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試練は百回

 「もう一人の方も、貴族のご令嬢ですか?」


 追加ヒロインの情報を諦めて、話題を変えた。片方がヒロインなら、追加キャラのもう一人は攻略対象だろう。もし職業が探偵なら、平民もあり得る。攻略する気になるかもしれない。男爵家の娘が平民に嫁ぐことなら、ままある。


 「まさか。確かに、女装してもバレないほどの美形設定だけど、一応攻略対象よ。母親が平民で、認知されなかったとか。髪は亜麻色で、ベリルに執着しているの。近くにいなかった?」


 「全く気付きませんでした」


 話の流れからすると、水色令嬢は、ベリルという名前らしい。

 今の説明には、先ほど母が(たと)えに挙げた探偵キャラの要素が、まるで見出せない。


 もしかして、ハリウッド映画の方だろうか。昔のファンタジー小説を映画化した作品に、同じ名前の主人公がいる。しかしあちらは、筋肉もりもりの半裸男で、女装したら確実にバレる。


 「お話が済みましたら、これで失礼します。外出の用があるので」


 これ以上、母と話しても役に立つ情報を得られないと思い、外出を口実に使った。


 「逆ハーは、忙しいわよね。次は、誰のイベントだったかしら」


 母は、記憶を手繰ろうとして、私を解放した。

 思い当たらないのも無理はない。出かける用事など、ないのである。

 言った以上は、どこかしら行かねばなるまい。


 「どちらへお出かけなさいますか?」


 自室へ戻ると、アンに尋ねられた。シルバーサーガの最新刊を読み終えた彼女は、当分図書館に用がない。行ったら行ったで、面白い本を読めるのだが、昨日の今日である。


 頻繁に図書館へ通って小説ばかり読む貴族となると、貧乏かドケチに見られることは、確実だ。ケチならともかく、金がないと判断されたら、父の商売に影響が出るかもしれない。


 街ブラでもしようか。

 などと考えを巡らすうちに、外から声が聞こえるのに気付いた。

 弟のケネスが、剣術を習う日であった。

 それで思い出した。


 強盗団に襲われてから、私も剣術を習いたい、と考えていたのだ。騎士団見学の際に教わった、護身術では足りない。

 できれば、一人で敵を退けられる程度‥‥不可能なのは、わかっている。逃げ道を確保する時間稼ぎができる程度の力が欲しい。


 逆ハー失敗で平民落ち追放の刑になったら、護衛の助けは期待できない。自力で逃げねば。

 具体的には、短剣術とか。いきなり長剣を振るうのは非現実的である。冒険者の可能性が見えてきたら、そちらも考えよう。


 「フォスター先生の元へ行くわ。その後は、街へ」


 「かしこまりました」



 カン、カン、カチン。


 ケネスとフォスター先生が剣で撃ち合っている。先に騎士団でパーシヴァルの戦いぶりを見ているせいか、弟の剣さばきは、間延びしているように思えた。


 フォスター先生は、元騎士団で、ケネスに武術を教えている。物腰が柔らかく、一見人のいい職人さんみたいである。父上は刀剣職人だったそうだ。


 「はい。結構ですよ、ケネス殿」


 私の気配に気付いて、弟の集中が途切れる前に撃ち合いを切り上げた。さりげない気遣いが、優秀な騎士だったことを窺わせる。


 「姉様。僕の稽古を見に来てくださったのですか?」


 オレンジ色の巻き毛を揺らし、駆け寄ってくる。十歳である。言動はまだまだ子供っぽいものの、日々鍛錬の成果が少しずつ見えてきた。この世界は、十八歳以上を成人とする。

 前世日本のように、成人年齢でも学生だったら学生として扱われる、などということはない。そもそも大学がない。


 だから、十八歳になるまでに、一人前になれるよう、親は必死で教育するのである。


 「稽古の邪魔をしてすみません、フォスター先生」


 私は、まず先生に断りを入れた。フォスター先生は、召使から差し出されたタオルで汗を拭きながら、爽やかに手を振った。


 「邪魔ではありませんよ。マルティナ嬢。ちょうど、小休止を入れるところだったのです。ケネス殿、水分補給」


 「はい、師匠」


 ケネスはピシリと背筋を伸ばし、後を追ってきた召使からタオルを受け取った。別の者は、師と弟子のためにカップを用意した。


 「実は、ご相談がありまして‥‥ああ、どうぞ飲みながらお聞きください」


 「ありがとうございます」


 フォスター先生は士爵の称号を得ているが、つまりは爵位ではなく、準貴族の扱いである。それで、しがない男爵令嬢の私にも、丁寧な態度で接するのだ。

 平和な世の中、先生ほどの人でも貴族になるのは、難しいようである。


 「先に捕まった強盗団が、最後に襲ったのは、私だとご存知でしたか?」


 冷茶を飲みかけた先生が、ぶっ、と吹いた。素晴らしい反射神経で、私のドレスにかからないよう、顔を背けてくれた。ケネスが間で、目を丸くする。


 「噂で、何となくは」


 答えが慎重になるのも、無理はない。貴族令嬢が強盗に襲われた事件は、(ちまた)で面白おかしく脚色されている。その大方のところで、私は貞操を失って傷物令嬢になっているのだ。


 もちろん、パーシヴァルを始め、現場に来た騎士団や、報告を受けた王宮の上層部、王族は真相を知っている。

 いまだに王宮の茶番婚約者候補の集いに招待されるのも、そのせいだ。


 そこは、噂になった落ち度を(とが)め、外してもらって構わないのだが。

 躍起になって否定しても、余計面白がられるだけである。父なども、問われれば説明する程度に止めている。


 「幸いにも、すぐに騎士団の皆様が駆けつけてくださったので、怪我もなく済みました」


 信じてくれるかわからないが、一応断りを入れておく。


 「それは、良かったです」


 フォスター先生の微妙な顔つきを見るに、騎士団の中でも偽情報が、幅を利かせているようだ。先生の情報源は、元いた騎士団であろう。

 これには、パーシヴァルからの好感度が低いことも、関係するかも。


 「この件で、私は自らの非力を痛感しました。護衛を常に連れ歩く身分でもありません。まず、自らを鍛える必要を感じたのです」


 「しかし貴族のご令嬢が‥‥」


 話の行方を察知した先生が、反対意見を口にしかけた。私は、その先を言わせない。


 「お願いします。どうか、私にも剣術、いいえ、短剣の扱いだけでも、教えてください。もちろん、その分の報酬はお支払いします」


 父にはまだ相談していなかったが、お金を出してもらえない時には、私の持ち物を売り払ってでも支払うつもりだ。日本と違い、この世界は武器を持ち歩く人が、その辺をウヨウヨしている。元貴族令嬢の平民なんて、いいカモである。


 「そうですか」


 真剣度が伝わったのか、フォスター先生は、鋭い目つきで私を観察した。


 「では、一度、体力測定をしましょう」


 あっ、と思った。武器を扱うには、それなりの体力が必要だということを、失念していた。少々考えが甘かった。どのみち、鍛錬には、それなりの衣装も揃えねばならない。無論、受けて立つ。


 「ありがとうございます。では、日程を調整しましょう。参考までに、何をどの程度できるようになれば、基準に達するか、教えていただけますか? アン、メモの用意を」


 「は、はい。お嬢様」


 控えていた侍女が紙と鉛筆を取り出すのを見て、先生がたじろいだ気がした。



 私の体力測定は、ケネスの稽古と一緒に見てもらうことになった。結果を見て、指導の程度を決めるため、報酬については、後回しとなった。

 きっと、体力測定で落とすつもりなのだろう。


 「腕立て伏せ百回なんて、できるんですか、お嬢様?」


 馬車に乗り込むと、アンが疑わしげに尋ねてきた。


 「やるしかないわ。それより、腹筋百回が問題よ。さっさと買い物を済ませて、特訓しなくては」


 実は、前世でも、そんなにやったことがない。貴族令嬢の体で、どこまでできるか、確認する必要があった。


 貴族令嬢に限らず、この国で女性はスカートしか履かない。実際に使う場面を想定すると、ドレスのまま習っても良さそうだが、前世日本人の私としては、しっくりこない。


 トレーニングと言えば、スポーツウェアである。

 という訳で、私は我が家と取引のある、衣類卸商へ顔を出したのであった。



 「おや、マルティナ嬢。ご無沙汰だね」


 恰幅(かっぷく)の良いおじさんが、愛想良く挨拶した。祖父の代からの付き合いがある店である。今の店主は、父が平民の頃からの幼馴染である。人目のない場所では、気さくに接してくれる、ありがたい存在だ。


 「トマスさん。お願いがあるのだけれど」


 私は、短剣の稽古をつけて貰うために、腹筋と腕立て伏せができる服を探していることを説明した。


 「また、面白いことを考えついたものだ」


 トマスさんが、お腹を抱えて笑う。不思議と悪い気はしない。馬鹿にしているのではなく、愉快がっているのがわかる。

 ひとしきり笑うと、一緒に倉庫へ行って、服を見繕(みつくろ)ってくれた。


 「冒険者の女剣士用の下衣がある。牧畜業や運送業のカミさんも買うらしい。馬に乗ったりラバに乗ったりするからね。でも、マルティナ嬢は貴族だから、乗馬服がいいんじゃないか。輸入物の女騎士服なら、上下揃いで上衣を探す手間が省けるのだが、残念なことに、サイズが合わない」


 「先生に指導してもらう日は、乗馬服にして、普段一人で訓練する時は、冒険者の服にする。洗い替えも必要だわ」


 こうして、在庫の中から必要な服を選り出した私は、買った品を全部馬車へ積み込んだ。

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