修道士に叱責されたバデル伯爵
――一体、なんだっていうの!
数時間前から、エミリー・バデル伯爵令嬢は正気と狂気の境を行ったり来たりしている。
――全部全部全部全部あのクソ忌々しいアイリーンのせいよ! ああ、ああ、ああ、もう、あーっ‼
エミリーは怒り狂いすぎて、今にも血管が切れそうだった。踏んだり蹴ったりとはこのことであるが、追い詰められているのはエミリーだけじゃない。
カーディフ公爵が到着した際、バデル伯爵家の当主が出迎えなかったことには、次のような背景があったのだ。
* * *
早朝、ハートネル教会から使者二名がやって来たのが、不吉の始まり。
「バデル伯爵家には上の子供がいるはずですね。すぐにその子と面会させなさい」
客間に通された修道士のひとりが、父に厳しく迫った。
修道士ごときが生意気な――同席したエミリーは、
「私が結婚するおめでたい日に、変なことを言って水を差さないで! 無礼でしょう、すぐに出て行きなさい!」
と命じたが、相手は頑として退かず。
なんでもカーディフ公爵から委任状を預かっているとかで、ハートネル教会が『列福精霊審査』の全権限を握っているとのこと。
そのため伯爵位の父は突っ撥ねられる立場にないのだとか。
さらに、
「上の子供を隠し続けたことは、カーディフ公爵家への反逆とみなします。もうどうあっても取り返しがつきませんが、今は誠意を見せるべきだ。これ以上まだ罪を重ねる気ですか」
とゾッとするような脅しをかけてきたので、父は真っ青になり、
「離れの塔に十八歳の長女がおります……」
背中を丸めてそう白状した。
「その子は未婚ですね?」
「はい」
「ではその子は『列福精霊審査』を受けなければならない! あなたは何を考えているんです、これは国防に関係する重要なことですよ! 貴族の責務をあまりに軽く考えすぎではないですか」
父は目を上げることもできず、「すぐに本人を呼んで来ます」と小声で申し出たのだが、修道士は「私が直接会い、そのまま教会に連れて行きます」と冷ややかに切って捨てた。
そして執事に離れまでの案内を頼み、足音高く客間から出て行った。出て行く際にその修道士は、同行しているもうひとりの仲間に指示していた。
「お前は単身すぐにハートネル教会に戻り、報告をしてくれるか――これからバデル伯爵家に幽閉されていた長女をお連れする」と。
その後は父、母、エミリー、三者の罵り合いが始まった。
皆が皆、短絡的思考の持ち主なので、今回の問題点がどこにあるのか、本質が理解できていない。ただ想定外のことが起きたという現状に、腹を立てているのだった。
エミリーはまず、先ほど毅然と対応しなかった父を責めた。
「どうしてアイリーンがいると、あっさり認めちゃうのよ! とっくの昔に死んだと、上手くとぼければよかったのに!」
責められた父は生意気な娘を忌々しく感じ、
「何を言っているんだ! そもそもお前が『絶対にアイリーンを教会に行かすな』とややこしい注文をつけるから、こんなことになったんじゃないか! 『列福精霊審査』はこの地方の決まりごとなんだから、初めからアイリーンにも受けさせておけば――」
「何よ、私のせいだっていうの?」目を剥くエミリー。「大体ね――」
「やめてちょうだい! うるさいわね! うるさいわ!」
母が苛々を爆発させて、これ見よがしに両手のひらで耳を塞ぐ。
「わたくし、これから新調したドレスに着替えなくてはならないのに! 花嫁の母として、恥ずかしくないよう、ちゃんとしなくては! メイクや髪のセットって、ものすごく時間がかかるのよ! こんなことをしている暇はないの!」
「おい、この馬鹿女が、この状況でまだ、結婚式のためのお洒落を心配しているのか!」
父は母を殴りかねない空気だ。
母は母で、今すぐドレッシングルームに籠って、派手に着飾りたくて仕方ないというのに、すべてを台無しにされたと、ヒステリーを起こしかけている。
エミリーはといえば、もはや発狂寸前の状態。