魔王メドラウド
――時はさかのぼり、アイリーンが『列福精霊審査』を受けた、ちょうどその頃。
プロヒビトゥム山の中腹。
崖の上に佇み、魔王メドラウドが感心したように呟きを漏らした。
「なるほど……そうきたか」
表情は窺えない。彼は先の大戦以降、獅子をかたどった兜を着けているからだ。
獅子の顔は上顎のところで切れているので、獣に頭部を丸呑みされているかのような不気味さがある。魔王メドラウドの顔は、口から下のみが露出していた。
何かを探るように黙り込んでいた彼が、ふたたび口を開く。
「ここまで、超高位聖魔法の余波が届いたぞ。今代の聖女は人間離れしているな」
そばに控えていた吟誦公爵ゴモリーが、神妙な顔つきであるじに尋ねる。
「しばし静観なさいますか?」
「――いいや」
魔王メドラウドの口角が上がる。笑んでいるのに、特に楽しそうなわけでもない。彼の心中は誰にも推し量ることができないだろう。
「挨拶がてら、顔を見てくるとしようか。それで退屈させられそうだと判断したら、聖女のほうはすぐに殺してしまおう」
「御身みずから……でございますか」
「なんだ、不服そうだな」
「陛下のお手を煩わせるまでもありません。わたくしが行って、聖女を殺して参ります」
「今のお前には少々荷が重そうだが」
「……ではベリスにも手伝ってもらいます」
魔王メドラウドこそ万全の状態ではないことは、ゴモリーにはよく分かっている。不敬なのは百も承知であるが、あるじを危険に晒せない。自分とベリスが協力すれば、現段階なら聖女を確実に抹殺できるだろう。
魔王メドラウドが黙り込んだので、ゴモリーは許可をいただけるものと思い込んだ。
しかし。
「――いや、やはり私が行く」
「魔王陛下」
「勇者と聖女の現在地は、ハートネル教会――結婚式に乱入してやるのが一番面白そうだが、どうだろう、間に合うか? 微妙なところだ」
「あの、魔王陛下」
「そんな顔をするな。置いていきはしない。お前も供に付けてやるから」
「必ずやわたくしめが聖女の息の根を止めてみせます」
「ああ、勘違いするな。私は聖女よりも、勇者のほうに興味があるんだ」
「……レジナルド・カーディフ公爵、ですか?」
「そう」
魔王メドラウドが今度ははっきりと笑う。
「私はレジナルドに大変興味がある」
「なぜ……ですか」
「理由などどうでもよかろう」
どうでもよくはない。ゴモリーはなんとか平静を取り繕ったものの、心の中は嵐だった。
……一体どういうことだ?
自分が知る限り、魔王メドラウドが誰かに対してここまで注意を払っているのを見たことがない。
二十八年前の先の大戦で、先々代の勇者に裏をかかれた時だって、彼は退屈し切っていた。それにより多大なダメージを負ったというのに、だ。
――レジナルド。確かに不思議な男だ。
ゴモリー自身も先日彼に対面した際、強い関心を抱いた。
……しかしそれでもやはり納得がいかない。魔王メドラウドにとって、あの男はなんなのだろう。
先日魔王陛下より、『勇者に直接会って、どんな男か見てこい』と命じられた。ゴモリーはもちろん従った。じかに会うことが目的だったので、あの時ゴモリーがレジナルドに伝えた文言はどうでもよかったのだ。
用を済ませて戻ると、陛下から尋ねられた――『あの男と私の共通点に気づいたか』と。
ゴモリーは彼の言っていることが理解不能すぎて、思わず黙り込んでしまった。そしてこの話はそれきりになっていた。
……すべてが解せない。
一度配下の目を通してレジナルドを観察させてから、その上でみずから会いに行く――らしくない念の入れようだ。
ゴモリーはレジナルドに嫉妬した。