エミリーが審査に受かった理由
「同様のケースとは、いつのことですか?」
アイリーンが尋ねると、コートニー司教が教えてくれた。
「千年前だ」
「千年……」
「その人はのちに大聖女と呼ばれることになったが、やはり君のように、スタート地点で躓いた。子供の頃祝福を受けかけたが、途中で不浄に触れて中断したのだ。……もしかすると君たちは力が強すぎて、祝福が訪れるのが早すぎたのかもしれない。通常は年頃になり、体が成長して大人に近づいてから、月食が三回起こる年という暦に合わせて、教会という適した場所にやって来て、初めて光の精霊と向き合う。それを日常生活の中で不意に出会ってしまえば、事故も起ころうというものだ」
「その大聖女様は子供の時中断してしまって、神罰を受けたのですか?」
「それまでは元気だったのに、翌日からベッドに寝たきりになってしまったそうだ。しかし月日が流れ、月食が三回起きた年、彼女もみんなにならって教会にやって来た。自力で歩けないので、使用人にかつがれて来たらしい。そこで光の精霊に許され、彼女は聖女となり、歩けるようになった」
「すごい……」
アイリーンはほう、と感嘆のため息をつく。
千年前の大聖女様は許されてよかったと思う。きっと嬉しかっただろうなぁ。
「そのケースでは呪いを受けてから、十年経過後に列福精霊審査を通ったんだよ。つまり君と同じだ」
「あ――私もちょうど十年目」
「そうだ。さぁ、受けてみよう。今度は君が逆転する番だよ」
「はい! 私、受けてみます」
アイリーンは胸の前で両拳をぎゅっと握り、元気に頷いてみせた。
自分も成功できるかは分からないけれど、可能性はゼロじゃないって分かった。
昔アイリーンが出会ったあの光は、すごく温かくて優しかった。また会いたい。――また会えたら、あの時に聞いた、可愛らしい笑い声や歌声を、また耳にすることができるかもしれない。
アイリーンがやる気になっているのを見て、コートニー司教が眉尻を下げ、困ったように笑う。やっぱり彼は優しくて、そしてなぜか泣きそうに見えた。
「ああ、そうか……そのピンクのブレスレット……」
「え?」
彼の視線を辿り、アイリーンは自身の手首を見おろした。そこには自作のブレスレットが嵌められている。一度はエミリーに取り上げられたものの、先日『安物はもういらない』と突き返された。せっかく戻って来たので、着けることにしたのだ。
――コートニー司教は先日の列福精霊審査を思い出していた。
エミリー・バデル伯爵令嬢は右手にピンクのビーズでできたブレスレットを嵌めていた。精霊の光は彼女の『右手』に集まった。だからつまり――そういうことなのだ。
このブレスレットが元々エミリー・バデル伯爵令嬢のものだったなら、彼女は決してそれを姉のアイリーンに渡すまい。おそらく元々姉のものだったのに、妹のエミリーが取り上げたのだ。先日彼女はそれを着けて教会にやって来た。
おおかた、列福精霊審査に受かったものだから、気が大きくなって、取り上げたブレスレットをアイリーンに突き返したのではないか。
しかしそうなると……ブレスレットという物質を目当てに光の精霊が十以上も発現したことになる。実際に本人が現れたら、一体どうなるのか。
千年前に超高位魔法を使いこなしたという大聖女は、列福精霊審査で光を三十も発現させたらしい。今回も同じことが起こるのか……。
――コートニー司教が緋色の大扉に手をかけ、アイリーンのほうを振り返る。
「この奥は身廊になっている」
「身廊とはなんですか?」
「礼拝者が座る席が、ズラリと並んでいる場所だ。――今、中には大勢の人がいるよ」
「え」
アイリーンは目を白黒させた。……大人を一度に大勢見たのは、十年前が最後だ。大丈夫かな。目がびっくりしちゃうかも。
「タイミングが良すぎたね。カーディフ公爵をお迎えするため、教区全体から、神父、修道士、修道女、近隣の有力者たちが集まって来ている。彼らはずっとカーディフ公爵歓迎の準備に追われていたのだが――列福精霊審査をひとりだけ受けられなかった少女が、これからやって来ると聞いて、せっかくだから立ち会いたいという声が出た。それで結局――大半の者が奥で待っているというわけさ」
「人がいっぱい……緊張します」
「大丈夫。大丈夫」
コートニー司教が頷いてくれる。アイリーンは励まされ、いくらか勇気が出た。
「見物人のことは考えず、古い友人に会いに行くと思いなさい」
「友人……」
「光の精霊は敵ではない。君の友だ」
そう――そうだ。
光の精霊ではないけれど、ウサギの精霊の友達ならいる。
ニームは大事な友達だ。友達だし、相棒だ。ニームとも仲良くなれたんだから、昔会ってそれきりになっている光の精霊たちとも、きっと仲直りできるはず。
「それから」
扉を開ける前に、コートニー司教がもう一度動きを止めて告げる。
「一応言っておくけれど、たとえ失敗したとしても、私は君の味方だよ。――また教会に来なさい」
「いいのですか?」
「もちろんだ。私はまた君と話したいからね」
この上なく嬉しいと思いながら、アイリーンはなぜか瞳を潤ませていた。
笑顔を浮かべたいのに、視界がぼやける。鼻がツンとしてきた。……なんでだろう。
「わ、私……絶対また来ます」
「うん」
「では――行ってきます!」
扉が開かれる。
アイリーンは勇気ある一歩を踏み出した。