勇者の一族③ 終
リードはちらりと三時の方角に視線をやり、口角を上げる。
やっと来たか……遅いぞ。
「さて――そろそろ終わりにしようか」
右手のひらを天空に向け、高く突き上げる。
遥か上空に魔力の渦が発生し、中心部に集約されていく。上空に発現した火球は紫の光を放ち、とてつもない大きさ。地面からかなり離れているのに、地表にまでジリジリとその熱波が届く。
『――紫炎降下弾――』
空気が縦に裂ける。天空から地へ、目視できない速度で尾を引きながら火炎が落ちた。
ピンポイントで着弾。
炎獄に包まれたレギオンの影が黒く浮かび上がり、その未練がましい残影はすぐに高熱でかき消された。
大爆発。
爆風は外へ外へと広がり、周囲の木々に炎が燃え移っていく。
「――チャック、早く出て来い! 出番だぞ!」
リードが大声で怒鳴ると、横手の木陰から渋々(?)といったていで、チャック・チェリルが進み出て来た。彼の家もまたカーディフ公爵家の分家筋に当たる。チェリル子爵家の嫡男――彼はまだ十五歳なので、少し線が細い。
チャックは犬の子のように呼びつけられ、顔を引きつらせている。
「……まったく好き勝手にやりすぎなんだよな、脳筋め」
チャックはブツブツ文句を言いながら、右手をかざして広範囲に氷魔法を発動させた。やる気がなさそうなわりに氷魔法の威力は十分すぎるほどで、危なげなく延焼を防いだ。
「あれ……なんかパワーアップしている? 今日、異様に調子良いな」
チャックが右手を見おろしグーパーしているのを眺め、リードは口をへの字に曲げた。
「今さらかよ。――お前も感じただろう、さっきの衝撃波」
「ああ、なんか体の中を抜けて行った。あれ、何?」
「大聖女爆誕の瞬間だな」
「そうなの?」
「半月ほどか前から、ハートネル教会で列福精霊審査をしているはずだ」
リードたちは中部都市ヘイルからこの山に入ったのだが、オーク退治をしながら西へ西へとどんどん移動していったので、今いる場所はハートネル教会からそう遠くないと思われる。このままさらに西へ向かって下っていけば、ハートネル教会に辿り着く。
「あー、なるほど、列福精霊審査ね。レジナルドの奥さん決めか」
「くそくだらねぇ」
リードが心底どうでもよさそうに吐き捨てるので、チャックはそれを見てへらへら笑った。
「えーなんで。聖女が可愛いかどうか興味ない?」
「ないね」
「えー」
「なぜなら俺には可愛い婚約者がいるから」
ふふふ、とちょっと得意気に頬を赤らめる脳筋を、死んだ目で眺めるチャック。
「……趣味悪ぅ。あの地味眼鏡のどこがいいんだ。我が姉ながら、魅力がこれっぽっちも分からない」
「なんだお前、殺すぞ! 俺の女を悪く言うんじゃねぇ!」
リードが激怒し、チャックの頭をぶん殴る。容赦のない鉄拳制裁だ。殴られたチャックは首がもげたかと思った。
「い、いでぇ! くそリード、フラれろ! 浮気されろ!」
「お前、根性ド腐れてるな。未来の義兄として、叩き直してやろうか」
「うざっ。つーかさ、なんでそんな元気なわけ? あんたが通った道が、一番オークが多かっただろ」
「誰か知らんが、今代の聖女はすごい。さっきので怪我が全快した」
「あれって回復魔法だったの? 僕さ、今回ずっと楽していたから、ビフォーアフターの変化が分からない」
「回復魔法というよりも、制限されていた力が戻った。そのせいで自己治癒能力が強制的に高まったのかもしれない」
リードは数秒のあいだ考え込んでから、やがて凶悪に顔を顰めた。
「しゃーねぇ、こうなったらレジナルドの馬鹿をぶち殺しに行くか。目と鼻の先だし」
「ええっ?!!!!」
普段はのらりくらり力を抜きがちなチャックが、腹の底から大声を上げる。『お願い、僕を巻き込まないで!』――その中性的な顔に、はっきりとそう書いてあった。
「いやいやいや、リードさんや、イカレちゃったの? もしかして」
「俺は正気だ」
「どこが正気だ――カーディフ公爵をぶち殺すとか、口に出すだけで反逆者とみなされるからね」
「口に出すだけじゃねぇ。俺はやる。結婚式か……間に合うかな? 花嫁の前であの男をぶち殺してやろう」
「すごい馬鹿。絵に描いたような馬鹿」
「いいからお前も来い――時は来た」
リードは返事を待たずに歩き出す。
チャックは一瞬呆気に取られ、
「ちょっと待ってってば!」
慌てて彼を追いかける。
ふたり並んで歩きながら、
「……ところで、チャック。お前以外はどこ行ったんだ。全員無事か」
「無事。リードと分断されたあと、僕が咄嗟に、安全そうなほうに誘導したからね」
「じゃあ、なんで今ここにいない」
「みんな、あんたの火球がぶちあがったのを見て、恐れおののいて麓のほうに逃げ出したからだよ!」
間の抜けた会話を交わしながら、勇者の血縁者たちは山を下りていった。
* * *
こうして。
――勇者に強い関心を寄せる魔王メドラウドとその配下。
――勇者の血縁であるリードとチャック。
――聖女になった姉のアイリーンを逆恨みするエミリー。
曲者たちがそれぞれ別の思惑で、カーディフ公爵とアイリーンの婚礼が行われるハートネル教会を目指していた。
4.ハートネル教会を目指せ(終)