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異世界で水冷式機関銃を運用する話

よまないで❤️

※特に資料とか漁らずにテキトーに書きました。

酒に酔った時にテキトーに書き散らした駄文


「我々には機関銃がある。相手にはない」とは、蓋し名言である。


何故なら今、丁度その言葉の真意を理解できる状況にあるだからだ。


トトトトトトトトトトト....


軽快なリズムで火を吐き続ける鉄塊、今まさに、これ一つで敵軍一個軍団を擦り潰そうとしている。


少しでも多く敵を仕留めるため、敵が密集隊形を形成するまで引きつけた甲斐があり、地獄絵図が広がっている。


先頭に立っている兵は勿論、二列目にまで弾が貫通して引き裂いている。下手をすると3、4列目まで到達しているところもある。


重装歩兵の盾と鎧を貫通できるか不安だったがもうその心配はしなくていいだろう。


左右に首を振るように動かして、薙ぎ払うように撃つ。射撃の衝撃を受けている三脚が、銃を撃つ度にキシキシと嫌な音を立てる。この戦の間だけでも良いから持って欲しい。


銃身から湯気が立ち上っているのが分かる。

水冷機銃とは言え、数百発以上も連続で撃つと相当な熱量になるだろう。それでも射撃を止めるわけにはいかない。


弾薬箱から新しい弾帯を引っ張り出してセットする。この間だけがクールダウンの時間だ。射撃手と射撃補助手が少しでも機関部を冷まそうと軍帽で仰いでいる。あまり効果はなさそうだが。


十数秒の間を開けた後、再び射撃が開始される。


我々を制圧しろと指示を受けたであろう小部隊が突出していたので、先ずはそれに向けて射撃を行う。


先頭にいた部隊長と思しき男が倒れ、数秒後にはその周りにいた数十人が地面に倒れ伏していた。


トトトトトトトトトトト......


その十数秒後には突出していた部隊は跡形もなく消滅していた。


何故だか笑いがこみ上げてくる。我が軍が射撃を続けている間、射撃を命ずる俺は、敵に対する生殺与奪権を持っている。昔読んだ異国の小説では、どんなに強い奴でも神様の手の平で転がされるらしい。


ならば俺が神となり、手の平の上ですり潰してやる。そういった得体の知れない昂揚感が止まらない。


トトトトトトトトトトト.....


もう暫く射撃を続けていると、端の方から逃走する兵士がで始めた。間近で機関銃の威力を見ればそうなるだろう。


トトトトトトトトトトト....


もう既に敵陣は総崩れの様を呈している。


両端の部隊は端から削られるようにして逃げていった。残った中央の部隊は未だに踏ん張っているが、もう長くは無いだろう。


トトトトト...


結局中央の部隊は、最後の一兵になるまで引くことは無かった。まあこちらとしてはその方が都合が良いが。


今は散り散りに逃走した敵に射撃している。


先程までのと比べると弾薬の消費が非効率極まりないが、逃げた敵がまた襲いかかってくるよりかはマシである。


「あと500発で銃身交換だ!!」


機関銃の射撃音に負けないほどの叫び声で横から射撃手に向かって指示する。


「了解であります!この弾帯を撃ち尽くしたら交換します!」


この殺戮を繰り広げた隊の長である我等が小隊長殿は、この後のことを差配する為か、俺の肩をバシバシと叩いてきた。


「聞こえたな!あと少しで終いだ!終わったら休憩に入れ、以上!」


お優しい小隊長殿は、今朝からずっと戦闘待機中だった俺たち戦銃分隊に休みを下さるらしい。


普段は俺たちのことをシゴき倒してコキ使うのが当たり前なので、何か裏があるのでは勘ぐってしまうが、女郎屋で三回戦目に突入した時ぐらいには体にきていたのでありがたく休ませてもらおう。




俺たち鹵獲機関銃中隊第一小隊は、昭和12年12月31日、大晦日に共匪共の破壊工作によるものと思われる弾薬集積所誘爆に巻き込まれ、気がつくと支那とは全く別の土地に来ていた。


その世界ではもう何年もの間戦が繰り広げられており、我ら皇軍も半ば巻き込まれる形でその戦いに身を投じるのだった。




「う〜、何があったんや、おい!起きろ、起きんかアホ!」


俺は大声を出してそこらへんに転がっている兵を叩き起こす。


手っ取り早く近くに転がっていた補充兵の二等兵を叩き起こし、皆を集めるように伝えた。ついでに辺りを軽く見てこいとも伝えておいた。


「全く…一体全体なんなんだこれは。なんでお天道様が出てるんだよ。さっきまで除夜の鐘を聞いてたんだぞ」


先程まで我々は、太原作戦に参加した七連隊付として、太原は石家荘の藁城付近で宿営していた筈だが、気がつくと見覚えのない平原のようなところに出ていた。


大晦日なので消灯時間後も起きている者が多く、なんなら何処からか調達した七輪と年賀用の餅で一杯やってた連中もいたぐらいだ。


分隊先任の俺は、まあ今日くらいはいいかと騒いでいる兵等を横目に、眠りについた矢先のことだった。




これあとで削る






とりあえず落ち着こうと煙草を探す。着た覚えのない外套のポケットを探ると、これまた自分の気に入っている煙草の銘柄とマッチが入っており頗る気味が悪い。


消灯時間後に突然銃声が響きわたり、何事かと皆が目を覚ましたら、目の前が真っ白になって気がついたらここに転がっていた。という塩梅だった。


寝ていた時は軽装だったのに、いつの間にか鉄帽まで被って脚絆まで巻いていた。まったく記憶がないのが不可思議さをより際立たせていた。


「う、ぅ〜ん、アレ?ここは一体?」


小隊長が漸くお目覚めになり、事態を把握しようと辺りを見回している。


「お目覚めになりましたか。どうやらやばそうです」


何処からか軍曹が駆け寄り、小隊長に現状報告をする。


我らが小隊付下士官最先任たる軍曹は、こういう時に小隊長に代わって部隊を纏めるのが仕事だ。ちなみに第一分隊長でもある。


というか士官学校出の新米将校に兵卒のゴロツキ共を纏める力なんぞない。


話が逸れたが、軍曹の方でも叩き起こした奴らを斥候に出させており、どうにか現状を把握しようとしていたらしい。


もう俺が起きて15分くらいになるが、そこらに散らばっていた兵共は集合していた。いないのは斥候に出ている者たちだけだ。


「キヲツケーー!二列縦隊、整列!!」


集合して同じ分隊の奴と話していたら、軍曹の怒鳴り声が響いた。その瞬間それまでの空気が一変し、機械の如く皆走り出した。


僅か数秒で整列を終える。


「点呼開始ーッ!番号!第一分隊より!初めッ!」


「イチ!ニ!サン!シ!…….総員50名!他5名状況確認の為不在!以上!」


第五分隊最後の者が確認し報告する。この間僅か20秒足らず、その時間で一個の戦闘単位としての機能が復活する。


「小隊長、総員55名、欠員なしであります!」


「宜しい!斥候が戻り次第指示を出す。それまで周辺警戒をしつつ待機!歩哨を欠かすな!以上!」


キビキビした小隊長の声は、普段であれば耳障りだが、こういう非常時には安心する兵もおるのだろう。真剣に彼の目を見据えている兵が多い。


「敬礼!休め!各分隊長は俺の所に来るように!以上!解散!」


どうやら歩哨について話し合うのか、軍曹の元に呼ばれた。ドヤされない為にも駈足で向かう。


「ご苦労!取り敢えず歩哨については四方警戒の為四人出してもらう。各分隊一人ずつだ。解散後にすぐ決めろ」


そういう雑事は新入の二等兵にでもやらせよう。そう考えていると、さらに軍曹は続ける。


「それともう一つ、現状我々には武装が殆ど無い。幸い兵達は完全充足された装備を所持している。銃剣、円匙は持っておった」


たしかにこの不可思議な場所に来た時、自分を含めて全身の装備が整っていた。更に背嚢内には糧食等含めた自分の装備一式が詰まっていた。まるで野戦行軍時のような装備編成だった。


「しかし銃火器等が一切ない。弾薬盒の中も皆空だった。これでは腰抜けの支那兵共でも簡単にやられちまう。なので今から手頃な木を切り倒して槍の作成をしようと思うんだが、ほかに何か必要なものはあるか?」


どうやら俺たちは槍で戦わされるらしい。素晴らしいことだ。まるで戦国時代に逆戻りした気分だった。


「特にないようであれば各自行動を開始しろ!伐採用の斧は三分隊の中村がもっとった筈だ、無ければ銃剣でも使って切り倒してこい。以上」


まあ木の先に銃剣をくっ付ければ即席の槍ぐらいにはなるか。と考えつつ、こういうのが得意だった奴が分隊内にいたのを思い出す。


「了解しました。オイ!木原ァ!ちょっと来んかい!」


「ハイ!分隊長殿!なんでありますか」


すっ飛んできたこの木原一等兵は、確か家業が炭焼きをやっていた筈だ。なら木の切り方にも慣れておるだろう。そう考えて呼びつけた。


「お前、木をちょっと切り倒してこい。あんまり太いのじゃなく、槍にするぐらいの奴を分隊人数分だ」


「了解しました。分隊長殿、運搬と焚き付け用の枝集めにあと数人ほど欲しいです」


「分かった。お前の判断で連れてけ。俺と軍曹の名前は出していい」


「了解しました。行ってまいります」


やっぱりあいつは頭の回転が早い。本当にいい部下だ。そういう奴がいると分隊の動きもキビキビしてとても良い。取り敢えず下士官の推薦はやっとくかな?


そうこうしている内に斥候に出ていた一人が戻ってきた。俺への敬礼もそこそこに、軍曹の元へ足早に去っていく。


どうやら何か見つけたらしい。いい知らせであるといいが。


「何!?、ヨシ分かった。貴様は俺と来い!


どうやら本当に何かあったらしい。焦った表情をした軍曹殿は斥候兵とともに少尉殿に話しかける。


取り敢えず今はやることが無い。下士官の特権であるゆっくりとした態度でポケットに入っていた煙草を吹かす。


うん、何処の誰が入れたのかわからんが、やっぱり朝日は美味い。これは変わらんな。


そして両切タバコを半分ほど吸ったところで、小隊長の指示があった。


「先程斥候に出ていた兵より、ここより北西数百メートルの場所に敵のものと見られる武器弾薬が集積してあったとの情報があった!


一小隊はそれを確認するため現地まで前進!可能であればそれらを奪取、装備する!


斥候からの情報では、仕掛け罠等は確認できなかったとのことだ。しかし、待ち伏せの可能性も考慮しつつ、一分隊は正面より接近。第二と第三はそれぞれ左方と右方から回ること!


小銃等銃火器が無いため、総員銃剣を装備!

即席槍を備えたものを全面に出しつつ戦闘体系にて前進する。以上!」


下命された瞬間から小隊が一つの生き物のように動き始める。我等が二分隊は左方面より接近する為、分隊で作成した槍を一旦貸し出し、円匙、鉈等を装備しつつ進む。



姿勢を低くし、歩くこと十数分、起伏の少ない草原の、少し低くなっている場所にそれはあった。


木の板が敷いてある上には、見覚えのあるモーゼル小銃にモーゼル拳銃、それに太い銃身が印象的な三十節式重機槍(中華民国がライセンス生産したM1917水冷機銃。使用弾薬はモーゼルと同じ7.92×57mm弾だが、こちらは強装弾)もあった。ご丁寧に各種弾薬もたっぷりある。


「おお!まさに干天の慈雨ってやつだな。

こんな装備一式が鹵獲できるとは」


安全を確認したあと小隊長殿がこれを見ると、満面の笑みでそうつぶやいた。


しかし通常であれば、敵軍の装備なんぞ鹵獲しても将校がこんなことを宣うのは異常である。いくら非常時であってもだ。


なぜなら鹵獲した敵軍の兵器とは、通常その軍隊で運用する兵器とは全く設計、部品、弾薬、その他諸々に共通点が無い為である。加えて整備、運用等の方法が違ってくる為、兵に負担をかける。もし欠点があり、戦闘中にそれが原因で斃れたら、死んでも死にきれないだろう。これら鹵獲兵器は、一会戦時に一時的に使用するならともかく、これらを継続して運用するのは不可能だ。


しかしこの部隊には喜ばずにはいられない原因があった。それは一年ほど前に遡る。




昭和12年1月10日 北京郊外 第七連隊宿営地


「水瀬大尉、入ります!」


「おお、ご苦労。休みたまえ」


「はっ!」


連隊司令の執務室に入ってきたのは、未だ青年の面影を残す彫りの深い将校だった。パリッとした糊のきいた軍服を身に纏ったは、そのお陰か凛々しさを一層際立てていた。


そして彼に向かって笑顔で対応しているのは第七連隊の長である安藤大佐だ。水瀬大尉とは違い背は低いが、がっしりとした体と略章が彼を生粋の野戦将校として際立たせている。


「水瀬大尉、率直に話す。貴様は確か独語が堪能だったな?」


「はっ!士官学校では独語は最良を頂いております!」


ハキハキとした口調で淀みなく話す。しかし心の中は全く落ち着いていなかった。


(呼び出しておいて独語が使えるかだ?こりゃ何か押しつけられるぞ)


水瀬大尉は士官学校内では次席にも及ばない。ハンモックナンバーで言えば確かに上から数えた方が早いが、良くて上の下ほどの評価だった。お陰で今後の出世の道のりは素晴らしいことになりそうだった。


何せ戦争がなければギリギリ中佐、運が良ければ門営大佐に手が届くかという所だった。


しかし神は、そんな彼にも一つの才能を与えていた。彼は独語対しては、非凡な才能を持っていたからだ。


士官学校入学前、彼は中学校からの編入であったが、その受験前に運命の出会いを果たしていた。


中学校卒業後の進路について彼は、第一希望の第一高校に向けて猛勉強を続けていたが、敢えなく不合格になってしまう。


それが原因で抜け殻のように消沈してしまい、それを見た叔父が、半ば脅しの意味を含めてカフカの『変身』を与えたのだ。しかも独語版で。


しかし、彼は底意地の悪い叔父の意図に反して、この文学作品にのめり込んでしまう。


態々ドイツ語で書かれた本を辞書片手に一心不乱に読み耽る様子は、家族も近寄り難かったという。


そしてなんとか滑り込んだ陸軍士官学校ではその才能を開花させ、独語に関しては主席と並ぶ程の才能を見せた。卒業論文は見事な独語版も作成しており、独語教諭を唸らせる出来であった。


しかし彼は他の科目に関しては平均点であり、更に余りにも独語にのめり込む姿勢が逆にマイナスに取られてしまった。


何せ就寝前の自主学習時間にも独語文学を読み漁る日々を送っていたからだ。日々ニヤニヤしながら本を捲る彼を、同級生がどう見ていたかは想像に難くない。


上級生の覚えも必然的に悪かった。


そして悪い噂というものはあっという間に広まっていく。それが軍隊という閉鎖された組織内であれば尚更だった。


お陰で陸大に入学できるかも怪しくなってきた。


あの時もうちょっと自重していれば。


彼が心の中でそう思うのも束の間。朗らかな話し方で彼の上司は告げる。


「大変結構!やはり噂通りの独語バカらしいな君は」


一大尉の個人的な噂が連隊長の耳に入るぐらい広まっていたのかと後悔しつつ、自身の自尊心を守る為話題を切り替えようとした。


「司令!そうしますとご用件というのは独語に関することでしょうか?」


「ああ、そうだ。まずはこれを見てくれ」


ドサッと副官が机の上に置いたのは、各種武器のマニュアルらしきものだった。


しかしこれは…


「国民党軍が使用しているkar98kにモーゼルc96、それにこれは敵の三十節式重機関銃?」


あまりの予想外な展開に頭がついていかないが、士官学校で叩き込まれた鋼の自制心でなんとか耐える。つまりこれは…


「司令、これはつまり鹵獲兵器の運用をおこなうのでありますか?」


「正にその通りだ。君も知っているだろう、北京での支那兵の無様な戦い振りを。連中、退却時の装備の廃棄処分すらしないで逃げ出しおった。本当に近代軍か疑うほどだ」


司令官が言ったことは考えられないが事実であり、武器庫からは新品同然の小銃、拳銃、迫撃砲等の重火器、弾薬、爆薬、整備用の機材に予備部品、その他諸々がたんまりと出てきた。それはもう、管理も一苦労な量だという。


「司令官殿、ご質問を宜しいでしょうか」


「うむ」


「これらの兵器は傀儡政権に下げ渡されると小官は伺っておりました。我々が受領する数はないのでは?」


近々発足する予定の中華民国臨時政府といったか、そいつらにこれまで鹵獲した機材を供与し、肩を並べて戦える仲間を増やそうという計画だそうだ。


「うん、良い質問だ。これからの話は少々軍機情報が入っとる。無論承知しておるな?」


先程までの好々爺然とした雰囲気から一変し、歴戦の軍人へと早変わりする。


「勿論であります」


急に変わった雰囲気に改めて背筋を伸ばし拝聴する。


「実は技術本部からの内密の依頼でな、新たに開発する水冷式機銃の叩き台になってほしいとのことだ。なんでもこの民国製の重機と似たようなものになるらしい。


その為にも試験運用部隊には水冷機銃には慣れておいてほしい。ただそれだけのことだ。


まあこの重機は米国のブローニング機銃をコピーしただけあって優秀だ。ついでに故障も少ない優良品を選りすぐっておいた」


「了解しました。そうしますと小官の当面の任務としてはこのマニュアルの和訳ということですな」


「貴様は話が早くて助かる。漢語版は造語が多くてとても読めたものではない。こちらで確保した独語版のマニュアルはしっかりしておる。さすがドイツ人だな」


断りを入れてからマニユマアルを開くと、そこには印刷された文字のほかに軍事顧問団が書き加えたのであろう、ドイツ語にて各地の気候下での整備方法の変化、効率的で故障頻度が少なくなる射撃方法まで、凡そ役立つとわかる情報が数ページ捲るだけでゴロゴロ出てくる。


正に宝の山であった。


「こ、これは凄い!値千金の情報がこんなに!?」


思わず読み耽ってしまうが、ゴホンという司令付き副官の咳払いでハッとする。いかんいかん、また悪い癖が出てしまった。


「はっはっは!いや、気にせんでくれ。趣味を持っとるのは良いことだと思っただけだ。

しかし凄いな、貴様はスラスラと読めるようだが、こんな達筆な字はワシも読めんぞ」


「かなり癖のある字ですが、読めないものではないです。寧ろかなりの筆記速度で書いているのにここまで綺麗に揃えて書けるのは素晴らしいですな」


「ほう!少し読んだだけでそこまでわかるのか!やはり貴様を選んで正解だった」


確信を持ってそう言ってくる司令は次の瞬間衝撃的なことを口にした。


「君の中隊はこれから機関銃中隊へと改編成される。そして運用する兵器だが、これを使ってもらう」


「へ?」


思わず口に出してしまったが、つまりどういうことだこれは。


「まぁ気楽に考えろ、そこまで悪いもんじゃない。運用するのは重機だ。つまりあまり正面に出ない部隊配置となる。大尉に成り立ての人間にそこまで酷なことはさせんよ。安心したまえ」


「そうなのですか…畏まりました。謹んでお受け致します!」


話を聞く限り悪いことではない。試験運用部隊、いい結果を出せばそれだけ評価も上がる。


さらに最前線に配備されるのではなく、戦線の維持にどちらかというと使われる重機関銃運用の中隊だ。上手くやれば都市の城壁に張り付く警備部隊になれるかもしれない。そうしたらあんな北支の砂に塗れてひもじい思いをしなくて済むのだ。水瀬大尉の頭は既に取らぬ狸の皮算用でいっぱいだった。



昭和12年8月 北支 徐州近郊 


「クソッ!騙された!」


もう何百回目かわからない悪態をつくのは、アレから随分と痩せこけた水瀬大尉である。


彼は栄えある独立機関銃隊の指揮官となったのだ。


そう、独立機関銃隊である。響きはカッコいいが、言ってしまえば戦場の便利屋である。


他師団の欠員を埋める為に最前線に出向き戦線の穴を塞ぐのは勿論、退却時の殿、後方警戒、警備、哨戒となんでもござれといった有様であった。


そんなことをしていたら当然移動ばかりになるが、彼の部隊が運用しているのは重機関銃である。


おまけに移動用の馬は定数を割っている。辛うじて指揮官たる水瀬大尉が乗馬できるのみだ。


なので中隊参謀、副官含め徒歩での移動となる。部下に対してこんな惨めな思いをさせなければならないのかと乗馬を拒否しようとしたが、指揮官の威厳を保って下さいよと参謀からダメ出しをくらった。


将校用の軍馬の支給も難癖つけられ遅れている。これでは文句の一つも言いたくなる。


そして彼は今週二度目の陣地転換指令を受けたばかりであり、少々気が立っていたのだ。


「くたばれあのクソバカども!何故に重機がこうも陣地転換しにゃならんのじゃ!!運用からして間違っとろうが!」


運用思想的に全ての機関銃を軽機のように扱えると思い込んでいる連隊司令部は、三脚含めて七十キロを超える重機を素早く移動させろと宣った。


しかし九二式重機のような運搬用の取っ手なんぞついてないこのデカブツは隣の機銃座に移すのにも一苦労する有様だった。


加えて撤収作業から移動先での陣地作成まで含めると、数時間はかかるだろう。


まさに賽の河原状態だった。


たしかに野戦機動の速度に追従する為にはこの程度の移動は必要なのかもしれない。


しかしそれはもっと移動が簡便で輸送手段も整っている部隊の話だ。


通常の歩兵中隊であれば、軽機隊、擲弾筒隊。即成栽培の“軽い”部隊であれば少数の軽機、擲弾筒隊に小銃隊になるだろう。


今挙げたものはどれも軽火器しか保有しない部隊であり、従って移動速度も速い。


連隊付機関銃中隊だって運搬用の馬は優良馬揃いだし、そもそも自動貨車を所持している部隊も少なくない。


こんな痩せこけた支那の鹵獲馬ばかりじゃ輜重隊にすらバカにされるだろう。


「クソっタレ!」


怪気炎を上げる中隊長を横目に、黙々と作業を続けるのは各小隊長たちである。彼の逆鱗に触れたらどんな面倒を押し付けられたもんか、かなり粘着質であることが経験上分かっていた彼らは、部隊長をいないものと決め込んで撤収の段取りを考えるのであった。


その中には第三小隊長の長谷川少尉の姿もあった。彼は陸士卒業後、即座に大陸に連れてこられた可哀想な人である。


そもそも彼は中学校からの編入組であり、幼年学校卒のメンツとはコネが比べ物にならないくらい無かった。


そして幼年学校卒が主要な出世コースを塞ぎ、溢れたものたちはまさに馬車馬の如くこき使われることとなる。


長谷川少尉はもちろんそのことを理解はしていたが、それを口に出して文句を垂れる程バカでも無かった。


「第三小隊付弾薬分隊ですが、前病気になった馬がまたぶり返しまして、恐らく使い物にならないかと」


現状報告を行う長谷川少尉だったが、改めて口に出すとどうしようも無い状況だなという感が強くなる。


「そうなると三小隊は馬の定数が割れますな、しっかし我が二小隊も定数しかおらんし、どっから調達したもんか」


第二小隊長の高橋少尉は、北関東訛りを僅かに語調に混ぜ、答える。


「兵に担がせればよいだろう」


そう返答するのは第一小隊長の小川中尉だ。彼は陸幼陸士の純粋培養された士官のため、乱暴な物言いが目立つ。しかし言っていることは的確である場合が多い為、何も反論できない者が多い。


「馬一頭分となると百二十キロは有りますよ!正直言って現状でも兵には負担が大きいんです。これ以上無理はさせられません!」


「弾の廃棄は論外だ。タダでさえ弾薬は敵からの鹵獲で賄ってるんだ。供給が不安定すぎていつ手に入るかわからないものを捨てたくはない」


「…弾薬箱の中の弾帯を分けて持ち運びましょう。流石に三十キロもある箱を持たせられないです」


「それしか無いか…幸い天気は数日はもつらしい。それまでに移動できれば湿り弾にならずには済むだろう」


「ウチの小隊で持ちきれない分はお願いしてもよろしいでしょうか?」


「わかった。今度なんか奢れよ?」


「お安い御用です。P屋でもなんでも奢って差し上げますよ」


そういうと彼は微笑みを返してくる。そしてそのまま中隊長のところへ向かうのだった。



???謎の平原



一通り装備を確認し、全員分の小銃、軍刀、その他諸々を確認できた。トラップの類も確認はできなかった。


「ったく一体全体どうなってるんだ。こっちにとっちゃありがたいが、薄気味悪いぜ」


モーゼルを弄りつつそう呟くのは第三分隊長

の野脇伍長である。彼が遊底を上に引き上げ、撃針とバネをチェックするが、まるで新品同様な綺麗さだった。


銃腔内のメッキも全く剥げておらず、出荷したて同然のようだ。


彼の腰掛けている奥では、小隊長の長谷川少尉と先任下士官の島田軍曹が神妙な顔で話をしている。


「まだ正確には計測しておりませんが、小隊定数を大幅に超える弾薬は確認できました。

小銃、機関銃の予備部品も大量です。既に小銃は全兵に行き渡らせ、周辺警戒に配置しています」


「よし、とりあえずはそれでいこう。それにしても正に干天の慈雨だな。これで支那兵一個中隊ともやり合えるぞ」


「しかしこれらを輸送する馬匹は無いです。

兵に運ばせるにしても限界があります。しばらくはここに陣を構えるほか無いかと」


「いや、ここに物資を集積した国民党軍が時期に戻ってくるぞ。見たところ野ざらしに置いてあるし、そこまで放置せず戻ってくるだろう」


「小隊長。こちらには重機が四丁も有るんですよ!先程仰った通り、一個中隊の襲撃でも撃退出来ますよ!それにここが何処だか見当もつきませんが、駐屯していた石家荘からそこまで離れていないはずです。あそこら一体は既に我が軍の支配地域ですので銃声がすれば援軍がすっ飛んできますよ」


「うーん、確かに夜から昼で半日掛かっているとしても、そう遠くは無いはずだ。…分かった。そうしよう」


尚も食い下がる軍曹の気迫に負けたのか、少尉も消極的ながら肯定する。


「了解しました。陣地は彼方の少し高くなっている場所でよろしいでしょうか」


「そうだな。あそこなら多少見晴らしはいいだろう」



そう話がまとまりかけた矢先、遠くから銃声が響いてきた。


銃声からして我が軍の三八式ではない。国民党軍のモーゼル小銃だろう。


一気に小隊が警戒体制に入る。戦銃分隊員は整備中だった30年式を目にも止まらぬ速さで組み立て直し、銃声がした方向に指向した。


暫くすると草原奥に見える森林から走ってくる人影が見えた。そしてまたモーゼルの銃声。その人影が森に向かって発砲している。何かに追われているようだった。


しかし現在我が隊が装備しているのもモーゼルであり、判別はつかない。周辺警戒中の兵なら識別できる白い襷をかけているので、そこまで確認できるまで待機だ。


野脇伍長は機関銃の傍で小銃を構えつつ脇の射撃助手に話しかける。


「おい、確かあっちの方向にウチの田中が斥候にでとるな?」


「はい、分隊長殿。走ってくるあいつは確かに田中のようですな。あっ!襷がかかってます!見えました!」


「よし!俺は小隊長殿に報告してくるから、貴様らはいつでも援護射撃ができるようにしておけ!」


「了解!」


そして即座に小隊長に駆け寄る。


「小隊長!アレは三分隊から斥候に出しとった田中です!見たところ何かに追われているようなので、援護できるようしておくべきかと」


「何?!分かった。おい!伝令!現在接近中の人物は友軍!その後ろに追撃してきている敵がいるので、見え次第射撃してよろしい!以上!復唱不要!行け!」


「はっ!」


一番近くにいた兵を引っ張り込んで伝える。

こういう時慣れてない新米将校はアタフタするのみだが、この少尉は肝が据わっとるのか冷静な態度を崩さなかった。


「おい、野脇!何やっとる!早く戻らんかい!」


「はっ!失礼しました!」


この少尉さんは支え甲斐があると再確認したところで分隊のところに戻った。伝令が伝えた通り、皆薬室に弾を込めて待機している。


「よし!何か見えたら各自の判断で射撃してよろしい!」


田中一等兵は既に我が隊の三百メートル程にまで接近していた。頻りに後ろを警戒している。


「おい田中!早く戻ってこい!蜂の巣になるぞ!」


そう声をかけると彼は脇目も降らずにこちらに駆け出してきた。どうやら我々が伏せていて本隊がどこか分からなかったようだ。


息を切らしてかけてきた田中一等兵は即座に俺に報告する。


「分隊長!あの森に便衣兵です!茂みが多くて数は分かりませんでしたが、弓で射られかけました!畜生!川で水を汲もうとしてたらいきなりやられて、鉄鉢がなかったら死んでました!」


彼が被っていた鉄帽は見事に凹んでいる。


部下が殺されかけたことにとても腹が立った。特にこの田中一等兵は同郷で、同じ尋常小学校後輩という関係なので、特に目をかけていたのである。


「クソっ!警備師団は何やっとるんだ!

おい田中!ご苦労だった。どこもやられとらんか?…よし大丈夫そうだな!息を整えたら復帰しろ」


「了解です」


そう田中一等兵を労ったあと、即座に小隊長の元に駆ける。


「小隊長、便衣兵です!数は不明!弓を使っとると思われます!彼方の森に潜伏しとります」


「ヨシ!分かった。おい、さっき駆け込んできたやつにこれを渡してやれ。無事に戻ってきた礼だ」


そういうと小隊長はタバコを一本差し出した。「金鶏」だ。普段兵が吸っている安物よりも値が張る代物である。


「あいつも喜ぶでしょう」


笑顔で答えつつ、耳に挟み込んで足早に立ち去る。


分隊に戻ったと同時に配置についていた分隊員が発砲する。


「どうした!」


「人影が見えました!数は5!こっちに向かってきておりました!」


「よくやった!近づいてくるようであれば容赦するな」


「分かっとりますよ分隊長殿!ぶっ殺してやります」


「その意気だ!頑張ってくれ」


射撃手に声をかけ、すぐに双眼鏡で森の方を見ると、確かに人のような影が見えた。弓らしきものを持った人間に見える。


五百メートル程離れているので上手く見えないが、確かに森の中に残りの人間が見える。木を影にしてこちらを伺っているようだった。





暫く経ったころ、急に敵の動きが活発になった。どうやら増援が来たらしい。森の中に無数の犇くものが見えた。


「おい!見えとるか?敵が出てきおったぞ!


「遠くてはっきりとは見えませんが、何か動いてるのは見えます!撃ちますか?」


「まだ待て、木が邪魔で撃ち漏らしが多くなる」


他の分隊も確認できてるかと隣にいる第二分隊長に声をかけた。


「見えとるか?」


「ああ。敵さん、こっちの出方を見てるな。小隊長にももう伝わっとる。今度は引きつけて撃てとのことだ」


「そうだな、逃したら面倒だ。ここで仕留めるぞ」


「了解した。撃ち漏らすなよ」


「そんなヘマはせんよ。なんてったって…」


彼がそういうのが遅いか、俺の隊の機銃座から大声が聞こえた。


「敵発砲!矢が降ってきます!」


即座に敵の方を見ると、空にキラキラしたものが飛んでいるのが見える。鏃が太陽の光を反射しつつ、こちらに向かってくるのが見えた。


「総員伏せろ!背嚢を背負ってろよ!」


そういうと自分も地面に這いつくばる。それと同時に辺り一帯に矢が降り注いだ。


カンカンと金属と金属がぶつかりあう音と何かが地面に突き立つ音、それと共に悲鳴も聞こえてきた。恐らく矢に当たったのだろう。振り向くと後ろにいた兵のケツに矢が突き立っているのが見えた。


「一名負傷!衛生兵こい!」


そこまで重症ではないが、ここまでやられては引き下がれない。畜生と悪態をつきつつ敵陣を見ると、敵が森を飛び出して駆けてくるのが見えた。


「小隊長!敵が向かってきております!距離400!数凡そ50!射撃許可を!」


「射撃開始!全員仕留めろ!」


自分の兵をやられて怒り心頭の小隊長は、即座にそういった。


「射撃開始!射撃開始!」


バダダダダ!!!


軍曹が命令を復唱する間も無く各隊が発砲を開始した。


僅か数秒後にはこちらに駆けていた敵の十人ほどが打ち倒され、それは止まることなく続いた。


こちらに機銃があることを分からなかったのか、面白いように倒されていく。2分もしないうちに動いている目標は無くなっていた。


「よーし!機銃射撃やめ!射撃やめ!」


「射撃止め!」


それまで軽快に射撃を行っていた音が止まる。しかし小銃兵は残敵を一掃するためまだ射撃を続けている。そのため不規則なリズムで発砲音が響いている。


「上手く撃退出来ましたな。しかしこちらの陣地の存在も露呈しました。早急に丘の上に陣地転換しましょう」


軍曹が興奮も冷めやらぬ内に小隊長に駆け寄り、そう提言する。


「そうだな。規模的にもアレは威力偵察だ。そのうち本隊が向かってくるから急げよ」


「了解しました」


盗み聞きしていた自分は即座に分隊員に声をかける。


「急いで移動だ!銃をバラしてる暇はない!

三脚から外して担いでいけ!」


そう命令すると数十秒もしないで兵が準備を整えた。伊達に支那戦線を渡り歩いてきていない。


数百メートル離れた丘(といっても高低差はほぼない)に駈足で向かっていく。


ものの十分で移動は完了した。あとは元の場所に残してきた弾薬を往復で運ぶ。


2号弾薬箱と同じぐらいの弾薬箱は、千発の機銃弾が入っており約三十キロはある。それが無数に集積してあった。運ぶだけでも難儀な代物だった。


陣地転換を完了してから1時間遅れで丘の真ん中に運び終えると、直ぐに陣地構築を行う。兵に自身の身を隠す蛸壺を掘らせ、機銃座周辺には土を盛り上げて即席の重機陣地を作る。


重機に張り付いている射撃手と射撃助手以外は総動員だ。


そうして陣地構築が終わり、総員配置についたが、特に敵が来るといったことはなかった。一人二人が森陰から様子を見に来ることはあったが、特にそれ以上行動することはなかった。


「奴さん、どうしたんですかね?普段だったら迫撃砲の一つや二つ飛んできてたっておかしく無いですか」


「さあな…たださっきの便衣兵だが、銃を装備してるものがおらんかった。代わりに弓の腕が



日が沈みかけている。西(と思われる方角)が茜色に染まっており、支那大陸?の雄大さと相まって二胡の一つでも弾きたくなってくる。


その牧歌的な風景を堪能できるほど敵陣は静かであった。


先程の襲撃から数時間が経過したので、自然と警戒感も無くなってくる。そうするとなぜ俺たちはこんなところに?という疑問のようなものが頭から湧いては消えていく。


いや、お国のためとは言いながら、故里から何百里と離れた見知らぬ大地に2年もいたらそうなるな。


何百回同じ結論に達したかわからない答えを導き出し、またぼうっとした頭を切り替える。


敵はいつ攻撃してくるかご丁寧に教えてはくれないのだ。





「ふぅ、今年は木々の実りが悪いな」


森の中で果物を収穫しつつ、私はそう呟いた。


彼女の名はカリム・サラン。サラン村のカリムだ。この付近の森の中にある長耳族の村、そこの長の娘だ。


彼女は現在、自身の家の貧相な食卓を少しでも彩り豊かにする為に、村から少し離れた小川付近まで来ていた。


村付近の作物は既に取り尽くされているし、森の各所には各家に縄張りのようなものがあり、村長の娘といえど簡単に手出しはできないのだ。


故に殆ど人が来ない所まで来なければ果実にありつけない。


「このぐらいでいいか。うーん、ちょっと重いな」


彼女が背負ってきた籠は一杯になっており、傍目で見てもかなり重量はありそうである。


「ちょっと休憩してくか〜、あー喉乾いた」


帰りがてら小川に寄って水分補給をすることにした。水筒を家に忘れた彼女は、朝から何も飲んでいなかったのだ。


薮を抜け小川のすぐそこまで近づいたが、ここであるものを見つけた。


人だ。


彼ら長耳族は大抵短耳族(彼らの中ではそう呼ばれている)と諍いを抱えており、彼女が属する村もその例外ではない。


彼ら人間族とは他民族他宗教であり、そのため人族の宗教に抵触しないことから人狩りが村の周りを彷徨くことが多かった。


また、彼らの村は丁度他国との国境線付近にあり、度々越境してくる隣国の略奪部隊の人族との衝突を繰り返していた。


そういった理由からカリムは見つけた人間を邪な目的で侵入した賊だと判断したのだ。その見た目からも判断できる。土色に染められた小汚い服に短めの槍を構え、鉄の兜を被ったた小男は、どこからどう見てもまともななりではなかったからだ。


彼女はそう判断すると即座に行動に移った。

人間に気づかれないように木の上まで登り、自身の姿が見えない位置から射殺そうとしたのだ。幸い弓の腕はそこまで悪くはない。彼女が生まれてから50年間鍛錬を怠らなかった証だった。


一撃で仕留めるために頭を狙った。彼女の持つ矢の矢尻は特別な加工が施してあり、分厚い鉄の鎧でも貫徹できるようになっていた。


近くまで来るのを待ち、弓を引き絞って待機する。数分ほどで人間が木の真下辺りに近づいてきた。


見たところ若い男性で悪い男ではなさそうだったが、見た目で人を判断するなと口酸っぱく父親に指導されていた経験が彼女にはあった。


「どうか神の御加護を」


小声でそう呟くと、パッと矢を発射する。これで彼女も初めての人殺しを経験するはずだった。


しかしいくつかの要素によって彼女の貞操は守られることとなる。


まず矢尻の加工が不完全で、着弾と同時に衝撃に耐えきれなかった先端部が割れてしまったこと。


次に男が被っていたヘルメットは丸みを帯びており、当たった角度も浅く、弾き返してしまったこと。


最後に彼女が想定していたのは鉄の被り物だったが、大阪造兵工廠で一つ一つ丁寧にプレス加工されたクロムモリブデン鋼製の九〇式鉄帽は、矢尻を自身の内側に貫かれることを拒否し、逆に侵入しようとした鋼の矢尻を粉々に砕いたのだ。


それらの要因によって、完全なる不意打ちを食らった田中広一等兵は命をつなぐことに成功したのだった。


「のわあぁー!!」


田中一等兵は矢が飛んできた方向に向かって五発クリップを全弾めくら撃ちして、元いた陣地に全速力で逃げ出す。


それをカリムが後ろから追いかける。木の上を伝いながらなので上手く当たらないが、もうすぐ森の境界だ。そこまで追いかけたらもう追わないでも良いだろう。


寧ろ開けた場所に出て待ち伏せされたらたまらない。何はともあれ怪しい人物は追っ払ったので上出来である。


「さてと、帰って報告しなきゃ。ああーめんど」


ため息をつくと先程の場所まで戻り、果実で満杯のカゴを背負って足早に村へと去っていった。



「なんだとぉ〜!また人攫いが来やがったのか!」


そう怪気炎をあげるのはカリムの父、ガルフだ。この村の長であり、同時に村一番のタカ派である。


前回、数年前に人攫いの集団がこの村を襲い、女子供を数人拉致されるという被害を受けたことがあるのだ。


彼はその時、逆に襲撃者を3人討ち取り武名を挙げた。


その功績のおかげで村長にまで抜擢されたのだった。


誓ってあのクズ共を細切れにしてやる!


内心彼は怒りに震えていたが、ある程度の打算が働いていた。


彼は戦場帰りであるため、手荒いことには滅法強かったが、内政面に関しての才能はからきしだったのだ。


彼が村長になってから、何かと失政続きであり、ここら辺で面子を保たないと村長の座から引き摺り下ろされる。現村長はそのような思考の渦に飲み込まれていた。


「よーし!男衆は弓と短刀持ってこい!女でも腕に自信があるやつは参加しろ!それ以外は村から出るなよ!」


檄を飛ばすガルフ村長に、村民全てが耳を傾けている。その表情は様々だが、村に危機が迫っていることは皆肌で感じているのだろう。


何かと人気のない長だが、こういう時だけは頼りになるのは知っている。


「念のため数人村に残しておくから、敵が来たらすぐに伝令を飛ばせよ!」


長耳族であるので狩猟を営む家が多く、必然的に弓の使い手が多い。彼らは遠距離からの狙撃でもって敵を圧倒する戦術に長けていた。


「よし!駈足で森外れまで行くぞ!」


そういうと村長と愉快な仲間たちは村から去っていった。


多くのものは、まぁ長くても一日中には帰って来るだろうとたかを括っていた。これが今生の別れになるとはこの時誰も考えていなかった。




「お父さん!こっち!こっちよ!」


「カリム、数は分かるか?あと敵の武装は?」


「数は見た感じ20から30くらい、もしかしたらもう少しいるかも。あと武装はこっからじゃよく見えないけど、殺し損ねた斥候が持ってたのは短い槍だけだったわ」


娘が木の上から相手の様子を伺っている。目が良いのか伏せている敵の数まで見えているようだ。こりゃ将来は凄腕の猟師だな。


「よし!カリムはここで敵の動きを逐一知らせるんだ!俺らは弓矢でもって敵を地面に縫い付ける!どうせここまで矢が届きはしないと油断しているだろう。油断しているに違いない!目論見が外れた奴らは混乱して後ろに下がるはずだ!カリム!その時は教えてくれよ!


「分かった。動きがあったら猟用の口笛で知らせるわ」


彼女は笑顔で了解し、そのまま木の上まで登る。


「よーし!男衆!森の際から敵陣に一斉射、続けて駈足で突っ込みつつ適宜射撃しろ!女衆は後ろから援護しつつ突っ込んでこい!間違って男どもに当てるなよ!」


しかしここで一部の集団から疑義が出た。


敵から狙われることのない位置から一方的に攻撃すれば良いのではという意見だった。


しかしその案は、白兵で確固たる戦果を上げなければ今後もついてくるものはいないだろうと村長が考え、反対意見を述べたものにこう反論した。


「今更怖気付いたのか?なら女衆の後ろにでもいることだな。それにな、ここでガツンと一撃を食らわせないと今後も奴らはこの村に寄り付くぞ!」


そう罵倒された男たちは顔を紅潮させながら何か言い返そうとしたが、明らかに村長側につく数が多く、渋々引き下がる。


そう指示を出すと彼は集団の先頭に躍り出た。指揮官先頭でなければ荒っぽい村衆は率いていけないのだ。


「弓絞れー!狙え!打てぇ!」


村長の指揮の元、鏃がギラギラした光を反射させながら丘の上へ飛翔していく。


その矢が到達するかしないかのタイミングで野太い声が戦場に響き渡る。


「よし!者ども突撃だ!一気に突き崩すぞ!」


そういうのが早いか、先頭にいた男衆が飛び出していく。


陣形も何もあったものでもないが、数でこちらは二倍の差がある。間違いなく勝機はこちらにあるはずだった。


しかしその予想に反して、村長の目論見は一瞬にして崩壊した。


バダダダダダダダ!!!


聞きなれない音が正面から響いてくるのと同時に、先頭の5人が倒れた。


つぎの瞬間にはその後ろにいた10人が倒れ込んだ。


何事だと思った矢先に自身の腹部から鈍い痛みが走るのが分かった。


「えっ」


そう声を出したのが早いか、村長は頭を撃ち抜かれて生き絶えた。


そのほか全ての向かってきたエルフたちは、訳もわからずにこの世から強制退場するか、致命傷を負ってうめき声を上げる肉塊になる。


「は?何?何があったの?」


森の影から

数日が経過し、完全に敵の襲撃がない日が続く。支那では野営周辺でも共匪が跋扈していることがざらであり、ここまで静かな日が続くこと自体が珍しかった。


「うーん、手持ちの糧食はあと二日分だが、全く状況が掴めない状況ではなぁ。やはり動くのが得策ではないですか?水はなんとかなってますが、食料が心細すぎます」


配置についている兵の裏で唸っているのは小隊長と第一分隊長の田代伍長である。


「偵察の結果、ここは北支とは全く別の土地ということしか把握できていない。さらに言えば、その見知らぬ土地の国民を殺傷してしまった!ただでさえ露助に支那と敵は多いんだ!これ以上敵を増やすが如きアホな真似はできん!」


小隊長はそう言ったが、他国の国民を殺傷した時点で既にルビコンを渡っていると伍長は考えていた。もう後戻りはできなくもないが、不可能に近いだろう。


「そもそも不可思議なんですが、なぜ我々はこんな辺鄙な場所にいるんです?我々が駐留していた辺りは、支那でもかなり栄えていた土地でしょう。真っ平らな平野に、見渡す限 りの畑に町が点在しているような場所でした。それがなぜ山がこんなにも近く、そして森があるんです?」


森に三方を囲まれ、残りは大河に面しているこの草原は、見たところ駐屯していた北支付近ではないことは間違いなかった。


太原作戦は北京から進軍し、東部から山間にある太原に駒を進める計画だった。それ故に寝ている間に石家荘近くの山地麓まで運ばれたのかとも考えたが、そもそも北支に今見えているような天を突くほど高い山は存在しない。


華南なら可能性はあるが、今度はそこまでどうやって我々を輸送したのか、という問題が出てくる。(仮に駐屯地近くの山だとしてもなぜそんなことをするのか理解できない)


「いや、その原因すら把握はできておらん。

つまりこの土地で我々が分かっていることはこの地図しかないということだ。そして纏まった食料はまだ見つかっておらん」


「正に万事休すな状況ですな」


2人同時に肩を落として溜息をつく。それまそのはず、彼らの目の前にある地図は、子供の落書きかと見まごうほど簡易的なものでしかなかった。そもそも現在地を把握できていない時点で、軍隊は致命的な機能障害を起こす。


軍とは即ち属している国の暴力装置であり、安易に行動して良いものではなく、堅い軍規と指揮系統によって縛られなければならないのだ。部隊の移動一つとっても上部の組織系統からの命令伝達がなければ兵一人として異動してはならない。


それが地図すら無い土地にいきなり放り出されたら、移動することもできなくなるのも自然の道理なのだ。


下手に動き回って違う国に越境してしまえばそれ即ち侵攻に他ならない。


「とにかく食糧ですな。迂闊に森に入れませんし、調達先を考えませんと」


「うーん、一個小隊分の糧秣なぞそこらに転がってるわけもないしな。この前の銃みたいに」


「北の森の際で仕留めた野生の羊はどうだ。数頭分有れば暫くは待つだろう」


「たしかに一時凌ぎならあれでいいです。しかし情けない話ですが、我々日本人の腹には肉食が合わんようで、毎食羊肉食っている兵どもの半分は腹を下しております」


「元々皆百姓の出だからなぁ、雑穀や米を食ってきた者達にいきなり肉しか食わせんのも酷な話だ」


「全くで。また、東の大河ですが、釣りができる兵に試しに釣りをさせております。釣果はあまり期待できそうにありませんが」


「うーん、八方塞がりか。どうしたもんかね全く。故郷の白い飯が懐かしい」


小隊長と伍長が同時にため息をつく。彼らの脳裏に浮かぶのは、郷里の加賀百万石と謳われた越前の米だ。


軍隊で出てくる安米とは違い、新米は一粒一粒がはっきりわかるほど形がしっかりしていて、味も良い。


「駄目だ、思い出したら腹が減ってかなわん」


「小隊長は羊は食べないので?」


小隊指揮所の端の方に肉が盛られた金茶碗が置かれていたが、手をつけた形跡がない。


「あんな臭い肉は支那でも食ってなかったぞ!うちの兵隊はこんなのを食って平気なのか?」


「郷に入りては郷に従えですよ小隊長。この状況では腹に入れられるときに入れておかねば軍人なぞやっておれんでしょう」


伍長の口調は、部下と上司というより子の我儘を咎める親と子という風に映っているだろう。


他に誰も周りにいないため、お互い普段より語調も軽めである。


「貴様は士官学校の教官のようなことを言うな。そうだよ、自分の我儘だよ。こんなもん食ってまで戦いたくはないぞ全く」


「わからんでもないですがね、小隊長が冗談でもそれを言ったらお終いです。兵がついてこなくなりますよ」


「貴様と俺しかおらんだろう。今だけだ、今だけだよ。口に出すと少し気が紛れた気がするんだ」


そういう長谷川少尉は、眼鏡を外し眉間を揉む。この得体の知れない場所に来てからほぼ寝ていないため、目にクマができていた。


「…魚が釣れたら一番目方があるものを持ってこさせます。ですから今はこんなものでも少しは腹に入れてくださいよ。あなたが倒れたらどうしようもないんですよ」


「分かった、わかったよ。全く、お前には敵わんな」


口元に少し笑みを浮かべつつ、眠そうな顔でそう返す。


その時だった。


歩哨に立たせていた兵士が小隊長天幕に駆け込んできた。


「河の上流から船です!数は二隻!かなり平べったい形をした木造船で、帆と櫂が付いております!」


「何!支那のジャンク船ではないのか?」


「違います!一枚帆のもっと小さいやつです

どうしますか!」


どうするかだとぉ?


なんで読んだの?

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