表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/39

真実はごつい

 私は、侍女二人に抱えられ、礼拝堂を出た。

 柱に囲まれた廊下にも、木製の長椅子が据えられていた。貴族向けの休憩所もあるのだが、通常施錠されている。わざわざ神官を呼びに行ってもらうのは、(はば)られた。


 「そこのベンチへ座らせて」


 二人がかりで、腰を下ろすことができた。しばらく休んだぐらいで治るとも思えないが、馬車まで歩ければ、後は何とでもなる。私はもう、帰宅するつもりであった。


 「では、私はこれで失礼します」


 ベリル嬢の侍女が、礼を言う隙も与えず、素っ気なく向きを変える。


 「あの、コ○○くん」


 うっかり、頭の中にあった呼び名を口にしてしまった。固まったのは、私とアンだけでなく、亜麻色(あまいろ)の髪の侍女も、である。


 「おまっ」


 もの凄い勢いで振り向いた顔を見て、確信した。この侍女は、男の変装だ。

 抱きかかえられた時、腕の力や触れた体の感触が、反対側につくアンと全然違っていたのである。ほっそりとした顔立ちだけ見れば、女としか思えない。


 「私の名前は、キャシーです。アプリコット男爵令嬢」


 向き直った時には、侍女は立ち直っていた。側にアンがいなかったら、怖い目に遭っていたかもしれない。一瞬垣間見えた表情に、殺気を感じた。


 「うっかりしたわ」


 もしかして、本名がコ何とかなのだろうか。今の反応からして、あり得る。


 いや、ゲームのメインキャラに、メジャーな別作者のキャラを被せてくるのは、コンプラ的にまずいのではなかろうか。見た目が被っていなければ、ただの人名で押し通せるとでも思ったとか。


 でも、ただ名前だけを同じにする意味が、わからない。間違えて買わせよう、という運営の作戦‥‥。

 誰も間違えないと思う。謎である。


 「これは、アプリコット男爵令嬢。どうしましたか。具合が悪いのでしょうか?」


 聞き覚えのある声に顔を向けると、クリストファーがいた。


 「ええ、少し体を傷めまして。それで」


 まだ湿布が臭うだろうか。攻略する気はなくとも、私だって乙女心は持っている。

 キャシーとアンに連れてきてもらった、と説明するつもりで振り向くと、二人とも姿を消していた。


 キャシーは礼拝堂へ戻ったのだろう。アンは、というと、気を遣って離れた場所にいた。いつの間に。


 「一緒にお聴きになられれば、良かったのに」


 クリストファーは、貴族の装いであった。つまりは、神殿入りしていない。ゲーム的には、私が攻略していないから、ということになるのだが、実際のところは、どうなのだろう?


 「神官になる手続きでいらしたのですか?」


 「いいえ。義姉様の付き添いで」


 サルビア伯爵って、暇なのか? 領地を持っていた筈だけれど。

 そういえば、領地を家令に任せきりにして、王都で社交三昧な貴族の話を聞いたことがあった。税率を上げたり、横領されたり、色々問題が起きやすいと思うのだが、大丈夫か?


 「どうぞ、おかけください」


 他人様の領地を心配する義理はない。伯爵様を立たせておくのも失礼と思い、隣に座れるよう、体をずらす。

 う、筋肉痛が。


 「ありがとうございます」


 素直に座るクリストファー。こういうところは、好きである。

 彼は、顔を半ば覆う長いシルバーブロンドの髪を、さりげなく背中に流し、こちらを向いた。


 イケメン至近距離は、心臓に悪い。うっかり動くと、またどこかの筋肉を傷めそうである。


 「そ、そう言えば、先日王宮で茶会に呼ばれまして」


 動揺を隠そうと、とにかく口を開く。出てきた話題は、パーシヴァルの優勝ご褒美会だった。


 「義姉様から聞きました。王家のバラ園へ行かれたとか」


 クリストファーが、沈んだ調子で応じる。まずい話題だったろうか。ここで急に話題を切り替えるのも、不自然である。


 「王太子殿下から、皆様に薔薇をいただきまして、貴重な体験となりました」


 「あれは、皆さんに配られたものでしたか」


 クリストファーの調子が、やや上向いた。


 「ええと。全員ではなくて、アイリス様と、ネモフィラ様と、私に」


 「そうですか」


 クリストファーの体から、力が抜けたように思った。安心したような感じだ。何かわからないが、良かった。


 「神にお仕えしたい気持ちは、本心です。でも、義姉様に反対されると、決意が揺らいでしまって‥‥情けないですね」


 「今すぐに神殿入りしなくても、神様は待ってくださいますよ。永遠の命と広い御心をお持ちなのですもの。今の居場所を捨てて後悔することのないよう、よく見極めることが肝心です」


 ロルナ王女がパーシヴァルと結婚することになったら、王太子はエスメ嬢と婚約するかもしれないのだ。クリストファーの思いが成就する可能性は、まだある。王族に関わる微妙な問題だけに、口にできないのが、もどかしい。


 「ありがとう。私の情けない姿を見せても、あなたはいつも変わらず接してくれるのですね。マルティナ嬢とお呼びしても、よろしいですか? 私のことは、クリスと呼んでください」


 ご冗談を。グレイス嬢に、睨み殺される。


 「そんな、恐れ多い‥‥私の方は、何と呼んでくださっても結構です‥‥では、クリストファー様で如何でしょうかね?」


 クリストファ―が、ふんわりと笑った。ゲームスチルで、背景に花が生えてきそうな具合だ。

 まさか、恋愛フラグは立っていない筈。しかし、クリストファーに好意を向けられていることは、認めざるを得ない。

 これは、愚痴(ぐち)相手としての好感度だ。間違いない。


 「おや。大分具合が良くなったようだね。神殿特製の薬草茶を一緒にいただくことは出来そうだ。良かったら、サルビア伯爵もご参加を」

 (そんなところで、男漁(おとこあさ)りをする元気があったら、さっさと戻れ。そこの伯爵も共に(さら)してやろうか)


 音もなく開く扉のせいで、一行が出てきたことに気付かなかった。

 王太子が、満面の笑みで私を見つめていた。その目の奥は、笑っていない。相変わらず腹黒なことである。


 顔を見る前から、副音声が聞こえてきた。

 そして、後ろからは、グレイス嬢とエスメ嬢が、刺すような視線を送っていたのだった。


 「お元気そうで、良かったですわ」


 ベリル嬢が、屈託ない笑みを浮かべて、私にトドメを刺した。追加ヒロインは、純粋が過ぎる。



 神殿での様子を母に報告したのは、アンである。


 「クリスのイベントだったのね。神殿だもの。当然そう来るべきだったわ。追加ヒロインが出てきたから、焦ってパニクっちゃった」


 呼び出されて、茶菓を供されている。久々に、母の『咲くトリ』講釈を聞いた。

 筋肉痛は、和らいでいる。筋トレを続けて、体が慣れてきたのではないか、と思う。腹筋百回には、まだ届かない。


 フォスター先生には、課題ができるようになるまで、指導を待ってもらった。先生は、立ち消えになると思っているようだが、私は父から許可を貰って、予算を獲得しているのだ。


 「初めて名前を呼ばれた時のクリスの顔、素敵だったでしょう? いきなり愛称で呼ばなかったのも、正解よ。さすがヒロイン。わかっているわねえ」


 「そうですか」


 単なる顔見知りの伯爵様を、男爵令嬢が愛称で呼べる訳なかろう。

 母は、上機嫌だった。アンの地獄耳には、恐れ入る。あんな遠くに居て、聞こえていたとは、油断のならないことだ。


 「ところで、奇跡はいつ起こすのかしら? 逆ハールートでは、そのイベントはやらないのだったっけ?」


 私に聞かれても、困る。本当に知らないのだ。


 「奇跡、ですか?」


 ヒロインが聖女認定される理由を覚えていなかったのだが、どうやら奇跡を起こすらしい。魔法のないこの世界で、どんな奇跡を起こすのだろう。


 「大丈夫よ。多分、ないわ。それに、することになったとしても、仕込みとか不要だから」


 仕込みが必要なら、奇跡ではなく、詐欺である。


 「でね、キャシーって名乗る侍女、あれ攻略キャラだけど、追加ヒロインのベリルにしか落とせないの。だって、本来なら、彼女が登場する時点で、あなたは誰かと結婚している筈だからね。クリストファーとは、結婚じゃないけど」


 私は、側に控えるメリイを見る。母専属の侍女である。『咲くトリ』本編シナリオについては、転生者である私よりも把握している。


 彼女は私と目を合わせ、首を振った。メリイでも、追加シナリオまでは、まだ追いきれないようだ。

 前世の記憶を持つ私には、母の言う意味が理解できた。彼を攻略する必要はない、と言いたいのだ。


 もとより、そのつもりはない。しかし、転生者であることを母に隠したい私は、反応に困ったふりをして、菓子を摘む。


 近頃、(ちまた)で評判の、マカロンにクリームを挟んだ進化型マカロンである。

 母のアイデア、というか、前世の記憶、を元にして、父が生産販売まで道のりをつけ、売り出したのだ。


 溶けにくいクリームや、それを挟むマカロンに工夫があり、偽物が出回っても、ブランドの確固たる地位を保っている。溶けにくいと言っても、鮮度が命のクリームだから貴族向けで、またも我が家に、大金が転がり込んでくるのであった。


 母のパクリアイデアを、この中世風世界で形に仕上げる父は、天才かもしれない。男爵という貴族の枠組みに嵌め込むのが、勿体ないように思う。なまじ爵位があるから、地位だけ高い貴族に貶められたりするのだ。


 「ベリルって、ベリル=ブロンズだったわよね?」


 菓子を黙々と食べていると、母が唐突に尋ねてきた。


 「ブロンズ侯爵令嬢と仰っていました」


 「それで、ウィルの母親が、ルビー=アイアンでしょ。()()()の姓は、確かゴールドだったと思うのよね。父親が高位貴族だから」


 「どなたですか?」


 思わず聞き返してしまった。王太子を愛称呼びは、もうスルーすることにして、コ○○みたいって、名前が似ているという意味だったのか! 見つかる訳がなかった。まるで違う方面を探していた。


 「ほら、キャシーとか言う侍女。本当は男なの。アイアン王国って、宝石とかの名前を好むでしょ。ベリルだって、翡翠だし。キャシーって宝石はないから、偽名ね。石だったらあるかもしれないけど。本名は、コガン=ゴールド‥‥むう。しっくりこない。母方の姓で紹介されていたのかしら。あれだけダジャレみたいで、思い出すのに時間がかかっちゃった。タイガーアイって意味なのよね」


 タイガーアイ、虎目、虎眼、コガン。なるほど、ははっ。

 

 そういえば、キャシーっぽい名前で、キャシテライトっていう鉱物があった。地理か化学か地学か歴史、どこで聞いたか、忘れてしまった。前世受験生は、知識量が半端ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ