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勇者の一族①


 ――魔王メドラウドが勇者と聖女のもとへ行くと決めた、すこし前。


 中部地方ヘイル。


 ルーファス・リード伯爵家令息は、その時オーク退治の真っ最中だった。


 リードが通ってきた山道には、少し前まで貪欲に人肉を求めていた薄汚い豚もどきが、物言わぬ屍に変わり果てて横たわっていた。


 斬り伏せた魔物が五十体を超えたあたりで、リードは何体殺したのか数えるのをやめた。数を把握していると、「これだけやってもまだ終わりそうにねぇぞ」と剣を捨てたくなりそうだったから。


 今回の討伐任務では七名で隊を組み山に入った。しかし狩りを始めてすぐに敵が雪崩のように押し寄せてきたので、押されに押された結果、陣形を保っていられなくなった。


 気づけばひとり。ほかの仲間がひと塊でいるとも思えないので、みんなきっと似たような状況だろう。


 ……あとは自己責任でなんとかしのいでくれ。


 そんなことを考えながらリードは魔法剣を振るい、オークの突き出た腹をぐ。普段はツンツンした彼の赤毛が、血をすって重みで垂れている。


 腐臭と汚濁にまみれた地獄絵図。戦って戦って嫌気がさしてもまだ戦って、それでもやり続けなければ、我々は生き残れない。ただ生きていく――その当たり前のことが、自分たちにはとてもシビアだ。


 先の大戦で魔王が滅び、世界はすっかり平和になったと信じ込んでいる者も多い。


 しかし最前線で戦い続けているリードからすれば、まったくそんなことはないのだった。


 今の状況は単に、町に魔物の群れが辿り着く前に、誰かが体を張って食い止めているだけだ。『勇者』という名声がなくとも、各地で必死に戦っている大勢の者たちがいる。


 ……ただまぁ、『昔は魔物を食い止められず、やつらは人里まで下りてきて被害を与えていた。今はそうなる前に抑えられているのだから、平和になっているじゃないか』と言われれば、それはそのとおりかもしれないけれど。


 ……いや、でもさ。やっぱり変だよな。実際にこの光景を見ても、同じことが言えるのか?


 オークを斬りすぎて、腕が痺れてきた。鍛えていても、こうして動き続けていれば消耗していく。魔物のタフさがちょっとだけ羨ましい。


 ――『弟のレジナルドをよろしく頼むね』――……


 戦闘がしんどすぎて現実逃避したくなったのか、余計なことを思い出してしまう。


 二年前に夭逝(ようせい)した前公爵、サミュエル・カーディフの物柔らかな声。


 あの時――『弟のレジナルドをよろしく頼むね』と言われたリードは、


『なんで』


 とつっけんどんに返した。


 サミュエルのことは好きだった。実の兄のように慕っていたし。


 けれどあの時ばかりは、全力の顰めツラで彼の顔を見返したのではなかったか。


 三歳年下のリードが生意気を言っても、サミュエルは怒らず、ただ淡く微笑むばかりだった。


 彼の笑みはいつも夕焼けを思わせた。……温かなようでいて、どこか寂しい。


『リードはレジナルドと同い年だろう?』


『俺、あいつ嫌い』


『それならなおいい』


 彼がくすくす笑う。


『訳が分からないんだけど』


『ふたりとも、もっと強くなれるよ』


 ……今でもたまに思うんだ。あの人は、自分が死ぬと分かっていたのかな、って。


 どんな気持ちであの台詞を口にしたのだろう。『弟をよろしく』――自分のことより、レジナルドの行く末を気にしていた。もっと自分のことを気にすればよかったんだ。そうしたらもっとさ……何か変わっていたんじゃないのか。


 リードの家はカーディフ公爵家の分家筋に当たる。


 当国には原則本家・分家という概念がないのだが、カーディフ公爵家は勇者の血統を護っていかなければならないため、義務として三つの分家を抱えていた。リード伯爵家はそのうちのひとつである。


 本家の嫡子が死に絶えれば、分家筋の中でもっとも強い男子が本家の家督を継ぐことになる。つまり分家筋の者たちも、勇者の血を絶やさないという義務を負っているのだ。


 リード自身も勇者の血を引いている。少し特殊な関係性ゆえ、カーディフ公爵家は他家であり上位者でありながら、リードからするとひとつの家族という感覚なのだった。


「――くそ馬鹿野郎のレジナルドめ! いつもいつもすかしやがって、気に食わねぇ!」


 リードはそう吐き捨て、目の前のオークを狩る。


 ああくそう、ちまちまちまちま、剣で倒すの面倒だな!


 リードは火炎魔法の使い手だ。一発ドカンと炎で焼き尽くしてしまえば楽なのだが、色々と状況が悪い。


 まず、味方の現在地を把握できていなので、好き勝手に放つと巻き込んでしまう危険性があった。そして敵が少数ならばピンポイントで狙いを定められるが、広範囲に向けて行使するとなると、山火事の心配をしなくてはならない。


 だから地道にやるしかない。斬って、斬って、斬って、斬って進むうち、上っていたはずが、いつの間にか下り坂になっていることに気づいた。


 ――ピチャ、と足元で音がして見おろすと、どす黒い血の川ができていた。


 後方には倒してきたオークたちの死骸の山がある。そこから染み出した血が集まり、ひとつの流れとなって、目の前の道を下っているのか?


 しかし何かがおかしい。自然にできた流れというよりも、どこかへ吸い込まれていないか……?


 突然、ズン……と足元が揺れた。山全体が立ち上がろうとしているかのような、不気味な揺らぎ。


 ビリビリと肌の表面が痺れ、怖気おぞけが走る。


「おいおいおいおい……」


 リードはひとり呟きを漏らした。すでにもう限界近くまで体を酷使しているんだが。さすがにこれ以上は無理だぞ。


 ズン、ズン……振動が断続的に続く。血が流れて行く先を注視していると、大樹が何者かに押され、バキバキと音を立てた。


 木を薙ぎ倒して現れたのは、腐った何かの塊。うごめく灰色の腐肉から、生気のない豚の頭部がいくつもいくつも突き出している。ぞっとするような怪物だった。


 見上げるような巨体で、身の丈は十メートル以上ある。


「冗談だろ」


 リードは盛大に顔を顰めた。


「ここでレギオンが出て来るのかよ……!」


 今日は厄日だ、リードは八つ当たり気味にそう考え、奥歯を噛みしめた。



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