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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第三章 ルートに片足突っ込んでいる
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ゲームシナリオを舐めてはいけない

 王太子からの好感度は、順調に低飛行を続けている。クリストファールートは、最悪クリアしても聖女だ。

 修道女のトップということは、独身確定である。


 修道院もまた窮屈(きゅうくつ)そうだけれど、王太子妃よりは()()だろう。それに、上に立つなら、権力を握って改革もできそうだ。ぐふふ。


 「大丈夫? 顔色がころころ変わっているよ」


 「へっ?」


 気がつけば、銀のカーテンに覆われた、紫の瞳が至近距離にあった。

 近い近い近い!

 美形は令嬢にとって、破壊兵器と同等の威力がある。恋をしていない私でも、フリーズして冷や汗が浮いた。


 クリストファーが、ハンカチーフを取り出して、私の顔に当てた。


 「汗もかいている。どこかへ座って休もう。繊細なご令嬢を、屋外で立たせたままにすべきではなかった」


 そう言うと、私を抱えるように腕を背中へ回した。だから、近いって。私の背中から、ぶわっと汗が噴き出した。


 「だ、大丈夫です。ありがとうございます。それより‥‥」


 「何をしておいでですの?」


 鋭い声に、二人でびくりと肩を震わせてしまう。まるで、本当に悪いことをしていたみたいだ。

 見ると、建物の出入り口に、グレイス嬢が立っている。目が合った。


 怒りの矛先は、私ですか。だよね〜。

 悪役令嬢とヒロインのエンカウンターだもの。


 薬草園の柔らかい土の上を、器用につかつかと歩み寄った侯爵令嬢は、たちまち私の元まで到達した。

 近くで見ても、怒っていた。その迫力たるや、栗色の髪から湯気が出る幻覚が見えるほどだ。


 「あなた、身分を(わきま)えるということを学びなさいな。この間の茶会でも、勝手に王太子殿下と言葉を交わすわ、ドレスが少し汚れたからと言って、嫌味たらしく先に帰るわ、神殿に来れば、クリスに言い寄るわ‥‥」


 うわあ。怖い怖い怖い!

 悪役令嬢の説教タイムだ。私の体から、先ほどとは別の汗が滲み出る。こんなに汗をかいたら、ドレスが湿りそう。

 怒涛(どとう)の如く繰り出されるグレイス嬢の攻撃を逃れようと、私は口を開いた。


 「アイリス侯爵令嬢、誤解です。サルビア伯爵は、神官になるか悩んでいただけで」


 クリストファーが急に慌て出した。


 「アプリコット嬢!」


 グレイス嬢も、はた、と動きを止めた。


 「何ですって?」


 しまった。グレイス嬢が怖くて、余計なことを喋ってしまった。悪役令嬢、迫力あり過ぎ。

 これで、クリストファーからの好感度も下がったな。彼のルートは恋愛ではなく、友情を育む感じで進んでいただけに、少々残念に思う。


 「クリス。貴方は、サルビア伯爵なのよ。先代唯一の嗣子(しし)である貴方が神殿に入ってしまったら、由緒(ゆいしょ)ある爵位を誰が継ぐというの!」


 そこで私の存在を思い出したグレイス嬢は、急に居住(いず)まいを正した。


 「この話は、馬車へ戻ってからにしましょう。行くわよ、クリス」


 「はい。義姉様」


 クリストファーは素直に従った。目の前で、あれだけ激しく私を(ののし)る姿を見ながら、グレイス嬢に対する好意は変わっていないようだった。

 もう、これは恋じゃなくて、愛なのでは?


 二人が去った後、地面に白い物が落ちていることに気付いた。

 ハンカチーフだった。拾い上げてみると、サルビア家の紋章がバッチリ刺繍(ししゅう)されている。

 間違いない。クリストファーが、先ほど私の汗を拭いた物だ。


 平然として見えたサルビア伯爵も、実は悪役令嬢の義姉に(おび)えて、ハンカチーフを取り落としたのか。

 それとも、私が余計なことを口走って動揺したのか。きっと、後者の方だ。


 洗って返そう。紋章入りである。そのまま放置すれば、悪用される恐れもあった。


 「マルティナ。ここにいたのね」


 入れ違いで、母がやってきた。首席神官は、それぞれの客を上手くあしらったようだ。今頃、次の面倒臭い客を相手取っているのだろう。

 神に仕える身でも、処世術(しょせいじゅつ)は必要なのだ。


 「まあ。クリスのハンカチじゃない。好感度上げイベント成功ね」


 上がるどころか、爆下がりである。

 母ではなく、私のためにイベントをクリアしようと思ったのに、結果として失敗だった。


 最初に、クリストファーの神殿入りを阻止しようと考えたのが、いけなかったのだろうか。乙女ゲーム的には、悪役令嬢の妨害が成功した感じである。

 しかし、そんなことを報告できる訳もなく、私はご機嫌(うるわ)しい母と帰途についた。



 好感度は下がり、イベントフラグも折りまくっているのに、何故かクリアアイテムが手に入る。まるで、ホラーだ。

 『咲くトリ』に、ホラーの要素はなかった筈だけれど。


 これが、全攻略失敗ルートの道のりだったりして。道の先には何が待っているのか。

 悪役令嬢がざまあする、ヒロイン断罪イベントとか。笑えないよ。


 そういえば、と私は現実逃避にかかる。

 神殿入りを、あんなに反対するとは、もしかしたら、グレイス嬢もクリストファーを好きなのかも。

 クリスなんて、愛称呼びしていた。随分と親しげだったではないか。


 表向き、血統を重んじている貴族家系ではあるが、養子を取ることは、珍しくない。それも、愛人の子とかではなく、養護院から見込みのありそうな者を迎えることもある。もう、貴族どころか、誰の子かもわからない。


 要は、貴族の家の後継者など、どうとでもなると言いたい。


 グレイス嬢が王太子の婚約者候補であるのは、家格が釣り合うとか、その他政治的な条件からであって、彼女が王太子に恋して自ら押しかけたためではない。


 まあ、()()()見目麗しいし、立ち居振る舞いも完璧だし、腹黒を気にしなければ、最高の結婚相手ではある。

 未来の王妃という地位もついてくる。


 あはっ。心の中ではあるが、とうとうあいつ呼ばわりしてしまった。


 貴族の結婚は愛情と関係がない。政略結婚一択である。夫と妻にそれぞれ愛人がいることもざらにある。

 グレイス嬢は、クリストファーを愛人にしようとしている?


 違う。

 愛人にするなら、むしろ神殿入りを勧める筈だ。神官なら、堂々王妃と二人きりになれる。私なら、そうする。

 きっと、本当に好きだから、クリストファーのためを思って、神殿入りを止めるのだ。


 グレイス嬢とクリストファーが結婚すれば、クリストファーの恋も成就するし、サルビア伯爵家も安泰(あんたい)である。ここはヒロインとして、後押ししてあげるのも、良いかな。


 待て待て待て。

 グレイス嬢が婚約者候補から降りたら、誰があの腹黒王太子と結婚してくれるのか。

 ライバルと目されてきたエスメ=ネモフィラ伯爵令嬢には、今やパーシヴァルという婚約者がいる。

 こちらを別れさせたら、パーシヴァルは誰と結婚すれば‥‥。


 やっぱり、母の目論見(もくろみ)に乗っかって、シナリオ通り進めた方が、無難に思えてきた。

 ヒロインだからって、何でもかんでも好き勝手できる訳ではないのだ。私はゲーム世界を舐めていたようだ。

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