恋のキューピッド♥
おれ、皆嶋仁斗。今年で四十五。水道工事会社勤務。もちろん水道局指定工事店よ。名前だけは課長かな。
相手の希望? うーん、そりゃやっぱりねえ、子供は欲しいから、いっても三十五くらいまで。美人じゃなくてもいいから、愛嬌のある女がいいな。
ああ、おれ安月給よ。共働きは必須ね。看護士とかいいよな。病気になっても、介護が必要になっても面倒見てくれるだろうし。
でぶは勘弁。腰のくびれた女がいい。
結婚相談所を出たおれは、さっそくタバコに火をつける。深く煙を吸って、大きく吐き出す。
ああ、緊張したぜ。ちょっと妥協しすぎたかなあ。対応してくれたねーちゃん、「結婚生活をもっと具体的にイメージしていきませんか?」と言って、条件を下げるように言ってたけど、あれ以上に(以下に?)下げるなんて無理でしょ。
まあ最後にはにっこり笑って、「では一緒に頑張っていきましょう」って言ってたから、大丈夫、大丈夫。てかあのねーちゃんでもよかったのにな。「わたくしはスタッフなので」って失笑されたけど。
おれはまた煙を吐き出す。お、輪っかができた。
「皆嶋課長、おはようございまーす!」
翌日、いつものように出社したおれに、社員の咲子さんが元気に声をかけてくる。
咲子さんは四十八歳。三人の子持ちでバツイチなんだと。現場作業員の一人で、女性ながらバリバリ働いてる。
「ああー、惜しいよなあ。咲子さんがあと十五歳若かったら、おれが貰ってやったのに」
前にそんな事言ったら、咲子さんは一瞬真顔になった後、にっこりと笑ってそのまま何も言わなかった。そこは肝っ玉母さんならさ、「もーおだてないでよ、課長~」とか言って嬉しがるもんじゃない? まあ照れてたのかもしれんけどさ。
でも実際はおれより三つも上だから、ちょっと勘弁だけどな。でぶとまでは言わないけど、くびれがあるって程でもないし。
「理想の女ってなかなか見つからねえよなあ」
おれは会社の喫煙所で、でぶ(こっちはホントにでぶ)の歩くん相手に愚痴る。歩くんは四十歳だ。こいつも独身だから、おれ達気が合ってんの。歩くんはタバコ吸わないけど、おれはいつもここに誘う。
「歩くんはどんな女が好みなの?」
「ぼくは……その……」
歩くん、いつももじもじしてるんだよなあ。この質問、もう何回もした気がするんだけど、いつも要領を得ない。
「やっぱり若い子がいいよな。子供産めなくなった女なんて、もうなんの魅力も……」
おっとっと、自粛自粛。こんなん言ったらさすがに女性陣から非難囂々だって事くらい、おれだってわかるぜ。
「ぼ、ぼくも子供は欲しいと思ってました」
お、歩くん、今日はちゃんと答えてる。そうだろ、そうだよなあ。子供は娘がいいな。おれが動けなくなったら介護してくれるだろうしさ。まあ息子でもいいけどな。成人して酒を酌み交わすなんて親としての夢じゃね?
なんておれがべらべら喋っていると、歩くんは少し頭を振る。
「でももう四十になっちゃって、子供は諦めました」
ええー、諦めちゃうの? まあしようがねえか。歩くんみたいなでぶじゃ、若い女は寄ってこないだろうしさ。清潔感には気を使ってると言ってるけど、あばたの消えない面してるもんなあ。
「で、でもそれでもやっぱり結婚はしたいと思うんです。大切にする人、欲しいです……」
「えー? それって年上のおばさんでもいいって事?」
歩くんはこくんと頷く。うわあー、後がないとそこまで見境がなくなっちゃうものかね。おばさんなんて、もうしわくちゃになっちゃうだけじゃん。
「あ、じゃあさー、咲子さんなんてどお? 歩くんより八つも年上だけどさー」
おれが冗談めかして言うと、歩くんはみるみるうちに真っ赤になった。
「さ、咲子さん、ぼくなんか相手にしてくれるでしょうか」
あれ? もしかして脈あり? なんだそっかー、それならここは上司として一肌脱いであげるかね。
「え? いえ、いいです。ぼくが自分で……!」
「いーからいーから。おれに任しときなさい」
そうと決まれば善は急げ。今日早番のおれは業務終了時間に咲子さんに声をかけた。
「咲子さん、今日飲みに行かない?」
「すいません、わたし子供達の夕食の準備しないといけないんで」
あ、そう言えばこの人こぶつきだよな。歩くん、それでもいーんだろうか。まあそれはどうでもいいや。
「お子さん達、もう下の子も中学生とか言ってなかった? 飯の準備くらい自分でできるでしょ」
「……何かお話があるなら、今聞きますが」
咲子さん、さすが年の功。察しが早いね。飲みに行きたかったけど、まあしようがない。でもどう切り出すかなあ。歩くんがあなたの事好きだってよっていきなり言うのはデリカシーがない気がするしなあ。
「咲子さん、再婚とか考えてる?」
あ、扉の向こうで歩くんが心配そうにこっちを見つめてる。
「……申し訳ありませんが、わたし皆嶋課長の事、そんな風には見れません」
「は? いやいや、違うよ、おれじゃない。おれの訳ないじゃない。歩くんだよ。歩くんが君の事、好きだって言ってたの」
結局、さらっと言っちゃったよ。もう、勘違いするおばさんって厄介だなあ。咲子さんはちょっと驚いた顔をした後、「そうですか」と呟いた。
「わかりました。お話は以上ですね。わたしは帰ります」
ん~、表情からは感触がわからないなあ。嬉しいのか迷惑なのか。まあ伝える事は伝えたし、それでいいか。咲子さんが扉に向かう頃にはもう歩くんも姿を消してた。
その後だけど、なんとびっくり。咲子さんと歩くん、結婚しちゃった。
「ちゃんと自分で言ってって怒られました」
いつものように歩くんを喫煙所に誘って話を聞いたら、幸せそ~~な顔で、そう言ってた。
「子供ももう持てないって思ってたのに、咲子さんの子供達は『お父さん』って呼んでくれて、ぼく本当に嬉しい。夢、叶いました」
うん。やっぱり幸せそ~~な顔。まあいいんじゃない? おれも無事キューピッドになれて嬉しいわ。
歩くんが去った後も、まだおれはタバコの煙をくゆらす。
結婚相談所はいまいち当たりがねえなあ。おれすっげー妥協してるのに。いい女ってなかなかいねえなあ。
あ、輪っかできた。
完
こんな主人公が結婚できる日は来るのか(笑)
お読みくださりありがとうございました!