追い詰められる一家
エミリーは泣きじゃくりながら、癇癪を起こした幼児のように、感情を爆発させて喚き立てた。
「一番可哀想なのは、この私よ! 聖女は私に決まったはずでしょう? 今日、私は幸せな花嫁になるはずなのに、なんでこんな嫌な思いをしなければならないの? おかしいじゃない! 私って世界一可哀想! 何も悪いことしてないのに――これまで私は親切にも、化けものみたいなアイリーンを生かしておいてあげたのに、恩を仇で返されたわ! 誰かがあの化けものを殺しておいてくれれば、こんなことにはならなかった! あいつは悪魔よ! 妹の私が美人で頭が良いのを妬んで、こんなふうに陰湿な嫌がらせをしているのよ! ハートネル教会に密告したのはアイリーンに決まっている! なんて――なんて醜悪な女なのかしら! 死ねばいいのに! あんなクソ女、死ねばいいのに‼」
これを聞いた夫妻はバツが悪そうな顔つきになった。
……さすがに「死ねばいいのに」は言い過ぎではないか、と思ったためだ。一応アイリーンのほうだって、血の繋がった娘である。
そもそも夫婦はこれまで、アイリーンを虐待してきたという自覚がなかった。
顔に問題がある厄介な娘だから、親の責任として、あの子を塔に閉じ込めるのは仕方のないこと。それは別に人道に反することではないはず……そう信じていた。
そして次女のエミリーが暇さえあれば「アイリーンってドブスの上に中身を磨く努力もしていなくて、馬鹿だし愚図だし図々しいし性格最悪だし、もうどうしようもないの!」と言うので、『そうなるともう害獣のような存在なので、世間の目に触れないよう、ますます厳重に隠さなければ』と考えるようになった。
顔に問題が出る前、アイリーンが幼かった頃は大切に可愛がっていた記憶があるが、それはそれ、これはこれである。
とはいえ。
今こうしてエミリーから『誰かがあの化けものを殺しておいてくれれば』とか『死ねばいい』などと極端なことを聞かされると、『これに同意してしまうと、さすがに一線を越えるのでは? 世間にも示しがつかないのでは?』という、なんともいえない気まずさを覚えた。
――実際のところは、ハートネル教会の修道士が乗り込んで来て一家を糾弾しているので、誰がどう見てもすでに越えてはいけない一線を越えている状況なのだが、夫妻はそれを認めたくなかった。
そこでふたりはエミリーのご機嫌を取り始めた――もう「アイリーンなんて死ねばいい」などと馬鹿げたことを言い出さないように。
「……しかしまぁ、そう悲観的になることもないさ。アイリーンが『列福精霊審査』で結果を残せるわけがない……なぁ、そうだろう?」
「そうですわ、あなた。アイリーンは落ちこぼれですもの。大体、そう――あの子が本物の聖女ならば、顔の爛れを自分で治せたはずよ」
「おお、そうだな! そうだ――そうとも!」
「聖女はどうせエミリーで決まりです。ハートネル教会の修道士たち、あとできっと詫びに来ますわよ。そうしたら先ほどのことを抗議しましょう」
「ああ、もちろんだ。あれは無礼な態度だった」
両親の言葉を聞いて、エミリーはほんの少しだけ機嫌を直すことができた――『そうだわ、クズのアイリーンなんかが聖女のわけがない。だったら顔の爛れを自分で治せたはずよね』――大丈夫、大丈夫よ。
三人は答えが出たような空気を作り出したが、それでもソファから立ち上がることができなかった。
――全員、それは欺瞞だと、心のどこかで気づいていたからだ。
そしてまた少し時間がたてば怒りがぶり返してきて、ふたたび罵り合いを始めた。
そんなふうになんの生産性もないことを繰り返すうちに、いつの間にか何時間もたっていた。
そして使用人が、
「カーディフ公爵がお見えになりました」
と告げたのだ。
一家は鞭打たれたかのように、ビクリと肩を震わせた。