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負け犬、もっとみじめな顔を見せなさい


「何よ、アイリーン……またなの?」


「エミリー?」


「聖女エミリー、だってさっきから言ってるだろうが!」


 爆発。エミリーは獣のように歯を剥き出しにして怒鳴り始めた。理性が飛んでいるらしく、瞳孔が開きかけている。


「わざとなの? わざと私を軽んじてるわけ? あんた本当は性悪でしょ、分かってるんだから! それなのにさぁ、いつもいつも良い子ちゃんぶってさぁ! 忌々しいんだよ、お前はぁ! はぁ? 何? 『私は清らかな聖女様です』とでもアピールしたいわけ? 誰向けのアピールだよ、馬鹿女が」


「そんなわけ、だって聖女はあなたなのだから……」


「そうよ、私なんだよ! 聖女は私なの! あんたじゃない! あんたは底辺の存在なんだから! キモイ化けものなんだから! 化けものは化けものらしく、地べたを這いつくばってろよ!」


 エミリーの怒鳴り声が部屋に轟く。アイリーンは怯え、体を縮こませた。……大きな声は怖い。やめて、お願い、やめて……。


 ははぁ! とエミリーが目を剥いて笑う。興奮した彼女が口を開くと、辺りに唾が飛び散った。


「残念でしたぁ! あんたはどんなにここで『聖女です』アピールしても、ボロ雑巾女のままだから! 一生このしみったれた部屋にいなよ! その間抜けなウサギマスクをかぶってさぁ!」


「やめて……」


 アイリーンが弱々しく懇願するのを聞いて、エミリーの怒りと残虐性は跳ね上がっていく。地団太を踏み、唇を歪め、声はどんどん大きくなる。


「見なよ、このドレス! 見なさい! 今日はね、あんたにこの新調したドレスを見せにきたの! 私はすぐに由緒正しい公爵家様――大金持ちの、めちゃくちゃ格好良い男性のもとに嫁ぐのよ! 美しい私の姿を目に焼きつけなさい、みじめなアイリーン! どう? 私はあんたと全然違うんだから! 私は勝ち組なんだから!」


 先日ハートネル教会にて行われた列福精霊審査――多くの少女たちが呼びかけても、光の精霊は冷たいもので、一切応えようとしなかった。


 ところが。


 エミリーが祭壇に立つと、一瞬で空気が変わった。音もなく聖なる光がそこかしこに発現し、綿毛が風に運ばれるかのように、淡い光がひとつ、ふたつ……と彼女の右手に集まってきた。


 コートニー司教は目を瞠り、顔を強張らせていた。コートニー司教――ああ、忌々しい、くたばり損ないの老人。


 どういう訳か、コートニー司教は昔からエミリーに対して当たりが厳しかった。――エミリーがまだ十歳の子供だったころから、十七歳になる現在までずっと。


 コートニー司教がバデル家の子供と最初に対面したのは七年前で、その時にはすでに姉のアイリーンは顔に問題ができて屋敷の奥深くに引きこもっていた。表向きは『一番上の子は重度の病気』ということで通していたので、コートニー司教はアイリーンと会ったこともない。直接知らないのだから、姉と比べて妹がどうこうということもなく、彼は純粋にエミリーのことを嫌っていたようである。


 別にエミリーが何か粗相をしたというわけではない。なぜなら昔からエミリーは外ヅラが大変良く、大人からチヤホヤされていたからだ。彼女は人が見ているところでは、『お淑やかで可憐なエミリー・バデル伯爵令嬢』の仮面をかぶり続けた。たとえ気が狂うほどに苛々していても、公の場ではたおやかに微笑み、寛大で親切であるという演技を貫きとおしてきた。


 だというのにあの抜け目ない司教ときたら……いつだって見透かすような目で見てきて、感じが悪いったらなかった。私ほど美しい少女を彼が敵視するのはなぜだろうと、エミリーはずっと不思議で仕方なかった。……まぁ理由なんてないのかもしれない。あの老人はイカレていて、異常なのだ、たぶんそれだけのこと。


 今回の列福精霊審査で、あのいけ好かないコートニー司教をぎゃふんと言わせられたのは収穫のひとつである。でもそれは復讐劇の始まりにすぎない。カーディフ公爵家に嫁いだら、絶大な権力を手にできる。そうしたらあの忌々しいコートニー司教から、すべてを奪ってやらなくては。老いぼれめ、泣きながら後悔するといい――エミリー・バデルに喧嘩を売った自らの愚かさを悔いながら、みじめに死ぬといい。


 とにかくエミリーは勝ったのだ。これ以上ない勝ち方をした。それをコートニー司教も、姉のアイリーンも、よくわきまえる必要がある。


「負け犬、もっとみじめな顔を見せなさい。もっと卑屈な顔をしなさいよ。それとも馬鹿すぎて、自分が負けているって気づいてない?」


「そんなふうに勝ち誇らなくたって、あなたは昔から勝ち続けているわ。どうして分かり切ったことを言うの?」


「どうしてって、あんたが全然分かってないからだよ! なんなの? その我関せず、みたいな顔! ふざけんじゃないよ!」


「だって――だって事実、私には関係ないわ! 聖女になれるわけがないんだもの! 聖女どころか、まともな暮らしすらできていないんだもの!」


 アイリーンの瞳から大粒の涙が零れる。聖女になりたいなんて、自分はそんな大それたことは願わない。けれど教区の女の子がみんな列福精霊審査を受けるために教会に行ったのに、アイリーンにはその権利すら与えられなかった。それが何より悲しい。


 ……どうして? 私だって同じ人間なのに! 化けものなんかじゃない! ほかの人とちょっと顔が違うけれど、みんなを怖がらせたりしないよ……みんなと仲良くしたいよ……お友達が欲しいよ……ひとりはやだよ……。


 みんなが受けたのなら、私も受けたかった。それで一緒に受けたけれど落ちた子に「お互い、だめだったね」って話しかけて、慰め合いたかった。


 そんな普通の日常を願っていた。


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