ嬢が加勢する。


 「それに、読む前から勝手に結末を決めつけるのは、読者のマナーとして、よろしくありませんわ」


 グレイス嬢が、締め括った。早くも平静に戻っていた。


 「マルティナ嬢は、シルバーサーガを読んだことがなかったのだったな。この機会に、読むと良い。そこにある物を貸してやろう。次回会うまでに、全巻読んでおくように」


 王太子が言った。私は、げんなりした。

 あらすじを知っている本を義務で読まされるのは、辛い。私は気に入った本を何度も読み返すより、新しい話を次々と読破するタイプなのだ。


 「きちんと読めば、面白さが理解できますわよ」


 グレイス嬢が、私に嫉妬しなかったのは、多分、私の内心を顔から読み取ったせいである。それに、乙女ゲーム的にはヒロイン降格して、取り巻きモブになったからだろう。



 お茶会が終わり、退出する段になって、テオデリク=プロテア宰相が顔を出した。


 「そんなに堂々と持ち出す以上、手続きはお済みですよね?」


 緑色の瞳を冷たく光らせ、立ち塞がるようにして、本を抱えた私を見下ろす。

 侍女がいないのだ。

 腕立て伏せで鍛えているとはいえ、貴族向けに装丁されたハードカバー本を五冊も持ったまま、ヒールとドレスで王宮内を移動するかと思うと、気が滅入る。


 その上、割と好みの美形に睨まれては、浮かばれない。


 「私が許可したのだ。貸出し手続きは、どうするのだったかな?」


 ベリル嬢と並び立つ王太子が尋ねた。グレイス嬢とエスメ嬢は、既に帰宅の途についている。

 宰相は、私から本を取り上げた。これは、貸出し撤回か。


 「私が案内します。アプリコット男爵令嬢、こちらへ」


 違った。宰相は私を従えて、入り口付近まで来た。本棚に隠れるようにして、扉付きの棚と机と椅子がある。貸出しカウンターといったところだ。


 「このように重いものをご令嬢が持ち歩いたら、転んで本を傷めてしまいます」


 「はい。気をつけます」


 宰相は、扉の中から分厚い冊子と筆記用具を取り出す。

 この場合、インクと羽ペン、そして吸い取り紙までがセットである。貸出記録に鉛筆、という訳にはいかないのだ。


 というか、私より本の心配なのね。わかりやすく、モブの扱いである。


 「ここに、日付と本の題名、あなたの名前をフルネームで書いてください」


 羽ペンを渡された。前世ボールペンに慣れた私は、今世のインクをつけるペンが苦手だった。

 それなのに、美形に睨まれつつ、五冊もの題名を書入れなければならない。


 「あ」


 ペキ、とペン先が折れた。やってしまった。筋トレの成果が。

 宰相が、懐から何やら取り出した。黒地に緑の線が入った、洒落(しゃれ)た羽ペンである。彼のイメージカラーだ。

 高そう。というか、普通に売っていないのでは。


 「どうぞ、お使いください」


 「ありがとう、ございます」


 緊張に、手が震える。これを折ったら、まずい。

 書く速度が、更に遅くなった。


 「プロテア宰相、至急の決裁が。それと‥‥」


 官吏が入ってきて、宰相に耳打ちした。


 「わかった。今行く。アプリコット男爵令嬢、人をつけるから、帰りは馬車までその者に本を運ばせてください」


 「は、はい」


 そして、宰相は出ていってしまった。私は何とか署名まで終えて、インクに蓋をした。吸取り紙で貸出し帳とペン先を綺麗にして、振り向くと、王宮の侍従が一人いるだけで、宰相の姿がない。そのまま戻らなかったのだ。


 「書けました。あのう、この羽ペンですが」


 「あっ、それは、直接宰相閣下へお返し願います」


 彼は、テキパキと机の上を片付けた。預かってもらえない。やっぱり高価なのだ。

 シルバーサーガ既刊全巻を彼に持ってもらえたのは、大変ありがたかった。


 代わりに宰相を象徴するような羽ペンを持ったまま、王宮を歩くのは、なかなかに苦行だった。

 彼は懐から出していたが、私にそのような隠し場所はない。すれ違う人の視線がいちいち羽ペンへ落ちる度、言い訳をしたくなった。


 「違うんです。これは、私がペンを折ってしまったため、やむを得ず貸してくださったのです。きちんと返すつもりです」


 こういう時に限って、会う人会う人が使用人や武官である。言い訳もできない。


 「うわひっ。何ですか、その素敵なお土産は? アイアン帝国の高貴な方は、随分と気前がようございますね」


 馬車で待っていたアンが、喜びのあまり、奇妙な歓声を上げた。ジョゼフが御者台から降りてきて、侍従から本の山を受け取った。


 「違うわ。王太子殿下が貸してくださったのよ。次の茶会までに読み終えないといけないの」


 「まあ、何て運の良いことでしょう。何周でも読み込めますわ」


 アンは、自分で読むつもりでいる。彼女に改めてあらすじを言わせる手もあるが、万が一、思い込みで間違う可能性を考えると、自分で読破すべきだった。


 帰宅したところへ、母とでくわしてしまった。傍には、シルバーサーガを堂々積み上げたアンがいる。

 反射的に、怒られる、と思って首をすくめた。我が家は小説禁止なのだ。


 「まあまあまあっ! テオの羽ペンが出てきたのね。幻のクアドラプルハーレムエンドが、見られるかもしれない」


 母の目を吸い寄せたのは、テオデリク宰相の羽ペンだった。『咲くトリ』の攻略アイテム、ということだろうか。


 「お母様、これはお借りした物で、返さないと‥‥」


 アンの腕がプルプルしているので、合図して先に部屋へ行かせた。宰相の警告が蘇る。落として王宮の蔵書に傷をつけたら、大変だ。


 「そうよ。直接お会いする口実になるわ。私も、四人ハーレムはプレイしたことがないのよね」


 事情を知らない者が、耳にしたら、一大スキャンダルの幕開けである。幸い、家に仕える者たちは、母の突拍子もない発言に慣れている。

 メリイが咳払いをした。母の専属侍女である。


 「奥様。馬車も戻りましたことですし、お出かけにならないと」


 「そうだったわ。じゃあ、マルティナ。四人同時攻略頑張ってね」


 母は外出した。シルバーサーガの説明を、聞いていなかった可能性がある。勝手に処分される前に、言っておかねばならない。落として傷どころの騒ぎじゃない。


 いまだに母は、私が逆ハーレムルートを順調に進んでいると信じている。私が好感度を上げないのに、運よく攻略アイテムをゲットするせいだ。


 私は、逆ハー不成立の方向に動いたつもりである。現に、誰とも親密になっていない。

 それに新たなヒロインが登場した時点で、旧ヒロインの私はお役御免だろう。乙女ゲームでヒロインが同時に二人出現したら、プレイヤーが困る。


 『咲くトリ』で逆ハールートをプレイしていない私は、現状がゲーム上どの場面に当たるか、知り得ない。母に転生者と打ち明けて、これ以上巻き込まれたくないのだ。


 もしかしたら、逆ハーレムルートは、とっくにエンドを迎えたのかもしれない。

 ゲームで、王太子、クリストファー、パーシヴァル三人の逆ハーレムを成立させると、隠しキャラのテオデリクルートが解放されるのだ。


 攻略アイテムが出現したということは、ルートが開いているということである。

 私は、逆ハーレムを達成したのか。あれで?


 確かに、聞いた話でも、逆ハーレムは誰とも結婚しないエンドだった。

 だとすると、もしまだ私にヒロイン属性が残っていたとしても、宰相との恋愛フラグを折れば、自由の身だ。

 心しておこう。

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