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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第六章 シナリオから降りるとモブになる
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取り巻き令嬢しかも二番手

 王太子の声に反応して、素早く角笛が鳴らされた。周囲もまた、合図を待ち構えていたようだった。

 エスメ嬢が、パーシヴァルに見惚れて忘れていたのは、間違いなさそうだ。


 「素晴らしい戦いぶりだった。是非とも、騎士殿の顔を見たい」


 いつの間にか私たちの背後で待機していた従卒たちが走り寄り、それぞれの騎士が馬から降りるのを手伝っていた。槍も、彼らが預かっている。


 ガシャガシャガシャ。


 (よろい)の騒音を響かせながら、二人仲良くこちらへ近付いてきた。(ひざまず)こうとする気配を察し、すかさず止めたところは、王太子らしかった。


 「(かぶと)を取りたまえ」


 王族の命に従って、現れた顔は、やはりパーシヴァル=アキレアだった。エスメ嬢の婚約者である。

 ダークブロンドの髪がびしょ濡れで色濃く張り付いた顔に、色気を感じてどきりとする。

 人の婚約者に、何をときめいているのだ、私。


 もう一人の騎士の顔を見て、声を上げかけた。

 フォスター先生だった。弟ケネスの剣術師匠でもあり、私の短剣師匠でもある。元騎士団の伝手で、引っ張り出されたのか。


 パーシヴァルは婚約者の頼みということで、断ることもできず、責められても言い逃れできるだろうが、現役の騎士団を私的な余興に使ったら、通常は懲戒されても反論できない。

 そこで、退団しても実力の衰えない先生に白羽の矢が当たったのだろう。


 先生でも、十七歳の天才を相手にするのは大変だったみたいだ。大分息が上がっている。そして、私がいるのを見て目をみはった。

 やっぱり私、王太子妃候補としては、認知されていないのだ。


 「見事だった。フォスター殿は、現役を退(しりぞ)いたとは思えない勢いがあり、アキレア殿も将来が楽しみな戦いぶりだった」


 「名前を覚えていただけているとは、光栄に存じます」


 「お褒めに預かり、ありがたく存じます」


 フォスター先生は、王太子が自分を見知っていることに、感激の面持ちだった。

 私が知らないだけで、結構有名な騎士だったのかも知れない。



 次のお茶会は、ベリル嬢が主催することになった。

 彼女は隣国からの客である。開催場所は、王宮が提供する。茶菓などの供給も、支払いはブロンズ家で持つとしても、調達は王宮の官吏が担う。


 「少し不公平に感じますわ」


 グレイス嬢が言った。帰りの馬車を一緒に待つ間のことであった。

 エスメ嬢にとっては自宅である。一番に案内を受けるのは、王太子である。そこで王宮に滞在するベリル嬢が、同乗して帰城したのだ。


 「そうですね」


 客をもてなす意味でも、王太子が同乗するのは普通の流れである。そして、ベリル嬢と婚約者の座を争う気でいるグレイス嬢の不満も、理解できる。


 「そう思いますでしょ?」


 どちらにも取れる曖昧(あいまい)相槌(あいづち)を返したら、思いがけず同意を強く求められた。


 ゲーム『花咲く乙女のトリプルガーデン』上、私はヒロインである。そして、グレイス嬢は悪役令嬢。犬猿の仲の筈だった。


 私が攻略キャラへ積極的に絡まないせいか、悪役令嬢のイビリも大した被害なく過ごしてきたとはいえ、こんな風にあからさまに仲間意識を持たれるのは初めてのことである。


 悪役令嬢グレイス嬢の標的が、私からベリル嬢に移りつつあるのだろうか。

 追加ヒロインが登場した時点で、シナリオもまた追加された、と考えるのが普通だ。


 さて、ゲームのエンディングを迎えたヒロインは、どうなるのか?

 母は、追加ヒロインが、ヒロインの選ばなかった攻略キャラ全員を対象にすることができる、と言っていた。言い換えると、ヒロインが攻略するターンは終わっている。


 つまり、私はもうヒロインじゃない! やった!


 それで近頃、攻略キャラからの好感度が、恋愛から外れた部分で伸びているのか。妙に納得した。

 ちなみに、ヒロインじゃなかったら何なのか。背景?

 今のポジションだと、悪役令嬢の取り巻きB、といったところである。モブだ。

 取り巻きAは、パーシヴァルと婚約したエスメ嬢。一番手は、モブじゃない。


 これでシナリオを気にせず生きていける?

 待て。悪役令嬢は、追加されなかったのだから、役柄はまだ生きている。その取り巻きのままなら、断罪された時に巻き込まれる。


 しかし、私はモブである。追加ヒロインと仲良くしておけば、お咎めなしで済むかもしれない。そうしよう。


 「大体、元々あちらからお話をいただいたのに、突然、候補の一人に過ぎないなどと掌を返すような扱い、納得いきませんわ」


 そうだよね。最初はグレイス嬢で決まりの流れだったんだよね。ヒロインの私が投入されたばかりに、すみません。心の中で謝っておく。


 「アイリス侯爵令嬢、壁にも、耳がありますので‥‥」


 「グレイスと呼ぶのを、許してあげてもよくってよ」


 「あ、ありがとうございます、グレイス様」


 私は、冷や汗をかきながら、グレイス嬢の手のひら返しに付き合った。彼女の私に対する態度こそ、まさにそれである。


 グレイス嬢が帰宅して、私は一人残される。するとそこへ、フォスター先生が顔を出した。


 「おっと、ご婦人がおられるとは。失礼しました」


 「すぐ帰ります。お気になさらず。先生、中へどうぞ」


 扉が閉まる前に、急いで声をかけた。お礼を兼ねてディナーまで居るものと思っていたが、先生は多忙の身らしい。


 「では、お邪魔しましょうか」


 再び姿を現した先生の後ろに、パーシヴァルが続いて、ギョッとする。攻略キャラの中で、私に対する好感度が低い上に、正直な性質である。フォスター先生の前で、言い合いにならなければ良いが。

 二人共、シャワーを浴びたのか、さっぱりした様子だった。ほんのりハーブの香りがする。


 「アプリコット嬢がいらっしゃるとは、思いもよりませんでした」


 ソファに腰掛けたフォスター先生が言うと、パーシヴァルが意外な顔になった。


 「パット先輩と、アプリコット嬢は、お知り合いなのですか?」


 ファーストネームの愛称に先輩をつけて呼ぶ。騎士団での上下関係が垣間見えて、興味深い。


 「ああ。彼女の弟君に剣術を教えていてね。アプリコット嬢にも短剣術を」


 「ぐおほん、ごほん。先生、その話は」


 「短剣術? 強盗に襲われたせいか?」


 慌てて止めたが、間に合わなかった。パーシヴァルはしっかり聞き取り、しかも話を広げてきた。


 「強盗団と遭遇はしましたが、私も侍女も無事でした。現場に来られたアキレア伯爵令息も、ご存知でしょう?」


 要らん噂を広げないよう、釘を刺す。パーシヴァルの横で、フォスター先生が安堵の息をついた。


 「ご無事だったのですね。それは、良かった」


 既に誤認されていた。ここで証人立ち会いの上、訂正できたから、良しとしよう。


 「でしたら、何故? 腹筋百回なんて、騎士見習いでも出来ない子がいるのですよ」


 じゃあ、条件に出すな、と言いたいのを堪えた。今更言われても、遅い。パーシヴァルが目を()く。


 「今回は無事でしたが、今後の生活を考え、自力で身を守るため、と申し上げました」


 「すごいな」


 と言ったのは、パーシヴァルである。フォスター先生は苦笑している。

 貴婦人を守る仕事も、騎士にとって重要である。守られるべき令嬢がいなくなれば、騎士道も(すた)れる。

 そう考えているのが、ありありとわかる。隣国には女騎士もいるのに。


 少なくともこの国で、私の考えは、まともじゃないのだ。わかっている。

 先生が剣術を教えてくれるのは、私が弟子ケネスの姉だからに過ぎない。


 「辺境で暮らすなら、そういう術を身につけるのも、ありだな」


 頭にエスメ嬢しか住んでいない。婚約者としては、良い男だ。


 「まさか、婚約者殿に同じ技を仕込むつもりじゃないだろうね? あんなに可憐なご令嬢には、酷なことだ」


 「え? も、もちろんです先輩」


 『咲くトリ』のパーシヴァルルートエンディングでは、ヒロインと結婚したパーシヴァルが、新たな辺境伯として領主に就く。

 共に領地を治めよう、という話だが、そこにヒロインの戦闘能力は不要だった気もする。乙女ゲームだし。


 「お待たせしました、アプリコット男爵令嬢。馬車まで、ご案内いたします」


 案内役の召使が呼びに来た。



 ベリル嬢は、お茶会の会場を、王宮の図書室に定めた。


 「知識の宝庫に取り囲まれて、お茶会をするなど、とても私には思いつきませんでしたわ」

 (王家の貴重な書庫でお茶会を開くなんて、非常識過ぎます)


 グレイス嬢が、静かに怒っている。彼女の心の声に、同感である。


 同時に、本に囲まれてお茶を飲む幸せも理解できた。本に食べ物の粉や紅茶のしぶきが飛ぶ心配がなければ、お菓子を摘み、紅茶を飲みながら本を読めるなんて、最高である。前世の感覚だ。


 「通常、王族以外は、出入りできないのですよね。今日この機会がなかったら、私は一生ここへは入れなかったでしょう。ベリル嬢のお陰で、貴重な体験となりそうです」


 エスメ嬢が、天才的な技を繰り出した。ベリル嬢を持ち上げつつ、グレイス嬢にも同調し、自分を下げて見せたのだ。

 十歳とは思えない。追加シナリオのセリフそのままだったりして。


 「アイアン国に滞在する際には、是非とも、あちらの図書室を見学させてもらいたいものだ。ベリル嬢も、我が城の蔵書をご覧になると良い」


 「あっ。ありがとうございます。ここから見えるだけでも、十分に‥‥大変、結構な蒐集(しゅうしゅう)にございます」


 王太子の誘いに、ベリル嬢が顔を赤くする。今日は、王宮内の催しで、令嬢は侍女なしの参加である。

 ここにキャシー、実はコガンが居たら、視線で王太子を暗殺しかかっていただろう。


 腹黒王太子は、ああ言ったものの、ベリル嬢と結婚したら、滞在先は、ブロンズ侯爵家になる筈。王宮書庫に出入りできるかどうか。


 蔵書は、持ち主の情報の山である。彼女をここへ入れたと言うことは、ゲーム的に好感度が高まっていると見て良い。自国侯爵家のグレイス嬢を入れるのとは、意味合いが違う。


 (もっとも)も、事前に図書室の本を入れ替えた可能性もある。王家の蔵書がここにあるもので全てとは、とても思えない。書庫という手がある。


 ちらりと眺めただけでも、『北の虫のルイジア』とか、『秋の枯葉譚』とか、小説のような題名が目についた。皆、新刊のようにピカピカ光っている。


 入室制限をかけるほどの王宮図書室の蔵書が、本当に小説コレクションばかりとしたら、それはそれで問題な気もする。個人的には楽しいけれど。

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