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3/5

3 変態はたたいてよろしいでしょうか?

誰かの声が聞こえる。


データ上ではアレルギー反応がでないって?なんの反応だろう?あれ?わたし仕事中だったかしら。


それにしてもイケボだな。会社ではないか。え?テレビ?この声の声優さん誰だろ?えー新人かな。いい声だ。

ふっ、と意識が浮上して、そこは知らない天井だった。


おう!まさしく知らない天井だ!布団も家の匂いではない。どこ?

えっと・・・夢?異世界?

っていうかどこ?


「あ、目が覚めましたか?」

少し低めのかすれた色っぽい声。

さっきのイケボ!


20代半ばから30代のすらっと背の高い儚げなイケメンがのぞきこんできた。柔らかそうなこげ茶色の長めの髪が遅れてついてくる。目つきは鋭く見えるものの表情はやわらかく、すっと通った鼻筋は品よくみえる。


顔面偏差値高すぎないか?


日に焼けていない白い肌に、真っ白の襟付きシャツがよく似合っている。

ん?この流れさっきも…


「明子?」

名前を呼ばれたとたん、ものすごい勢いで脳が覚醒した。

あぁ、そうだった。この人は

「高田さん?」


高田さんはほっとした顔をしたあと、泣きそうな表情になった。

あぁ、イケメン。

そうだった。

彼はわたしの夫だった。やっぱり記憶にないけど。


我にかえってしまったが、み、見つめ合ってしまった。先ほど全く目を合わさないという失礼をしてしまった手前、今回は先に逸らしちゃいけない気がする!

ま、負けられない戦いがここに。

高田さんは徐々にトロトロとしかいいようのない愛おしいものを見るような表情になっていった。おう、そんな顔もできるのか。


「おーい、見つめ合ってないで、起きたならこっちに来てもらってー」

これまた違うタイプの白衣を着たイケメンさんがひょいと顔をのぞかせた。

あわわ、とベッドから跳ね起きて靴を履こうとしてよろけてしまう。

ポスっと高田さんの胸元にぶつかった

とたん、彼がものすごい勢いで引き剥がし、たと思ったらぎゅうと羽交い締めしてきた。力が強い!なに、技かけられてるの?わたし。

あれ?ここは優しく支えるとか抱きしめるところではないの?


「キャァ!いた、痛い!な、ななななにしてるんですか?」

高田さんはまたギュウと抱え直してわたしの首もとで大きく息を吸っている。熱い息を吐き、また大きく・・・

え?吸われてる?ってか嗅がれている?

こわ!

「ちょ、ちょっと離してください。高田さん?あの!お医者さん!」


先ほどの白衣は医者だろうとアタリをつけてもがきながら叫ぶ。

もがいてももがいても高田さんの力が強い。

「高田さんっ、ちょっと離して、嗅がないでください、正気に戻って!やだ。変態?」

一生懸命訴えると高田さんはやっと顔をあげてムダにイケボで

「明子を吸っていないと生きていけない」

そしてまたうっとりと嗅ぎ始める。

こわ、怖い。変態?

嗅がれている首からゾゾゾとサブイボが広がる。待って!くち、唇当たってるから!


「あー、まぁ、そうか。そうなるよね。そのままどうぞー」

やけにのんびりお医者さま(仮)が生暖かい目で見てくる。

「た、たすけて!怖い!」

「ほんとだねー」

スーハースーハー

いやーほんとだねーじゃないって!


◇◇◇◇


簡易ベッドのカーテンを開けるとそこは一面、白い部屋だった。窓がない白い壁、白い天井、白いカーテン、やたら大きい白いローテーブルに白いソファ。病院の一室なのだからおかしくはないはずなのだが、なんだか不自然さを感じる。

窓がないからか?


なんでだろう?


不自然といえば、ソファに座るわたしにピッタリくっついてる高田さんが手を離してくれないし、なんでか体をこっちに向けてめちゃくちゃガン見してくる。イケメンビームが怖いので左は見ないようにしないと。

ローテーブルを挟んだ向かいのソファにはお医者さんらしき人が多分にこやかにこちらを見ている…って遠い!このローテーブル2mくらいあるんじゃないか?白衣の人が距離も突然の患者のイチャコラも全く気にせず、静かに話し始めた。


「ご気分はいかがですか?わたしはタカシと言います」


え?名前だけ?ってあり?


とまどうわたしの表情に小首を傾げて続ける。


「ご気分はいかがですかぁ?わたしはぁ、タカシと言いますー」

「あ、大丈夫です。聞こえてます!」


「えー大丈夫?大丈夫ですか?」

「へ?な、なにがですか?」


いまいち通じてる自信が持てない!

多分なにも大丈夫じゃない感じなんですけど。


「中本さぁん、アレルギーにはぁ、お詳しいですよね」

「あ、はい、仕事でアレルギー治験のデータ管理してますから」

「記憶がないとのことですがぁ、中本さんとそちらのユージはぁその関係で知り合ったそうですよぉ」


えっ!なんと、聞きたくて聞けずにいた出会いのきっかけを知ることができた。そ、そうなんだ。

しかしお医者さん、遠い。

隣の高田さんがち、近い、気のせいじゃなければまた嗅がれている気がする。こ、怖いんですけど。


「た、高田さん?」


見えてるはずなのにスルーするタカシさん。た、助けて〜。


「中本さんには釈迦に説法でしょうが、アレルギーは多岐に渡ります。ユージは皮膚接触アレルギーなんですよ」

「皮膚…接触?」

「加えてなんていうかなー他人の匂いもダメで、2m以上近づけないんですよね、他にもいろいろありますけど」

「なんて生きづらい…」

「まぁ、自然アレルギーというかこの世界アレルギー…んー地球アレルギーみたいな?」


わたしは高田さんにスリスリと撫でられている自分の左手をなんとはなしに見つめた。

なにか引っかかるのだが。なんだろ。

くっついている膝が生暖かい。


お医者さんの言うことには、異常に強いアレルギーをもって生まれた高田さんは、赤ちゃんの頃、接触で全身の皮膚がただれてしまい、命の危機があったそうだ。手袋ごしの医師や看護師にも強い拒絶反応を示し、以来誰からも触れられることなく誰にも触れることなく隔離されて育てられてきたそうな。


この建物は症例の少ないアレルギーを研究する機関で、病院としても機能しているが、一般のそれとは造りも目的も全く違っている。


ちなみにお医者さん自身も大気アレルギーで、外気を吸うと肺胞を痛めてしまうという。この建物は作られた空気を循環させているらしい。


そうか、病院なのに全くアルコールの匂いがしないんだ。

わたしは目覚めてからずっと抱いていた違和感に思い当たった。



それにしても誰にも抱かれることなく抱きしめられることもなく育てられただなんて、そんなこと、ある?

あるなら…

心が痛い。

他人と常に距離を置いて生きていくなんて…。


ん?


わたしは素手で高田さんにスリスリされている左手を凝視してからお医者さんを見やった。

あの、言ってることをよくよく考えるとこの状況おかしくありません?


「あ、で、それでも親和性の高い人はいないかなーと地道にデータを採取してきたましたけどね」

お医者さんはアワアワと前屈みになって一生懸命説明する。

「奇跡的にあなたにはアレルギー反応でないことがわかったんですよ!!!奇跡!」

立ち上がって拍手しながら叫んでるけど、どうにも信じきれない。

なんだろ、胡散臭いというか…


イケメンビームにビクビクしながら左を向くと、高田さんがそれはそれは幸せそうにスリスリしている左手を眺めている。

えーっと高田さんは変態ではない、ということ?

頭の中は情報が大渋滞で混乱の極みだが、勝手に口角が上がるのを感じる。


「ね、嬉しいですよね。さすが、中本さん!記憶を失ってもそうやって受け入れてくださるんですね。ユージよかったな」


アルカイックスマイルをいいように判断したタカシさんが涙ぐみながらうんうん首をふっている。


いやいやなんか責任重大っていうか重い!重いよ。



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