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母が逆ハーレムを狙うので抵抗してみた。ちなみにヒロインは私  作者: 在江
第三章 ルートに片足突っ込んでいる
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悪役令嬢は務めを果たす

 気付けば、グレイス嬢の矛先が、私に向かっていた。扇が開いて顔を半ば隠している。


 「まあ。アキレア様が強盗団を一網打尽になさったのね。素晴らしいご活躍。婚約されたネモフィラ様も、さぞかし鼻が高いことでしょう。ところで、その折り、不埒な令嬢が密会していたとか」


 「そうなのです。その方が、その場にいらしたお陰で、現行犯で捕まえることができたとはいえ、行い自体は、褒められたものではございませんわね」


 エスメ嬢が、ちらっ、ちらっと、わざとらしく、私へ目線を送りながら、グレイス嬢に訴える。


 「全くですわ。お忙しい騎士団のお手を煩わせて。一体、どこのどなたか、恥晒しな顔が見たいものですわね」


 グレイス嬢は大きな扇をばたばたと(あお)ぎつつ、私の顔を正面から見て、正々堂々と(のたま)った。

 さっきまで、私がその令嬢だって、名指しされていたのを聞いていたと思うのだが。


 だが、今の会話上、私の名前が出ていない。

 従って、身分も低い私が名乗り出ると、貴族の会話に(うと)いと馬鹿にされるのである。そして、名乗れない以上、逢引ではない、と申し開きもできないのであった。


 きーっ。貴族って奴は、貴族って奴は、面倒臭い。

 王宮勤めで彼女たちと関わるより、市井(しせい)で身を立てた方が、平穏に暮らせる気がする。

 攻略失敗で、追放エンドとか、ないのかしら。成功例しか知らない、というのも不便である。


 「お揃いだね」


 グレイス嬢の膨らんだドレスと大きな扇で、完全に視界の外だった。

 背を向けていたグレイス嬢が、気付かなかったのも仕方がない。エスメ嬢も、位置的にグレイス嬢で(さえぎ)られて見えなかったのだろう、と思いたい。


 ウィリアム=フリチラリア王太子が、侍従のセドリックを従えて、立っていた。


 もう、男爵家の娘としては、黙って礼を取るしかない。

 他の二人も、取るもとりあえず面を伏せて礼を取る。

 その間を縫うように通り過ぎた王太子は、さっさと席に着いた。セドリックが、その後ろに立つ。


 「かしこまらなくて良いんだよ。今日は、親睦を深めるための内輪の茶会だ。待たせて済まなかったね。それぞれ、近くへ座ってくれ」


 随分とくだけた口調で言った。今日の趣旨にのっとったものだろう。前回のパーティや馬車での印象と違って、親しみやすい好人物に見える。


 いけない、いけない。騙されるところだった。私は知っている。こいつは腹黒なのだ。


 茶会の主役登場によって、令嬢同士のつば競り合いは立ち消えとなった。王太子もたまには役に立つものだ。

 そして、親しげな口調であろうとも、王太子の命令である。


 グレイス嬢から順番に、同じテーブルに着席した。最後に座った私の席は、王太子の対面、ケーキタワーの向こう側である。王太子よりもセドリックの顔の方がよく見える。その方が気楽だ。


 そして、グレイス嬢とエスメ嬢に挟まれてもいる。つまりは王太子から視界が遮られ、悪役令嬢からいじめられるためのベストポジションである。

 ヒロインあるある。


 母も予告していた通り、ゲームでは、紅茶をぶっかけられるイベントがある。

 なんて言うと、紅茶かぶり競争みたいだ。単に、ヒロインが悪役令嬢に(いじ)められるだけである。それも、攻略対象の好感度を上げるための仕掛けと考えると、ヒロインの方が悪役めいてくる。


 さて、実際着席してみると、ヒロインの私が攻略対象から直接目視できない位置関係とはいえ、悪役令嬢役の二人は攻略対象の隣席である。


 その上、あからさまに私を仲間外れにしようとする態度。この状況で、自然に紅茶を私にかけるのは、至難の技だ。下手を打てば、粗相(そそう)をした側の落ち度が明白になってしまう。


 スマホの小さなゲーム画面では、詳しい状況まで描写されない。元プレイヤーとしては、グレイス嬢がどうやってイベントミッションをこなすのか、興味がないこともない。


 ゲーム中、唯一クリアしたルートである。

 あとは、王宮シェフの作ったケーキを賞味するのが、本日の楽しみどころである。父が我が家にスカウトしてくれれば良いのに。


 でも、うちへ来ても、質素な生活で、腕のふるいようがないか。美味しいケーキも、たまに食べるから、堪能(たんのう)できるのだ。


 「‥‥では、このような場においては、名前で呼ばせてもらおう」


 ケーキの壁で見えないのを良いことに、私抜きで話が進む。恋愛フラグが見当たらない。私は、手近なケーキを皿にとった。紅茶はカップに注がれている。


 「あら、アプリコット男爵令嬢。まだ王太子殿下が始める前ですわよ。はしたないですわ」


 エスメ嬢が目ざとく指摘した。こちとら、誰とも親睦を深める気も機会もなくて、暇なのだ。

 せめて甘い物でも食べなくては、やっていられない。それに、王太子が何をしているか、見えないのだ。


 目の前のケーキを食い尽くしたら、視界が拓けるかもしれない。


 「エスメ嬢。今しがた、名前で呼ぶと決めたばかりだろう。私のことも、ウィリアムと呼んでくれ」


 エスメ=ネモフィラ伯爵令嬢が、王太子から名前呼びされて、顔を赤くした。注意された恥ずかしさよりも、嬉しさが勝っているように見えた。王太子だって、婚約者に負けず劣らず見目麗(みめうるわ)しいからな。


 屋内なのに、バターブロンドの髪がキラキラ(まぶ)しい。ケーキタワーの隙間から、ちら見えする。両脇を挟む悪役令嬢が、双方ブラウン系だから、余計に目立つ。


 グレイス嬢は、と見ると、名前呼びの先を越されて、悔しげである。おおっと、これは、悪役令嬢同士の対決か?


 「失礼しました。ウィリアム殿下。つい、習慣が抜けなくて。ねえ、グレイス様?」


 と話を振ったのは、私を話の輪に加えたくないからだ。その心が通じたと見えて、グレイス嬢の愁眉(しゅうび)が開く。


 これで、エスメ嬢に降りかかった妬みも薄れた。狙ってしたとすれば、なかなかの策士である。八歳のお嬢ちゃんだからと言って、油断は禁物。


 「そうですわ。ウィリアム殿下の前では、緊張も致しますもの」


 私は、紅茶を飲んだ。茶葉から淹れた紅茶は、濃くてやや苦味がある。ミルクを混ぜると丁度良い濃さだ。

 ミルクジャグは、王太子側に置いてあった。ミルクの代わりに、ケーキの甘味で打ち消したい。

 取り皿のケーキに手をつけた。


 「初めての集いであるのは、皆同じだ、グレイス嬢。マルティナ嬢も、遠慮せず」

 (一人だけ始めちゃっているよ。だから、他の皆も、遠慮しないで飲み食いして良いんだよ)


 出た。腹黒王太子。全員を気遣うふりをして、微妙に私を(おとし)める心が読み取れた。


 「ありがとうございます。では、紅茶にミルクをお願いします」


 私は(ほが)らかな声で礼を言い、皿に残ったケーキを頬張った。グレイス嬢の眉が再び相寄る。

 男爵令嬢に過ぎない私が、王太子の社交辞令を真に受けて、対等な立場みたいに頼み事をしたからだ。

 言い終わってから、私も気付いた。やってしまった。


 これは、完全に破滅フラグの方が立っている。

 ついでに、悪役令嬢による紅茶ぶっかけフラグも立った。


 内実はともかく、母の満足する方向に進んでいるのが、不気味だ。この世界の基本原理が、『咲くトリ』のシナリオに基づいているとしか、思えない。


 王太子は、私とグレイス嬢の間に(ただよ)う暗雲に気付かぬ体で、というか、私からは顔が見えないのだが、給仕に合図した。給仕がミルクの入れ物を持って、私の席へ回る。


 この時、グレイス嬢が、ケーキを取ってもらおうとしたのか、別の給仕に合図を送った。その肘が、どういう訳か後ろを通過中の給仕に当たったらしく、揺れたミルクジャグから白い液体が飛び出した。


 「きゃ」


 グレイス嬢の口から、押さえた悲鳴が上がる。本能で液体を避けようと身じろぎした弾みで、テーブルにあった紅茶カップが動いたかして、中身が散った。


 紅茶がドレスにかかった。

 イベント発生である。


 ただし、ほんのちょっとの量だった。私が選んだ濃い色のドレスだったら、部分洗いい後、そのまま使い回せただろう。


 母の選んだ渾身(こんしん)のパステルカラードレスは、(わず)かな紅茶の染みも、どうしようもなく目立つデザインだった。お陰で今回は、品の良い装いに仕上げることもできたのだ。


 前回のパーティドレスも、彼女なりの計算で、あのような下品なコーディネートになったのだろうか。シナリオ至上主義なる母の執念には、(すご)みがある。


 「まあ。粗相をして、失礼いたしました。ドレスに染みがついてしまいましたわ。お着替えしないと、いけませんわね」


 グレイス嬢が、親切そうな声音で言う。一応、自分が原因と認めてはいるものの、私に直接謝罪はしない。

 うまく避けている。しかし、そのことを以て故意に紅茶をかけたとは言い切れない。


 実際、私が見ていた限りでも、わざとかどうかは、微妙なところだ。

 わざとではないから、謝罪もしない、と考えることもできる。

 いい気味、とは思っていそうだが。


 ちなみに、着替えなど持ち合わせない。ゲームでは、王太子がヒロインに同情して、替えのドレスを用意させる。

 王宮といえども、秒で用意はできないから、それまでの間、一緒に待つことで、親密度を上げるのだ。


 他の招待客を放っておいて。

 フィクションの世界だけど、非常識である。


 「それでは、皆様。失礼いたします」


 これ幸い、と席を立った。高位貴族同士の腹黒なやりとりを、長々聞くのは苦行である。ケーキの味見もできたことだし、帰ろう。


 イベントの紅茶ぶっかけ事件も起きたんだから、母も文句は言うまい。

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