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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第三章 ルートに片足突っ込んでいる
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プレイヤー感覚で遊ばないで欲しい

 「本日は、お招きいた‥‥」


 「招待に応じてくれたのに、ドレスを汚したまま帰す訳にはいかない。あり合わせとなるが、替えの衣装を用意しよう。セドリック、マルティナ嬢が迷わないよう、付き添ってくれ」


 「承知しました」


 「いえ、帰」


 「ご令嬢、こちらへ」


 セドリックは、私の言葉を(さえぎ)って、ぐいぐいとその場から離れさせた。王太子の意向を()んでのことだ。王太子は、明らかに、私に辞去の挨拶をさせまいとした。


 「人が減って、少し寂しくなったね。その分、明るい話をしようか」


 背後で王太子の声がした。グレイス嬢とエスメ嬢が、早速明るい笑い声を上げた。

 侍従がお側を離れて大丈夫か、との心配は、杞憂(きゆう)だった。ここは王宮の敷地内である。建物の中にも外にも、護衛が配置されていた。


 侍女に引き渡され、有り合わせというには十分に立派なドレスに着替えた後、部屋を出ると、まだセドリックが待っていた。


 「お待たせいたしました。出口までの案内は、他のお方にお願いして、殿下のお側へお戻りになってください」


 一人でひっそり帰宅したいが、建物の出口まで辿(たど)り着く自信がない。王宮内を、部外者が案内なしでうろつくのも、危険だった。運が悪ければ、牢送りである。

 その案内役は、誰でも出来る。王太子の側近に頼む必要はない。


 「殿下から指示を受けています。私が引き続き、案内します」


 王太子の命令なら、従わざるを得ない。そのまま並んで歩き出す。


 「素敵なドレスを、ありがとうございました。洗濯後に、お届けします、とお伝えください」


 借りたドレスは、シンプルながら、小物遣いで応用の効きそうなデザインで、大きさも、それなりに私にフィットした。

 私が着てきたドレスは、応急で染み抜きを(ほどこ)した後、馬車に積む手配をする、と聞いた。


 こうしたハプニングに備えて、一通り揃えてあるとすると、王宮の維持に金がかかるのも納得だった。

 あの程度なら、そのまま着ても問題ないが、大きく破けたりした場合、被害を受けた令嬢の身分や性格によっては、用意のあるなしが国益に直結することもあるだろう。


 私の言葉を聞いたセドリックが、口の端に笑みを浮かべた。オリーブ色の髪にオリーブ色の瞳、というモブキャラらしい雑な設定だが、容姿は整っている。


 「普通のご令嬢は、返却など考えませんよ。しかし、お返しいただけるなら、ありがたく受け取ります。洗濯済、と添えていただければ、担当の者は、なお喜ぶでしょうね」


 皮肉ではなく、真面目に応じているようだった。王太子付きの侍従が、予備の衣装管理や洗濯にまで目配りできるとは、意外である。


 この世界の洗濯は重労働で、洗濯女と言えば、究極の底辺職に位置付けられていた。その先は、賃金先払いという名の身売りで、ほぼ奴隷の召使か娼婦の道が待っている。


 ともかくも通常、王族やその側近が一生視界に入れることもない、空気のような存在である。

 セドリックが優秀なのか、王太子の薫陶(くんとう)なのか。判断は難しい。


 そこへ通りかかった老紳士が、こちらに道を譲ってくれた。セドリックは黙礼で返して先へ進む。私も会釈(えしゃく)して後に続いた。

 通り過ぎてから振り返ると、アザレア公爵である。


 うわ。公爵様に道を譲らせてしまった。


 アザレア公爵家は、建国当初からの古い家柄なのだが、代々大人しい人が継ぐという家訓でもあるみたいに、歴史的に目立った業績がない。


 現当主のアザレア公も、例に漏れず、人は良さそうだ。王太子の近侍がついているからと言って、男爵令嬢にまで道を譲らなくても、と今更ながら恐縮する。

 セドリックのためであって、私のせいじゃないよね?


 誰もいないようでいて、思いもかけないところで、人を見かける。王宮が広い分、働く人もそれなりの数で存在するのだ。


 「それから、先日の件につき、貴女のご判断に感謝する、と我が主よりお伝えします」


 しばらく歩き、周囲から人気が途絶えたところで、唐突に伝言された。


 「あ、はあ」


 察するに、十八禁部屋お出入りの一件である。強盗団捕縛の顛末(てんまつ)が王宮に上がり、報告書に、密会直後とされた私のお相手が、不詳(ふしょう)として記載されていたのだろう。


 お忍びの王太子は先に立ち去っており、私が口を割らない限り、取り調べた騎士団が相手を突き止めることは、不可能である。騎士団長や、近衛の一部は把握していたとしても、公式の報告書には載らなかった訳だ。


 腹黒王太子も、国王には打ち明けたかもしれない。でなければ、召使候補であっても、身分を明かせない相手と密会するような女など、招待客リストから外すのが普通である。


 陰謀の駒に、恋愛感情を利用する例など、いくらでも数え上げられる。

 王族を害するリスクは、徹底的に排除されなければならない。


 私が口を(つぐ)んだのは、喋った場合の不利益と天秤にかけた結果である。たまたま判断が当たったのは、幸運だった。

 いや別に、王宮に召し抱えられたい訳じゃなくて。腹黒王太子に逆らったら、報復が怖いから。


 「カンパニュラ様。それでは、こちらで失礼いたします」


 見覚えのある通路で立ち止まった。あちらへ行けば、出口、こちらへ進めば、先ほどの部屋。遠くに立つ衛兵も、こちらを確認した。ここから一人で歩いても、帰宅する分には怪しまれない。


 「戻られないのですか? シェフの新作を、まだご賞味なさっておられませんが」


 思わず動きを止めてしまった。私の嗜好(しこう)を、よく調べている。


 「いずれも目を喜ばせる品で、美味しくいただきました。どうか、よろしくお伝えください」


 定番の菓子でも、王宮のシェフは、時節や来客に合わせた工夫をして提供する。毎回、何を食べても新作と言えば新作である。あの気まずい場へ戻ったところで、全種類は味わい尽くせない。


 早退すると思ったからこそ、王太子もセドリックに伝言を託したのだろうし。

 王宮からの招待に応じ、ぶっかけイベントも受け止めた。口止めの約束を守ったことも互いに確認した。

 これで、各方面への、義理は果たした。もう、帰るしかない。


 「おや。お早いお帰りですね。アプリコット男爵令嬢?」


 セドリックの態度を見て、急いで振り向きざまに礼を取った。下半身しか見えないが、声で見当がついていた。


 テオデリク=プロテア宰相である。何でこんなところへ通りかかる? などとは聞けない身分差。

 隠しルートの攻略キャラが、これまでにない至近距離にいるのに、ご尊顔(そんがん)拝謁(はいえつ)できないのは、誠に残念だ。


 黒髪に緑の瞳、おん年二十五歳の美形は、前世十八歳だった記憶を持つ私にとって、攻略対象の中では、最も好みに近い相手だった。


 前世ではルート開放せず、視界にも入っていなかった。

 それに今世でも、セドリック以上に高嶺(たかね)の花である。姓が花を表す国だ。男性を花に(たと)えたって良いだろう。


 「本日は、ご招待をいただき、ありがとうございました。所用(しょよう)により、皆様より先にお(いとま)することを、お許しください」


 ドレスを洗濯しないと。私が洗うのではなく、使用人に頼むのだ。貴族って、いいよね。


 「私にまで礼を言う必要は、ありません。顔を上げてください。お父上には、日頃からご助力をいただいております。よろしくお伝えください」


 ああ、金づるですね。

 私は、父が出した金の分だけでも拝んでやろう、と顔を上げた。


 知的で大人の余裕を持った、色気のある美しさであった。それが私に微笑みかけている。うっかり本気で恋しそうである。

 仮に宰相とお付き合いすると、グレイス嬢が悪役令嬢として登場する筈だ。

 彼女は、彼の姪なのである。



 このところ、母の機嫌は上り調子だった。

 ゲーム開始以降、彼女の知るシナリオ通りに進んでいるからだ。

 内実を知る私からすると、この見かけ倒しのシナリオ展開が、母の希望通りの結末に結びつくとは()け合えず、かと言って私の希望が叶う保証もなく、不安しかない。


 私はヒロインに転生した分、この世界で有利な立場にあるとはいえ、望む結末は十中八九シナリオの目指すところと違う。それでいて、前世で攻略したのはメインルートだけである。手持ちの情報は少ない。


 母の方は、ゲーム知識は私よりも格段に多い。逆ハーレムルートを目指せるだけのプレイ経験は持っている。

 その上、ヒロインに命令できる母親に転生したことで、プレイヤーのような立ち位置を得たのだ。


 母は、ある意味で特等席に座っている。高みの見物席である。

 娘の私を含め、キャラクターの内面を全く(かえり)みず、シナリオの表面だけをなぞれば満足で、結果に責任を負わない。

 ヒロインに生まれついたばかりに、振り回される方は、迷惑でしかない。



 「神官長ルートが、ちょっと弱いのよねえ。そろそろ、神殿に行ってみましょうか」


 紅茶ぶっかけイベントから戻って間もなく、母が動き出した。やっぱり、逆ハーレムルートを目指している。

 実際に動かされるのは、私なのに。


 ゲームの駒でなかったとしても、貴族令嬢に自由などない。結婚か修道院の二択である。

 私が前世の記憶を頼りに、それ以外の道を模索もできるだけ、運が良いかもしれない。


 と言っても、なかなか思うように計画が進まないのは、自分の好きなことをする時間は少ない一方で、何をするにも時間がかかるせいである。


 両親、特に母に怪しまれないよう動かなければならないのも、原因の一つだ。

 逆ハールート撃沈の末、独身上等までは母の思惑に便乗しても良いとして、その後の生活設計が立たない。


 手に職をつけるのは秘密裏には難しい。手持ちのスキルを活かして自活するとなると、お針子か家庭教師辺りだろうか。

 神殿には、平民も出入りする。いきなり仕事の口が見つかるのは無理でも、需要(じゅよう)を探ることはできるかもしれない。


 「では近々、神殿へお参りに行きます」


 母が私を使って乙女ゲームを楽しむなら、こちらもせいぜい利用させてもらおう。

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