木っ端微塵に砕け散る
「レジー、どうしたの?」
縋るように彼の腕に触れると、彼の意識がこちらに引き戻された。
澄みきった青い虹彩がエミリーのほうに向き、そして――……
「ねぇ、レジー?」
視線が絡んだ瞬間、エミリーは強い違和感を覚えた。ふたりのあいだに確かに芽生えかけていたはずの繋がりが、突然ブツリと断ち切られたかのような感じがしたからだ。
え……まさか私は彼に拒絶されるの? いえ――いえ、そんな馬鹿な。そんなことあるはずがない。
エミリーはネガティブな考えを強引に断ち切った。
――美しい私を前にして、カーディフ公爵は夢心地なはず――頭の中でそう繰り返す。彼が私にガッカリしたなんて、そんなおかしなことが起こるわけないわ。
「――今の衝撃波を、感じ取れなかったのか?」
カーディフ公爵にそう問われ、エミリーはゾッと寒気がした。というのもまさに彼の言ったとおりで、何も感じ取れなかったからだ。
喉が渇く……エミリーはゴクリと唾を飲み込み、必死で彼に縋った。
「そ、それはたぶん、朝、頭を強く打ったせいだわ」
「は?」
「姉のアイリーンに殴られたの、彼女は怒るといつもそうで……こちらも受け身は慣れているはずなんだけれど、今日は当たりどころが悪かったみたい。殴られたせいで、私は今本調子じゃなくて……だから……ああ、やだ、こんなことを言うべきじゃなかったわ」
顔を赤らめ恥じ入る演技をする。『身内のことを悪く言うのは気が咎めるわ、優しい私は普段こんなふうに人の悪口を言わないのよ』というふうに。
とはいえエミリーは彼に伝えておかなければならないことがあった。だから促されてもいないのに言葉を続けた。
「聞いてちょうだい、大事な話があるの。姉のアイリーンのことよ」
「…………」
「姉は癇癪持ちで、とても難しい人なの。『列福精霊審査』を受けるのは皆の義務だというのに、アイリーンは我儘を言って、ずっと受けようとしなかった。『どうして受けないの?』と訊いたらね、彼女は『駆け込みで最後に受けたほうが、目立つでしょう?』と言っていたわ」
エミリーはツラツラと話しながら、頭をフル回転させる。
あとほかに言っておくべきことは?
そう――あれだ――アイリーンがカーディフ公爵の顔を見たら、彼と昔会っていることをきっと思い出す。それで「私があの時のリイよ」なんてうっかり口に出されたら、エミリーとしては大打撃だ。
邪魔をしなくちゃ。
カーディフ公爵がアイリーンのことを、『この嘘つき女め』と考えるよう、先入観を植えつけておく必要がある。
エミリーは早口に続けた。
「それにアイリーンはとても嘘つきなの。その点、くれぐれも気をつけて。あのね、そう――昔アイリーンに、あなたと会ったことを話したのだけれど――そうしたら彼女、突然私の真似をして、ウサギマスクをかぶり始めたのよ! 『今日から私がリイよ! レジーと会ったのは、私ってことにする!』と言い出して、すごく怖かった。ウサギマスクをかぶるのは、私のお気に入りの仮装だったのに、アイリーンは真似っこが好きなのよね。いつも私を羨んで、なんでも真似をしてた。だからもし――姉があなたに会った時に、『私がリイよ』と言い出したとしても、どうか気にしないで、聞き流してあげてね。『嘘をつくな』と叱らないでやって。顔が醜い、可哀想な人なのよ」
エミリーは悲しげな顔を取り繕った。
「それで今、問題のアイリーンはハートネル教会に行って、審査を受けているの。でもね、聞いて――私は光の精霊を十個以上発現させた! ねぇレジー、もしも、もしもよ――姉が私より良い結果を出せたのだとしても、あなたが私を推してくれさえすれば――」
長々と訴えるエミリーの言葉を、レジナルドが途中で遮った。
「この場でアイリーンの結果を推察する必要はない」
「レジー」
エミリーは目をウルウルさせ、期待を込めて彼の美しい顔を見上げた。
ええ、そうよね――アイリーンが良い結果を出せるわけがないもの。それにあなたは私の味方をしてくれる。
エミリーは期待した。いや、期待というよりも、己の魅力を鼻にかけていたので、『アイリーンのことなどカーディフ公爵はどうでもよくて、彼は一刻も早く私を抱きたがっているに違いない』と能天気に考えていた。
ところが、だ――エミリーの希望は木っ端微塵に砕かれてしまう。