表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

ウサギの精霊ニームはアイリーンの相棒


 ウサギの精霊ニームは薄暗い階段を苦労して上っていた。人間からすると膝を曲げる程度のなんてことない段差でも、ウサギサイズのニームからすると一段一段がちょっとした壁くらいに感じる。


 ニームはパッと見は普通のウサギであるが、喋るし、二足歩行をするし、柄も少し変わっている。両耳が黒で、胴の半分から下も黒。


 ニームがユニークな点は、黒い両耳部分に、貰いものの毛編帽子をかぶっているところだった。長い耳にフィットする形なので、かぶる意味があるのかよく分からない。毛編帽子も耳と同じ黒い色なので、余計に。


「まるで牢獄だな、ここは」


 ニームは隙さえあればすぐに愚痴をこぼす。努力、忍耐、気遣い――全部くそくらえ、がニームの信条である。


 ニームの言葉はある意味では事実だった――ここ、バデル伯爵家の離れは、顔に問題がある長女アイリーンにとっては牢獄と同じだからだ。


 牢番がいるわけではないし、監禁されているわけでもない。しかし迂闊に外に出るとあとで折檻を受けるので、アイリーンは段々と外出しなくなった。


 武骨な石造りの三階建てで、建築面積は狭く、縦長の塔のような造り。アイリーンの部屋は三階にある。アイリーンのほかに住人はおらず、空いている部屋は物置になっていた。


「おーい、戻ったぞ」


 踏み台を使って扉を開け、中に入ったニームは、部屋の惨状を見て仰天した。


「お、おい、アイリーン、大丈夫かぁ?」


 先ほど散歩を満喫して塔まで戻って来たニームは、去り行く鬼妹エミリーの後ろ姿を目撃している。


 エミリーはとにかく恐ろしい女だ。昔ニームが庭を散歩していたら、うっかり彼女に見つかってしまい、残虐な方法で踏み殺されそうになった。別にアイリーンの相棒だからという理由で襲われたわけじゃない。エミリーは単に動物が嫌いなのだ。


 そんなことがあったので、ニームはエミリーの視界に入らないよう、いつも細心の注意を払っていた。幸いアイリーンの部屋に住み着いていることはバレていないので、エミリーが来た時は素早く身を隠すようにしている。


 そのため先ほどまでは、『あっぶねぇ、エミリー来てたのかよ、部屋にいなくてよかったぁ』なんて呑気に考えていたのだが……。


 アイリーンは床に正座して、散らばった鉢植えを片づけている。俯いたアイリーンの肩が小さく震えていることにニームは気づき、『泣いているのか?』とぎょっとした。


 アイリーンは大人しい女の子だが、驚異的に我慢強いので、泣くことがほとんどない。


 ……一体、鬼妹に何をされたんだよ? 大事なクロッカスの鉢植えを壊されたせいで、しょげているのか?


「おい、アイリーン」


 近寄って行ったニームは、アイリーンのウサギマスクがドロドロの膿で汚れているのを見て、ひぃと飛び上がった。


「うわ、汚ねっ……!」


 反射的に叫ぶと、アイリーンがピタリと片づけの手を止め、ニームのほうに顔を向ける。少し目を細めて、拗ねたような顔だ。アイリーンの眼球は泣いていたせいか真っ赤に充血していた。


「……さすがにひどくないかな、ニーム」


「すまねぇ、俺、正直なんだ」


「フォローになってないよ」


「アイリーン、そろそろ学べ。今度エミリーが来たら、全力で逃げろよ。相手すんな」


「……うん。がんばってみる」


「しゃあねぇ、汚ねぇから気が進まないけど、薬塗ってやるわ」


 ニームは「うげキモイ、こんなグジュグジュ見たらもう飯食えない、食欲なくなる」とブチブチ愚痴りながら、アイリーンの怪我の手当をしてやった。


 アイリーンは元々ウサギマスクの下に包帯を巻いていたので、マスクと包帯をすべて取り払うところからニームがしてくれた。ニームは口が悪いわりに(そして口にするすべてが嘘偽りなく本心であるわりに)、面倒見が良い。


「ニ……ニーム……あ、ありがと」


 床に正座して治療を受けながら、アイリーンはきゅっと目を瞑り、つっかえつっかえニームにお礼を言う。これ以上泣かないようにと顔に力を入れたせいで、口元がへの字に引き結ばれている。


「……いいから鼻水拭け」


「ご、ごめん」


 ぐず、とアイリーンは鼻をすする。


 ウサギマスクを取り外したことで現れたアイリーンの髪は、癖のない美しいプラチナブロンドで、薄暗い部屋の中でキラキラと輝いているのだった。




   * * *




「――光を知らぬ勇者よ」


 闇の中から歌うような艶のある声が響いてくる。


 レジナルド・カーディフ公爵は悪夢にうなされていた。悪夢――……いや、これは本当に夢なのか?


 何者かに首をじりじりと締め上げられている。


 レジナルドは微かに目を開いた。自身は仰向けに寝ていて、こちらに覆いかぶさる影がひとつ。


 必死で手を持ち上げ、首を絞める腕を掴む。手首を握りつぶさんばかりに力を込めてみたが、相手が退く気配はない。


 実体がある――これは現実だ。


 どのくらい寝ていた? 昨夜床についたのは日付が変わる前だった。


「今はね、深夜の二時ですよ」


「……心が読めるのか」


「いいえ? なんとなく、教えてあげようかなと思っただけです」


「お前は……誰だ」


 喉を絞め上げられているので、言葉を出すのも難儀だ。レジナルドの問いを受け、相手が笑みを漏らした気配があった。


「お初にお目にかかります。わたくしの名はゴモリー、以後お見知りおきを」


 吟誦公爵ゴモリーか……! とんでもない大物が出てきたものだ。


 暗闇に目が慣れてきて、薄ぼんやりとゴモリーの姿を見ることができた。


 ――男か女か判然としない。そもそも悪魔に性別があるのかも分からないが。


 たおやかで優雅な佇まい。長い髪は癖がなく、頭部からは水牛のような角が生えている。頭部に薄い紗のヴェールをつけているが、からげていて顔は晒していた。絹の長衣は王族の纏うもののように滑らかで豪奢である。



「ヴェールの聖女2巻」本日(6/9)発売です。どうぞよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 3本連載開始、最初に読みやすそうなところを読んで次に一番きつそうなものを読んでみてしまいました。 虐げられているけど本当は隠している顔の下はきれいな顔がとかそういうことはなくて(いずれ治る…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ