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逆恨みする女


 玄関ホールに出て行ったエミリーは、雷に打たれたような心地がした。


 ――なんて美しい男性なのかしら!


 彼は本当に人間? こんなに欠点のない人間って存在するの?


 すらりとした、素晴らしく均整の取れた佇まい。端正な顔立ち。


 癖のない黒髪は品が良く、瞳はとびきり上等なサファイアの煌めき――深い、深い、青。


 なんとも涼やかな目元なのに、人畜無害な爽やかさではなく、悶えるほどに危険な色気を強く感じた。


 彼に強引に抱きしめられ、口づけされたなら、どんな気分かしら……エミリーの体がカッと火照る。


 同年代の貴族子息と、遊びでキス以上のことを何度かしたことがある。けれど断固として最後までは許さなかった――だって結婚する時に問題が出ると困ると思ったから。


 聖女になる、ならないは別として、エミリーは昔から玉の輿に乗るつもりでいた。


 爵位がとんでもなく高く、顔も良く、財産もある、最高位の男と結婚する予定だった。そして私にはそれだけの価値があるのだと分かっていた。


 それで――色々と我慢したかいがあったわ。


 かつて遊びでしてきた、あれらの淫らな行為を、目の前のカーディフ公爵とするのを妄想したら、もう我慢ができそうにない。


 ――この男は私のもの――絶対にアイリーンには渡さないわ!


 彼、きっと私に夢中になる――そうよ、だって私がドレスをはだけたら、それを見た遊び相手の貴族子息は目の色を変えていたものね。


 これから私は毎日カーディフ公爵のベッドで寝起きをするし、彼に愛を囁かれるし、心から求められるし、『エミリーは最高の女だ、もっと欲しい』と乞われ続けることになる。


 ――エミリーの興奮がピークに達した時、彼が奇妙な呟きを漏らした。


「……リイ?」


 これを聞いたエミリーは冷水をかけられたような気がした。


 リイ? ……――は――……今、リイって言ったの?


 リイってそれ、昔のアイリーンの愛称じゃないの。そんな馬鹿な、聞き間違いよ、だってそんなわけがないでしょ、ふたりはいつ会ったっていうのよ?


「え……どうしてその愛称……」


 彼のほうに歩み寄ろうとしていた足が思わず止まる。


 エミリーは全身が震え出しそうなほどにショックを受けていた。この時、彼女の胸に込み上げてきたのは、憎しみよりも恐怖だった。


 やだもう、嘘でしょう? ねぇ、またなの? またアイリーンにすべてをさらわれてしまうの? どうしてなの? どうしていつもいつもあの女は私の邪魔をするの?


 いつも、いつだって皆がアイリーンばかりに注目した。エミリーだってひとつ年下だというだけで、あらゆる面で姉と大差はないはずなのに。


 皆が目尻を下げてアイリーンだけを見る――可愛いね、偉いね――なんでよなんでよなんでよなんでよなんでよ! 私だって隣にいるのよ! こっちを見なさいよ! 私のほうが可愛いでしょ! 私のほうが偉いでしょ! 私のほうがすごいでしょ! ほら、私を見なさい! 私だけを見なさい! アイリーンなんて死んじゃえばいい! 消えちゃえばいい! あるいはものすごく醜くなって、皆に軽蔑されればいい!


 その願いを神様は叶えてくれた。アイリーンは『ボロ雑巾女』に成り下がり、エミリーは完全に勝利したはずだった。


 それなのに土壇場で、おかしなことになっている。


 カーディフ公爵が、


「……君は『リイ』なのか?」


 と掠れた声で続けた瞬間、エミリーは様々なことを悟った。


 ――アイリーンとカーディフ公爵、ふたりが過去に出会っているのは、もう間違いがない。


 そこで問題になるのは、いつ会ったのか。八歳以前――アイリーンの顔が爛れる前かしら?


 いえ、それはおかしいわ。だってもしもそうだったなら、カーディフ公爵は『リイ』の髪が『プラチナブロンド』であることを知っているはずだ。エミリーの『茶色』の髪を見て、「リイ」と呼びかけるはずがない。


 だからそう――おそらく彼はウサギマスクをかぶった『リイ』と出会ったのだ。あの忌々しいクソ女め、化けものみたいなナリをして、図々しくも塔から抜け出したことがあったのね。そういえば最初の頃、そんな恥知らずなことを何度かやらかしていた記憶がある。折檻してやったら、外出をやめたけれど。


 ったく忌々しい! あの化けもの女は、男を求めてそこらをフラついていたんだ――それで偶然彼に会ったってわけね? なんて悪運の強い、心根の汚れたクソ女だろう。



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