花嫁を先に狙う
「魔王配下、八将のひとりゴモリー……私を殺しに来たのか」
かなりまずい状況だが、レジナルドの口角は微かに上がっている。
体が漏れ出る殺気、狂気――それを感じ取り、ゴモリーは歓喜した。頬を染め、くく、と笑みを漏らす。
「ああ、いいですねぇ……あなた、いいですよ。宵闇のようなその髪色も、海の底のような瞳の色も、わたくしの好みです」
何が「好み」だ――戯れ言に付き合うつもりはない。仰向けに寝たままレジナルドは指に力を込め、ゴモリーの手のひらを、自身の首から引きはがす。
力比べ――時間がゆっくりと流れているようで、その実、殺伐としていた。猛獣が飛びかかる前の恐ろしいような緊迫感に満ちている。
「私が目を覚ます前に、息の根を止めておくべきだったな、吟誦公爵」
「無理を言わないでください。今のわたくしはまだ万全ではない」ゴモリーは歌うように笑う。「わたくしが本気であなたを殺しにかかった瞬間、大変まずい事態になっていたはず」
先ほどまでこちらの首を絞めていたことに、殺意はなかったと言わんばかりの狂った主張。――しかし皮肉なことにそのとおりで、ゴモリーの夜襲が遊び半分であったからこそ、レジナルドは結果的に接近を許した。相手が本気で命を取りに来ていたなら、眠りに落ちていたとしても、体が勝手に反応して迎撃していただろう。
「では何用だ」
「わたくしは伝令係なんです。これから全面戦争が始まりますからねぇ、その前にご挨拶を、と」
「下らん」
「ですがあなた、結構切羽詰まった状況ですよね? うーん……家族愛? 笑えますね。二年前、異母兄に力を分け与えてしまったせいで、あなたもまた万全ではない。今、光の魔法が使えないのは分かっていますよ」
「試してみるか? 本当に私が万全ではないかを」
「お断りします」
ゴモリーの笑みが深くなる。
「さて、本題に入りましょうか。魔王陛下からの伝言です――ひとつ、逆らうならば一族郎党皆殺しだ。直近で迎える予定の花嫁は、真っ先に殺してさしあげますよ。予告します、我々はあなたよりも、まず花嫁を先に狙う。聖女の存在は邪魔ですからね。――ふたつ、あなたの命は長くて二年。ああ、でも、これはすでに分かっていることですよね? 異母兄も呪いで死んだのだし。あなたは抗えるかな? 魔王陛下を殺せば解ける呪いですが、まぁ実現は不可能でしょう」
「――今、殺し合うかどうかの件だが」
レジナルドは一旦言葉を切り、凄惨な笑みを浮かべた。
「お前が『お断り』だと言っても、こちらが戦いをやめる義理はない」
目の前にのこのこ八将のひとりが現れたのだ。ここで殺しておけば効率が良い。
「本当にやめておいたほうがいいですよ。わたくしは単身で乗り込んでおりません。配下がこの屋敷を包囲しています。あなたとわたくしが今争えば、おそらく相打ち――けれど屋敷の人間は全滅です」
「貴様」
「おやすみなさい、呪われし勇者よ」
ゴモリーはベッドサイドで優雅に礼をし、窓から飛び去った。