表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/32

カーディフ公爵に殺される?


 突然カーディフ公爵が結構な暴挙に出たので、アイリーンは呆気に取られた。


 つい今さっき『優しい人』と思ったところだったので、余計に驚いてしまう。


 アイリーンは慌てて椅子から立ち上がり、カーディフ公爵の腕を押さえた。


「ニームの耳を掴んではいけません!」


 カーディフ公爵はニームの両耳を左手で握り、宙に吊るしている。


 ニームは顔がちょっと縦に伸びてしまっていて、全身だるーんとさせているのだが、鼻のつけ根に皴が寄っているので、どうやらおかんむりらしい。


 カーディフ公爵がニームに話しかけた。


「教会に入り込むとは図々しい。盗人が監獄に押し入るようなものだぞ」


 アイリーンは『どういう意味だろう』と思った。


 とはいえニームを救出するのが先だ。カーディフ公爵の腕を揺すってニームを下ろすよう促すのだが、彼はそれを意図的に無視している。


 ニームがだるそうに答えた。


「別にいいだろー、俺はアイリーンの相棒なんだから、ここにいたって」


「これは何かのトラップか?」


「違う。別にあんたを嵌めようってんじゃない。俺とアイリーンは昔馴染みだ」


「昔馴染み?」


「知り合ってもう、七、八年になるかな」


「本当か?」


 カーディフ公爵の青い瞳がこちらに向く。アイリーンは頷いてみせた。


「はい、そうです」


「……なるほど」


 一応納得がいったらしく、カーディフ公爵はニームをテーブル上に戻す。


 ニームは自分でウサギ耳を引っ張ったり丸めたりして、いい感じに直してから胸を張った。


 アイリーンはホッと胸を撫で下ろし……『あれ?』と思った。ニームを眺めおろし、眉根を寄せる。


「……ニーム」


「おう、なんだ」


「もしかして、ずっとスカートの中にいたの?」


「まぁそうだな」


 まるで悪びれていないのだけれど、どういうつもりなのだろうか。アイリーンとしてはかなりの衝撃である。


 アイリーンの服は貴族令嬢にしては質素で、庶民のそれに近い。それでもドレスの下にシュミーズやペチコートを着込んでいるから、そのヒラヒラの中に小さなニームが紛れ込んでいてもまるで分からなかった。というか、ニームが上手うわてだったのだろう――アイリーンの移動に合わせ、巧みに歩調を合わせていたからこそ、気配がなかったのだろうし。 


「なんでそんなことを?」


 理解できない。普通に「同行する」と言ってくれればいいのに。


 ……よくよく考えてみると、馬車での移動中もそうだし、『列福精霊審査』のあいだもずっとスカートの中にいたってすごくないかしら? それとも入ったり出たりして、物陰に隠れてやり過ごしていたとか? 


「アイリーンに言っちまうと、足元をチラチラ気にしそうじゃん? その視線の動きでバレると困るからな」


「バレると困るの?」


「そりゃまずいよー。うっかり見つかって、殺されたら嫌じゃん」


「誰に殺されるっていうのよ」


「カーディフ公爵とか、コートニー司教とか」


「そんなわけないでしょ」


「そんなわけあるよー。さっきのカーディフ公爵の手つき見ただろ。すごい速さで耳掴まれたからな」


 それは……確かに。


 アイリーンは先ほどカーディフ公爵を止めに入ったので、まだ彼の横に立ったままだった。


 カーディフ公爵のほうを見おろすと、彼は瞳を細めてニームをジロジロ眺めている。


 横顔のラインがとても綺麗で感心してしまうのだが、カーディフ公爵は無表情であるものの、なんだかげんなりしているように見えた。


 カーディフ公爵が気まぐれのようにこちらを見上げる。


「――アイリーン」


 名前を呼ばれて、今さらなのだけれど、ドキリとした。


 とても綺麗な声。ほかの誰かが「アイリーン」と呼ぶ時とは、まるで違う響きに感じられた。


「……はい」


 意図せず返事が震えてしまう。けれどアイリーンが変なことにはもう慣れているのか、カーディフ公爵は気にした様子もなかった。


「このニームとやらは『悪魔』だぞ」


「……え?」


「しかも八将――かなりの大物の右腕だった悪魔だ。君はどえらいやつと組んでいるな」


「悪魔?」


「そう」


「でもニームは精霊だって自分で言って……」


 ニームがウサギ頭の後ろで両手を組み、ウサギヒゲをピクピク動かした。……なんだろう……目を細めているせいで、ちょっとふざけているというか、鼻歌交じりな顔に見えてしまう……。


「悪ぃなアイリーン。だって言えないじゃん? 俺実は悪魔なのよー、なんて」


「嘘ついてたの?」


「別に嘘ってわけでもないじゃん。悪魔も精霊も似たようなもんだろ」


 すごい屁理屈。アイリーンが呆れていると、カーディフ公爵がニームのほうに手を伸ばし、人差し指と親指でニームの鼻の穴を押さえた。


 ス、ピー……とニームの息がつまる。


「解釈の違いというのは一理あるとしても、アイリーンに正直に告げることはできたはず」


 子供じみた悪戯(?)をしながら、ちゃんと正論を口にできるカーディフ公爵ってすごい。


「なんらのー……らっておらぁ……ほんなんふぁー……」


 何言っているのか全然分からない。カーディフ公爵もそう思ったのか、指をパッと離した。


「いやさぁ……そうすると自慢みたいになっちゃうからぁ」


「自慢?」


「わし、今はもう抜けたけれど、ちょっと前まで八将のひとりの右腕をしててな、実はこう見えて大物ですねん、なんてさぁ」


「…………」


 アイリーンはちょっといたたまれなかった。……ニーム、ちゃんとしっかり見て……カーディフ公爵の絶対零度な顔を……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ