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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第六章 シナリオから降りるとモブになる
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草上のお茶会

 何気に最近、お茶会が多い。

 メンバー固定のごく内輪的な会、と銘打(めいう)っているものの、参加者は例によってグレイス嬢とエスメ嬢、王太子にベリル嬢と来た。


 別に親しくも何でもない間柄だ。むしろ、会う回数を重ねる毎に、親しみの度合いが下がっている。主に、私とその他の人々の間が。

 これも婚約者選定の一環と聞かされれば、なおのこと、親しくなれる筈もない。


 各自が主催者となって茶会を開き、その内容やその場における振る舞いなどが、王太子妃にふさわしいかどうか判断するという。

 プロテア宰相のアイデアらしい。


 候補者の主催なら、王家の負担は出席者としての分に限られる。それに、王宮の外で個人的に催される会なら、王妃や王女が介入できない。


 以前、父と検討した、きな臭い権力闘争が頭に浮かぶ。

 テオデリク=プロテア宰相は、グレイス嬢の叔父である。王妃との間に家門の遺恨がないとしても、浪費家傾向の王妃とはどのみち相性が悪そうだった。



 その回り持ち茶会で、私は初回をあてがわれた。

 明言されてはいないが、爵位の低い順番から進めるのが穏当だろう。気を遣われたとも言える。


 折角の気遣いでも、私としては、真ん中ぐらいに設定して欲しかった。どの程度のレベルを目指せば良いのか、基準が分からないのだ。それも含めての判定とは思う。


 何せ、我が家は金だけは、ある。しようと思えばきっと、王家主催と称してもバレないくらいの物は出せる。逆に、身分不相応な催しを開いたかどで、落選を狙うのも良い手だった。

 母も、狙いは正反対だが、張り切って金を注ぎ込もうとしていた。


 結局のところ、男爵家にしては、頑張ったな程度の無難な線で落ち着いた。あんまり派手にやらかすと、今後諸々のお付き合いにも響くからである。候補落選どころか、一家お取り潰しの上、磔斬首(はりつけざんしゅ)に処されては、笑えない。


 準備の程度相応に、無難に終えた次の出番は、エスメ嬢だった。

 ネモフィラ伯爵家の本拠は辺境だが、王都にも屋敷を持っている。やや郊外に建てられたそれは、前世日本人的感覚で言うと、ほぼ城だった。王城のように庭を作りこんでいない分、敷地がやたら広く見えた。


 「いいねえ。狩場に来たみたいだ」


 王太子が、嬉しそうだ。本当に(くつろ)いでいるようにも見えた。日頃、窮屈な思いをしているのか。王族は決して楽な身分ではない。


 エスメ嬢は、ピクニックスタイルのお茶会を開いたのだ。使用人に運ばせた厚手の織物は、平民が使う布地と違い、上を歩いても小石を踏む心配もなく、各人が寝転がっても余裕の大きさであった。

 私たち淑女が横たわりはしないが、ドレスの裾が汚れる心配もなく、足を崩して座れるという経験は希少である。


 無闇(むやみ)にお金をかけず、このような機会を提供したことは、エスメ嬢の評価を高めただろう。彼女には婚約者がいるけれども、王太子妃側近としての芽はある。彼女はまだ八歳である。

 本当に本人が考案したのか、という疑問は置いておく。彼女に仕える召使やその人脈込みの評価だ。


 お茶のお供は、サンドウィッチや、中にジャムを仕込んだミニパイ、そしてドライフルーツを混ぜて焼き上げたパウンドケーキといった、つまみやすい品を揃えていた。


 私は遠慮なく、ばくばく食べる。ありふれた品に見せかけて、中身に凝ることは、よくある話だ。

 ミニパイの生地やサンドウィッチに塗られたバターが、希少種から搾りたての牛乳で作った新鮮な物で、ジャムやドライフルーツに、国内では手に入りにくい果物が使われていても、驚きはしなかった。


 ひたすら、美味しくいただく。なくなった分は、ネモフィラ家の給仕が素早く補充してくれる。筋トレに励んでいるせいか、最近お腹が減って仕方がない。


 「それで、パンダン王子が‥‥」


 私が口の中を食べ物で満たす一因は、令嬢たちの話題が、流行りの小説で盛り上がっているからである。

 我が家は母の方針で、小説を置かない。たまに図書館で借りて読む本が、いつ頃流行ったものか、あるいは全然流行らなかったものかも知らない。


 パンダン王子は、シルバーサーガの登場人物である。侍女のアンから、何となく話を聞いているものの、実際読んだ人と会話できるほどの知識はない。


 傾聴しかないのである。茶会の客として、採点基準があれば、間違いなく減点である。そこは、望むところだ。

 アイアン王国でも、シルバーサーガは評判らしい。ベリル嬢は控えめながらも、つい口を出してしまう様子から、実は相当読み込んでいると見た。


 「マルティナ嬢は、最近どのような本を読んだのだ?」


 王太子に、不意打ちの質問を食らった。一人だけ黙る客がいたら、主催者が話題を振るものだが、エスメ嬢はこの点うっかりしていた。その客が私だったせいも多分にある。


 私が話に加われない様子と、ベリル嬢もこの話題に消極的であることから、グレイス嬢がそこはかとなく喜んでいるのを察し、わざと手抜きをした可能性もあった。エスメ嬢も苦しい立場であることだ。

 人間関係はどこでも大変である。


 「そうですねえ‥‥」


 正直に言えば、最近読んだのは、『最新版 フリチラリア王国領地別産業統計』である。しかし、小説で盛り上がっているところへ統計をぶち込むのは、無粋に過ぎた。


 「『ポリジェンヌ物語』ですかね」


 図書館で流し読みした本である。


 「数年前に流行ったものですわね。ずっと『良くない』と言っていた女の子が、最後に『良かった』と言うところが、印象的でしたわ」


 エスメ嬢が、恐る恐る口を開く。


 「まあ。お若いのに、あれを読み通されたとは。エスメ嬢は、大層優秀でいらっしゃるのね。でもあれは、王制を否定する話ではありませんこと?」


 ベリル嬢が、色々な方面にぶっ込んだ。ヒロインだけに、他意はないと思いたい。


 「アイアン王国でも読まれているのですね。我が国は芸術文化に理解が深く、寛容な姿勢をとっているのですよ」


 流れでグレイス嬢がフォローする羽目になった。私をも(かば)う形になったのは面白くなさそうだが、さりげなく王家を讃えていて、彼女の評価が上がったのではなかろうか。

 こちらはあちこち目配りが効いた即応力が、素晴らしい。いかにも悪役令嬢らしいハイスペックである。


 「それは羨ましいことですわ。あれが出版された頃、我が国は体制批判を含んだとみなされる本を、排斥する傾向がありました。近頃になって、ようやく文芸への理解が進んだように感じます」


 「きっと、シルバーサーガの影響ですわ。あの作者は匿名ですが、アイアン王国の方に違いありません。最初に出版された国ですもの」


 シルバーサーガに熱狂中のエスメ嬢が、力説した。


 「そう思わせるために、敢えて別の国から出版したかもしれないよ」


 王太子が口を挟んだ。如何(いか)にも腹黒らしい見解だった。

 ベリル嬢が、頬を染めている。背後で控えるキャシーこと、コガンの目つきが王太子を射殺(いころ)しそうに見えるのは、気のせいだろうか。


 侍女がエスメ嬢に耳打ちする。エスメ嬢は頷いて、一同を見回した。


 「ここで、ちょっとした座興をお願いしておりますの。よろしかったら、ご覧になってくださいませ」


 「まあ。楽しみですわ。是非、拝見させてくださいな」


 ベリル嬢が、真っ先に身を乗り出した。

 エスメ嬢の合図が順送りに城へ伝えられる。建物の陰から飛び出してきたのは、馬二頭、とそれに跨った完全武装の騎士だった。


 パーシヴァルである。

 面貌(めんぼう)を下ろし、顔が完全に隠れていても、エスメ嬢の様子で丸わかりである。もう片方の騎士は、予想がつかない。辺境伯の麾下(きか)にある誰か、といったところか。


 騎士二人は、馬を早駆けさせて、私たちの正面にきた。距離は十分に離れている。

 並んで馬を止めると、こちらを向いて一礼した。双方、槍を抱えていた。

 エスメ嬢が、王太子を見る。


 「ウィリアム殿下、合図をお願いします」


 「ああ」


 王太子も毒気を抜かれたようだ。馬上の槍試合を庭先でするなど、敷地に余裕があって、凝った庭を作らない辺境伯爵家にしか出来ない。

 すぐに姿勢を正し、手を挙げた。


 「双方、健闘を祈る‥‥始め!」


 既に騎士は馬の向きを変え、互いに向き合っていた。


 ぷおーん。


 角笛が鳴らされた。戦場だと金管ラッパのイメージがあって、角笛だと羊飼いを連想してしまう。音も間延びして聞こえた。余興だから、敢えて角笛を選んだのかも知れない。


 騎士の方は、呑気とは程遠かった。


 ガシッ。


 槍同士がぶつかり、すれ違う。すぐに馬首を返し、またも突き合う。


 ガシャガシャ。


 動くたびに、鎧の部品が擦れ合って、音を立てた。馬にも着せているから、かなりの騒音である。いや、迫力であった。


 あんなに重そうな鎧を着た上に、あんな槍を抱えたまま戦うには、相当な筋力が必要だ。そして瞬発力も。

 一番大変なのは、それらを全部背負った馬である。騎手の意図通りに動く賢さも備えている。


 エスメ嬢は、パーシヴァル、と思われる方の騎士を、うっとりと見つめていた。

 ベリル嬢は、手をもじもじさせながら、食い入るように観戦している。


 グレイス嬢も、顔は取り澄ましているが、両手を握りしめている。手に汗握る状態である。

 王太子と目が合った。

 声を出さず、口だけを動かして言うことには。


 「私が止めさせるのだよね?」


 「もちろんです」


 私も口だけで答えた。身振りを交えると、他の令嬢の注意を引いてしまう。

 本気の戦いではないのだ。試合ですらない。決着をつける必要は微塵(みじん)もなかった。


 芝居でも、あの鎧を着たまま落馬したら、受け身をとるどころか、下手したら死ぬ。

 誰かが、適当なところで止めねばならない。

 腹黒と、茶会に入り込めない私だけが、彼らの安全を(おもんぱか)る形となったのは、皮肉な流れであった。


 「そこまで!」

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