君は優しい子だね
……ふっと回想から現実に戻る。
アイリーンは夢から醒めたかのように、目の前に佇むコートニー司教の顔を見上げた。
「私はあの日、混乱した妹に突き飛ばされて、顔からルブラスピナの藪に突っ込みました。それで……輝かしいすべてが眼前から消えて……何も聞こえなくなりました。世界が暗くなったの。妹は言いました――『全部あなたの勘違いだ』と。『あなたはあの時、光に包まれてなんかいなかったし、浮かれて踊っていただけだ』と。妹は私を止めようとしたのだそうです――姉がひとりで踊っていて、頭がおかしくなったと思ったらしくて」
語り終えたアイリーンは不安を覚えた。
コートニー司教がとても怖い顔をしていたからだ。けれど彼は理性的な人らしく、怒りを乱暴に振りまかずに、必死で自制しているようだった。
これがもしもエミリーなら、これだけ怒っていれば、アイリーンのことを殴っていただろう。
アイリーンは謝った。
「ごめんなさい。私は姿が醜いので、教会に入ってはいけなかったかもしれません。みんなを怖がらせないように気をつけます」
「ああ、違う」
コートニー司教の顔が歪む。彼は泣きそうだった。
「私は君を責めてはいないよ。――いいんだ。ありのままで、ここにいていいんだ。君は優しい子だね」
「……私は列福精霊審査を受けられますか?」
「もちろんだ。こちらから頼まなければいけない。受けてもらえるかな?」
「はい」
アイリーンははにかみ、ほっとして笑みを浮かべた。幸せな気持ちでコートニー司教を見返す。
「私、すごく受けたいです。同じような年ごろの女の子がみんな受けたと聞いたので、私も受けることができたら、普通の人みたいでしょう?」
「……そうだね。君は普通の人と同じだし……実は普通の人以上かもしれないよ」
どういう訳かコートニー司教の声が微かに震えている。
理由は分からないが、アイリーンは『彼は親切な人だ』と考えていた。コートニー司教こそ『普通の人以上』だと思う。だからこんなふうにアイリーンに優しくしてくれる。
――列福精霊審査を受けても、結果がだめなのは分かっている。
アイリーンはなんだか申し訳ない気持ちになった。コートニー司教に面倒をかけていると思ったからだ。
「あの、光の精霊は私には応えないと思います」
「どうしてだい?」
「あれからずっと応えてくれません。だから……」
それ以上は言葉が続かなかった。
けれどコートニー司教が意外なことを口にした。
「私は君の身に起きたことを説明できると思う」
「え?」
「十年前、君は光の精霊から祝福を受けようとしていた。そしてまさにそれが行われようとした瞬間、ルブラスピナの藪――悪魔の爪に触れてしまった。光の精霊たちを危険に晒したことで、君は神の怒りに触れたのだ。祝福が反転し、呪いに変わった。だからこそ、君の顔の爛れは長く続いている。ルブラスピナは確かに肌をかぶれさせるが、君のように何年も包帯を巻いて過ごさなければならないほど重い症状にはならない」
陶器のように滑らかだったアイリーンの肌は、藪に突っ込んだあとすぐにボコボコと隆起し始め、地獄の釜が煮え立ったかのような有様になった。膿がじゅくじゅくと腫れた肌の下に溜まり、場所により緑や紫や橙、黒に変色した。どうかなりそうなほどに痒く、痛く、嫌な臭いがして、アイリーンは『自分は生きたまま朽ちてしまったのだ』と思った。
「……ルブラスピナに触れると、みんなこうなるのかと思っていました」
アイリーンは気が抜けたように呟きを漏らした。
「そんなことはない」
「じ、じゃあ……余計に私、列福精霊審査はだめそう。たぶん精霊も神様も怒っている」
「いいや、それは」
コートニー司教が言葉を切った。彼が何事か深く考えを巡らせているのを、アイリーンは不思議な気持ちで眺めた。
「コートニー司教?」
「君と同様のケースが大昔にあった。伝承で聞いたことがある」