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エミリー・バデルは本物の聖女なのか?


 ――ハートネル教会、事務室。明け方。


 コートニー司教は机を挟み、二名の修道士と向き合っていた。


 本日とうとう、カーディフ公爵が当教会にやって来る。しかしうれいは取り除かれていない。


「……エミリー・バデル伯爵令嬢は、本物の聖女なのか?」


 机上に教区の地図を広げ、難しい顔で眺めおろす。


 先日の列福精霊審査でエミリーの周りに光が集まった瞬間から、コートニー司教の顔はずっと晴れない。


 机を囲んでいるひとり、ノートン修道士が戸惑ったように口を開いた。


「実際に、彼女の呼びかけに光の精霊は応えました」


「ああ、そうだな。そう……確かにそうだ」


 コートニー司教は混乱したように手のひらで額を押さえた。清潔に撫でつけてあった彼の白髪が、指先で押されてくしゃりと乱れる。


「エミリー・バデル伯爵令嬢の能力は素晴らしかったと思いますが」


 ノートン修道士の声音には彼女を賛美する響きがあった。彼からするとエミリーは美しく、たおやかで、見た目も心根も完璧な、理想の聖女にほかならなかった。


 コートニー司教のことはもちろん尊敬しているけれど、エミリーに関してだけは、彼は少しジャッジが厳し過ぎるのではないだろうか。


 ノートン修道士が困ったように続ける。


「ええと、前回、月食が年に三回起きたのは、確か――」


 月食が年に三回起きたら、列福精霊審査を行い、聖女を選定するという決まりがある。定期的な行事ではないので、なかなかややこしい。星回りによって、周期にかなりムラがあるからだ。


「前回は二十一年前だ」


 司教が難しい顔のまま答える。


 なんと、二十一年前……ノートン修道士はその時まだ十代で、修道士になっていなかった。だから当時の列福精霊審査には立ち会っていない。


「二十一年前、光の精霊はいくつ発現したのですか?」


「ふたつ」


 答えを聞いたノートン修道士は呆気に取られた。え……たったふたつ?


「それは少ないですね」


「無礼だぞ、ノートン」


 司教に厳しくたしなめられ、ノートン修道士は『確かに』と顔を赤らめた。この流れで前聖女を貶めるのは本意ではない。


「申し訳ございません。先日行われた列福精霊審査の記憶が鮮烈で、つい」


「……エミリー・バデル伯爵令嬢の呼びかけには、たくさんの光が応えたからな」


 コートニー司教が思わずといった様子で笑みをこぼす。口角は上がっていても、その表情には消しようのない苦渋が滲んでいた。彼が続ける。


「二十一年前の結果――光がふたつ応えただけでも、素晴らしいことなのだ。実際のところ、記録によると、ふたつが平均値とされている」


「そうでしたか」


「発現した光がふたつでも、前聖女は他者の折れた腕を、手をかざすだけですぐに治せた」


「それはすごい」


 ノートン修道士は圧倒され目を瞠る。骨折を自然治癒で治そうとしたら、数カ月はかかりそうなものだが。


「では司教――今回十個以上の光を発現させたエミリー・バデル伯爵令嬢は、どれだけのことができるのでしょう」


「聖魔法を用いて、悪魔と互角に戦えるかもしれない」


 コートニー司教の発言は、にわかには信じがたいものだった。ノートン修道士ばかりでなく、部屋にいるほかの修道士たちも衝撃を受けている。


 通常人間が対面するのは、害獣に毛が生えた程度の、魔物のたぐい。悪魔はその上位種だ。強さも性質も桁違いで、神の領域に近い。


「そ、そんな……攻撃に使える聖魔法なんて、存在するのですか? 治癒やサポート魔法だけかと」


「超高位魔法だが、あるにはある。少なくとも文献にはそう記されている」


「実際に使われたことはあるのですか?」


「千年以上前に、使いこなせた聖女が存在したらしい」


「千年にひとりの逸材……」


「とはいえ」コートニー司教は眉根を寄せる。「さすがに聖魔法だけで、八将とやり合うのは不可能だろうな。どんなに強い聖女であっても、中堅クラスの悪魔と一対一で、なんとか互角にやり合えるくらいだろうか」


「八将は魔王の側近ですからね。さすがに聖女が単独で戦うのは無理だと私も思います。ただ――中堅クラスの悪魔と互角にやり合える実力があれば、本来のサポート魔法はもっとすごそうです。勇者様は相当助けられるのでは」


「今回で、悲願の魔王軍殲滅が叶うかもしれん」


 コートニー司教……それは本当に? ノートン修道士はしばし二の句が継げなかった。


 八将全滅? そんなことが可能なのか?


 過去の勇者は一代でせいぜい三将を倒すのがやっとだった。そして排除したとしても、またしばらくすると、新たな強い悪魔が空いたポジションに納まる。キリがない。


 歴代の勇者は果敢に挑み続けたが、魔王軍に人間界が落とされないよう、ギリギリのところでなんとか防衛していた。


 とはいえ魔王軍が本気を出していたら、攻め落とされていたかもしれない。彼らには彼らで考えがあるのか、あるいは何か暦を読んでいるのか、これまでに八将が全力で戦闘を仕かけてきたことはない。彼らが手を抜いて遊び半分であったとしても、やられるこちらの被害は甚大だったのだ。


 そんな中、先の大戦は意外な形で決着する。


 先々代の勇者――つまり現勇者レジナルド・カーディフ公爵の祖父君が、魔王を滅ぼしたのだ。少なくとも表向きはそういうことになっている。



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