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エミリーの縁談


「どうして、って……だって邪魔されたら嫌だから」


 エミリーの呟きは低く地を這うような調子で、よく聞き取れない。


「え?」


「だから――ああ、もう、私は今大事な時期なのよ! すべてが上手くいきそうなんだから、それをアイリーンなんかにぶち壊されたくないってこと!」


「私、邪魔なんてしない」


「どうだか! あなたって昔から私の邪魔ばかりするじゃない!」


「そんな……」


「自覚がないなんてびっくり。それにね、アイリーンは存在自体が災厄なの。みっともないボロ雑巾女が家族にいるってバレて、縁談がだめになったら困るわ」


「あなた、縁談が進んでいるの?」


「そんなことも知らないの?」馬鹿ね、と言わんばかりのエミリーの勝ち誇った顔。「ハートネル教会で聖女に選ばれた者は、大貴族カーディフ公爵家に嫁入りできるのよ!」


 そんなことも知らないの? と言われても、八歳から外の世界と隔絶された生活を送っているのだから、知りようがない。


「カーディフ公爵家?」


「カーディフ公爵家は勇者の家系なのよ。今、共に戦うため――そして次代に強い子孫を残すため、あの家は代々聖女を迎え入れるの」


「そんな――それじゃエミリー、あなたはこれから魔物と戦うようなの?」


 アイリーンの顔が曇る。――どんなにひどいことを言われても、たったひとりの妹だ。『どうとでもなれ』とは簡単に割り切れない。


 それに妹はとても痩せている。子供時代にぽっちゃりして可愛らしかったエミリーは、一体何が気に食わなかったのか、「アイリーンはずるい! 私もそうなる!」と癇癪を起して、十代前半から極端な食事制限を始めた。以降彼女はずっと痩せ細ったままだ。


 ……何がずるいのだろう。アイリーンには理解不能である。だってアイリーンが痩せているのは、家の厄介者で、満足な食事を与えてもらえなかったからだ。お腹が空くのはつらいし、力も出ない。悲しい気持ちにもなる。何も羨まれることじゃない。


 それなのにいくらでも食べる権利があるエミリーは、自主的に飢餓状態に陥っている。彼女の食事制限は鬼気迫るものがあり、粗食を強いられているアイリーンよりも食べる量が少ないくらいだ。


 私たち姉妹はどうしてこうも歪なのだろうと、妹を見るたびアイリーンはいつも胸を痛めていた。自身の気持ちの問題で食べられないエミリーの姿を見ていると、なんだか痛々しくて気の毒に思えたから。


 妹は怒ると非常にパワフルである反面、食事を満足にしていないせいか、寝込むこともよくあった。エネルギーが足りていないのかもしれない。エミリーは捻挫をしたり、骨折をしたり、熱を出したりと、いつも何かしらつらそうだ。


 そんな華奢なエミリーがこれから魔物との戦いに身を投じることになるなんて、想像するのも難しい。彼女は(それは姉であるアイリーンも同じだが)戦闘訓練を受けたことすらないはずだ。嫁入りしたあと、どうやって切り抜けるつもりなのだろう?


 アイリーンが気遣わしげに妹を見遣ると、


「ちゃんと『聖女エミリー』と呼べと言っているでしょ!」


 先ほど『エミリー』と呼んだことに対して、『聖女』の称号が入っていないと注意が入る。


 つい省略してしまうのは、アイリーンとしては悪気があってのことではなくて、ずっと長いこと妹を『エミリー』とだけ呼んできたので、うっかりしてしまうのだ。それに今日は上がる話題が驚くことばかりだから、どうしてもそちらに気を取られてしまう。


「聖女エミリー、ねぇ――」


「大丈夫よ、私は魔物に殺されたりしない。二十八年前に起きた先の大戦で魔王は滅んだ。以降は魔物の大半が姿を消し、残存しているものも力を失っている。カーディフ公爵家は討伐を請け負っているけれど、ちょっとした害獣駆除と変わらないのよ」


「少数でも魔物は存在しているし、危険なのに変わりはないわ。結婚したらすぐに戦場に出るようになるんじゃ……」


「問題ないってば!」


「本当に?」


「私の旦那様になるカーディフ公爵は、とても強い方なんだから」


「お会いしたことがあるの?」


「まだお会いしたことはないけれど、評判は聞いているわ。彼は妻になる私のことを大切に護ってくださるはずだし、なんの不安もない」


 話を聞いていて、別のことが引っかかった。


 ……エミリーは先ほど、『私の旦那様になるカーディフ公爵』と言った? そのご子息ではなく?


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