黙り込んだエミリー
「……カーディフ公爵っておいくつなの?」
アイリーンはおずおずと尋ねる。
「え?」
「縁談って、私……あなたは公爵家のご子息と結ばれるのかと……」
あちらが慣例どおりに進めようとして、十七歳の妹がひと回りもふた回りも上の当主と結婚させられるのでは? と心配になったのだ。公爵は前妻を亡くしているのか、あるいは現状結婚しているのに、新しく決まった聖女を迎えるために、今の妻と離縁するつもりなのか……とにかく状況がよく分からない。
深刻な様子でアイリーンが妹を見つめると、当の本人は呆気に取られたあと、数秒たってから顔をくしゃりと歪めて吹き出した。一度笑い始めると治まらなくなったのか、お腹を抱えて大笑いしている。それはとびきりのジョークを聞かされたかのような反応だった。
「やだもう! アイリーンたら、馬っ鹿みたい!」
「あの、エミリー?」
「だ・か・ら、聖女エミリー!」
きっちり訂正してから、エミリーは笑いすぎて目尻に滲んだ涙を人差し指で拭う。
「あーあ、おっかしい。あのね、アイリーン――カーディフ公爵は十八歳よ」
「え?」
「二年前、当主だった異母兄が亡くなって彼が爵位を継いだの。レジナルド・カーディフ公爵は現在十八歳で、ものすごーく格好良いんですって! 会うのがとっても楽しみ!」
エミリーが浮かれ切った様子でくるりとその場でターンしてみせる。新調したらしい毛織物の柔らかそうなドレスがふわりと翻った。動作とともにカールした茶の髪も艶やかに跳ね、気まぐれなエミリーの佇まいは妖精のようである。
お相手は十八歳……そうなのね。それなら妹のひとつ上だ。アイリーン自身は十八歳だから、自分と同い年になる。公爵と聞いて早とちりした。もっとずっと年配の方かと……。
アイリーンは自身の勘違いに気づかされて、思わず顔を赤らめていた。とはいえ彼女はウサギのマスクをかぶっているので、朱の差した目元しか露出していなかったのだけれど。
「ご、ごめんね……私、てっきり」
「カーディフ公爵と聞いて、五十過ぎとでも思った? 早とちりもいいとこだからね」
「そうね、でも」
アイリーンはほっとしたような笑みを浮かべた。顔の大部分が隠されていても、目出し帽から覗く優しげな瞳から、彼女の清らかな心が窺い知れる。
「私の勘違いでよかった。あなたの結婚相手が素敵な方でよかったわ」
エミリーに意地悪をされても、アイリーンは妹が不幸になればいいとは思わない。……とはいえ、それは愛情とは違うものなのかもしれなかった。妹が結婚してこの家を出て行ったら、寂しいと感じるか? と問われれば、正直なところ自分の気持ちがよく分からない。もしかすると、ほっとする部分もあるかもしれなくて。
けれどここから先、妹の人生が幸せであるならば、それは良いことだとアイリーンは思う。
魔物と戦う人生というところに不安は残るが、結婚相手が強い青年なら、きっと妹を護ってくださるだろう。考えてみれば、普通に生きていても魔物に襲われるリスクはある。ならばそれを倒せる勇者様のそばにいたほうが安全なのかもしれない。同年代というのも、心の距離を詰めやすいかも。
――祝福されたエミリーは姉の顔を見つめ返し、表情を失くした。口を開きかけ、そのままピタリと動きを止める。彼女はながいこと、そのままでいた。
けたたましく騒いでいたエミリーが黙り込んだので、部屋がふたたび静かになる。しかし今の沈黙は危険な何かを孕んでいた。
次第にエミリーの頬に朱が差していく。彼女の燃えたつような紫の瞳を見て、アイリーンは妹が激怒していることに気づいた。