表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第四章 ゲームの裏側はドロドロだったりする
14/39

王女と騎士と婚約者

 カン、カン、キンッ。


 素人目にも、華麗な剣さばきであった。剣の動きだけで、相手を地に伏せる。


 審判が正式な判定を下すと、ぱちぱち、とあちこちから拍手が上がる。勝った方の騎士は、こちらの方に視線を投げ、軽く手を挙げてみせた。ダークブロンドの髪は短く刈り上げられ、愛情のこもった表情までよく見える。


 「パーシヴァル様」


 隣のエスメ嬢が、頬を染める。勝者は、彼女の婚約者、パーシヴァル=アキレアだった。


 騎士団の見学に招かれていた。将来の王太子妃のための勉強会、という名目らしい。

 通常通り訓練風景でも見せてくれるのかと思いきや、突然の剣技大会が始まったのである。そして、パーシヴァルが優勝したところだった。


 彼は、『花咲く乙女のトリプルガーデン』の、れっきとした攻略対象である。そして私はその乙女ゲームのヒロインなんだが、見ての通り、好感度低飛行中である。


 今日は、婚約者候補筆頭のグレイス嬢も、当然参加している。神殿での件で嫌味でも言われるかと思ったが、全く触れられなかった。それはそれで、不気味である。


 クリストファーから、告白されていたりして。王太子婚約者候補と義弟の恋。それだけで本が一冊、乙女ゲームが一つ作れそうである。その場合、私はモブか悪役だろう。


 あれからどうなったのか。知りたいのはやまやまだが、明言された訳じゃなし、身分上も、聞ける立場にはない。グレイス嬢の様子から窺うことも、難しかった。



 パーシヴァルは、そのままエスメ嬢とは別の方角へ導かれる。そこには、王妃と王女がいた。彼はその前に跪き、顔を伏せる。


 「パーシヴァル=アキレア。そなたの勝利を讃えて、我が娘より褒美を遣わす」


 王妃が宣言すると、王女に頷いてみせた。


 「ありがたき幸せにございます」


 「顔を上げよ」


 (ひざまず)いていたパーシヴァルが命に従う。その先には、エスメ嬢より更に幼い姫がいた。

 ロルナ王女である。確か、六歳だった。ほぼ幼児だ。


 王族だけあって、遥か年上の騎士を見下ろす様も、堂に入っている。衣装に助けられている部分もあるとは思うが。


 「褒美として、近々祝いの茶会を開こう」


 それは大袈裟(おおげさ)すぎないか。どうも王妃とこの王女には、浪費の傾向がある。


 「過分な褒美をお考えくださり、ありがとうございます。私は、王女殿下のそのお心遣いをいただくのみで、十分に報われました。茶会は辞退致したく存じます」


 パーシヴァルの横顔は、真剣で、声も硬い。これが王太子だったら、完璧スマイルを浮かべつつ、話を有耶無耶(うやむや)に持っていけるのだろうが、騎士殿は真面目なのである。


 「ならぬ。王族が約束したことは、違えてはならぬのだ。茶会は、開く」


 王女のドレスが揺れた。地団駄(じだんだ)でも踏んだのだろうか。おみ足の動きは、スカート部分に隠れて見えない。


 「騎士アキレア。そう硬く構えずとも良い。ロルナの主催だ。ほんの内輪の会とする。気楽に参加せよ」


 横から王妃が口添えした。内輪だろうが、王族に呼び出されて気楽に、とはいかない。いくら、父が元騎士団長で、兄が副団長といっても、現状パーシヴァルは伯爵家の三男坊であり、ただの騎士に過ぎない。『咲くトリ』ゲームでは将来、騎士団長に出世するけど。


 「王妃陛下のご配慮、ありがたく頂戴します。それでは、婚約者のエスメ=ネモフィラ伯爵令嬢と共に参上したいと存じます」


 隣のエスメが、また頬を染めた。対照的に、王女が白っぽくなったように見えた。近くに居たら、青く見えたかもしれない。


 王女が何か言いかけたのを、王妃が止めた。


 「では、茶会の件は、しか、と約したぞ。騎士パーシヴァル=アキレア」


 「はっ。ありがたく承ります」


 出席を約束させたのは、王妃だった。ロルナ王女は、頭を下げるパーシヴァルを、満足そうに見下ろした。



 王妃と王女が退場した後、パーシヴァルはこちらへ駆け寄ってきた。もちろん、目当ては私ではなく、エスメ嬢である。

 私、一応ヒロインなんだけれどなあ。自分で折ったフラグの効果を実感する。


 「パーシヴァル様、優勝おめでとうございます。とても、素敵でしたわ」


 エスメ嬢が、闘技場との仕切りから身を乗り出さんばかりにして褒め称える。王族席と違い、こちらは見学者との距離が近く、高さの差もない。


 「ありがとうございます。エスメ嬢が見にきてくださると聞き、発奮しました」


 見下ろすパーシヴァルは、笑顔である。親戚のお兄ちゃんが、年下の面倒を見てあげる感じ。そう。エスメ嬢は八歳である。一方、パーシヴァルは十七歳。


 パーシヴァルって、ロリコンなのか? それは知らないが、婚約は家同士の政略的なものだ。

 ネモフィラ家の領地は国境に接している。辺境伯とも言う。エスメ嬢はそこの長女だ。武勇の名高いアキレア家の有望株を婿に取って、守りの一助にする魂胆である。


 魂胆というと悪巧みみたいだが、パーシヴァルにも利点はある。三男では、生家を継ぐ見込みはほぼゼロ。

 騎士団で頭角を表しても、兄が副団長では、それ以上の出世は望み薄である。辺境伯への婿入りなら、将来は領主様の一族で安泰、武芸も活かせる。家格の釣り合いも、ちょうど良い。


 『咲くトリ』パーシヴァルルートを攻略すると、エスメ嬢が私をいじめたせいでネモフィラ家ごと断罪され、一家は平民落ち。

 空席となった辺境領へ、パーシヴァルが新たな伯爵として赴任し、私は辺境伯夫人として共に行く。結構エグい展開である。


 キャラメルブラウンのふわふわした髪を揺らし、婚約者をぽうっと見上げる八歳のエスメ嬢が、十五歳の私をいじめる‥‥家格差を思えば不可能ではないが、想像し難い。


 考えると、パーシヴァルにとって、私と結婚すること自体に、メリットがない。辺境領が手に入るのは、棚ボタ展開である。


 フラグ折り以前の問題だ。単独ルートでも、ヒロインが相当頑張らないと、攻略できないのではないか。

 それを言ったら、攻略対象、全員がもとより高嶺の花ではある。そこを乗り越えて結ばれるのが、乙女ゲームの醍醐味だった。


 ゲームシナリオに現実を求めてはいけない。


 私がヒロインとしての努力を放棄しているのに、話が何となくシナリオに沿って進んでいく。世界の基本原則にシナリオが絡んでいるのは、確定だろう。


 今日のイベントは、母によれば、当然ヒロインとパーシヴァルの距離を縮めるためのものである。実際には、悪役令嬢役のエスメ嬢と婚約者の距離を縮めていた。こちらの方が、常識的な展開だ。


 「この後、護身の術を教えてくださる予定でしたね」


 グレイス嬢が口を挟んだ。放っておくと、婚約者同士でほのぼのと話が終わらない、と判断したようだ。同感である。

 パーシヴァルとエスメ嬢が、揃って我に返る。


 「案内の者を差し向けておりますので、しばしお待ちを。その間に、こちらの方でも準備をいたします」


 パーシヴァルの背後から現れたのは、副団長、彼の兄である。パーシヴァルを、若干ゴリラ寄りに進化させた感じ。


 「婚約者殿を気にかけるのは理解するが、義務を果たせ」


 弟にかける声音は、恐ろしげである。パーシヴァルは、刃物でも当てられたみたいに首をすくめ、くるりと回れ右して去って行った。

 それでも兄に隠れて、エスメ嬢へ合図を投げ置くのを忘れない。


 副団長は、きっと弟を見逃してやったのだ。こちらにも、軽く会釈をすると、無駄話を一切せずに立ち去った。


 「何で俺が、お前と‥‥」


 護身の術講座は、室内で行われた。私たち令嬢に配慮してのことらしい。


 同じく令嬢の家格に配慮して、グレイス嬢の相手は騎士団長、エスメ嬢の相手は副団長、私の相手がパーシヴァルだった。

 これは、彼にエスメ嬢の相手をさせると、訓練にならない、という判断だろう。私のせいではない。

 私だって、選べるものなら、大人な騎士団長に相手をしてもらいたかった。


 「まず、手首を掴まれた際は‥‥」


 くいっ。


 「あ」


 何気なく肘を曲げ、腕を動かしただけで、パーシヴァルの手が、簡単に外れてしまった。説明の通りにしただけである。他の二組も同様であった。


 「まあ」


 「あら」


 令嬢たちも、自分のしたこととは信じられない様子である。


 「よくできました。では、次に、背後から襲われた場合ですね」


 最初に騎士団長と副団長が、手本を見せる。後ろから抱きつかれた時は、操り人形の糸が切れたみたいに、全身一気に脱力して腕から抜け出し、逃げる、という方法である。


 これらは、とりあえず一瞬から数十秒の時間稼ぎになる。例えば、屋敷に侵入した賊と鉢合わせした時とか、外出先で護衛とはぐれてしまった時の対処法だ。


 私が以前、強盗団に襲われた時のように、助けが来る当てのない場合には、相手を怒らせて命の危険が増してしまう。

 王太子妃が護衛なしで動く場合があり得ないから、グレイス嬢には、これで良いのだろう。

 ついでにエスメ嬢も。


 個人的には、もう少し本格的に武芸を習いたい。将来、修道院に入らず、女ひとりで生活するなら必要な技能だ。弟の師匠にでも頼もうか。


 ズザッ。


 「あがっ」


 気がつくと、パーシヴァルを倒してしまっていた。もしや、前世の護身術が出てしまったのか、それともヒロイン特権か。

 場が、しいん、と静まった。一瞬、呆然としたパーシヴァルが、ものすごい形相で立ち上がった。


 「おまっ」


 パンパンパン。


 「アプリコット嬢、お上手です」


 高らかな拍手の音を響かせたのは、黒髪に緑の瞳を持つ、テオデリク=プロテア宰相であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ