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アイリーン、教会に行く


 敷地から出たのは何年ぶりだろう。


 自邸からハートネル教会までは、馬車で二十分ほどの距離だ。そんなには離れていない。けれどアイリーンは移動中ずっとソワソワしていた。


 ……『列福精霊審査』を受けさせてもらえるということだけど、どうしてかしら。


 聖女はすでに妹のエミリーに決まっている。そして妹は今日、『エミリー・バデル伯爵令嬢』から『エミリー・カーディフ公爵夫人』に変わる。


 これからカーディフ公爵がやって来て、すぐに教会で結婚式を挙げるらしい。


 ずいぶん急な気がするけれど、お相手の都合なので仕方ない。結婚式のあと、ふたりはすぐにカーディフ公爵のお屋敷に向かうそうだ。


 ――アイリーンはこの地に残り、妹のエミリーは華々しく旅立つ。


 あの子と今日『さよなら』するのだと思うと、なんだか不思議な感じがした。


 アイリーンは家族であるけれど、結婚式にはもちろん招待されていない。だからなおさら教会に呼ばれたのが不思議だった。


 窓の外を眺め、景色を必死で心に刻み込む。……先方のご用が済んだら、またあの部屋に戻されるだろうから、ちゃんと見て記憶しておきたい。夜寝る前に思い出せば、幸せな気持ちで眠れるだろう。


 陽光が草原に反射し、風が吹くたびに金色の光を放っている。


「……綺麗」


 思わず小さな呟きを漏らすと、対面に座っていた修道士が、びっくりしたようにこちらに顔を向けた。


 彼はアイリーンと対面し、ウサギのマスクをかぶっているのを見た時から、ずっと驚きっぱなしのようだ。


「……うるさくして、ごめんなさい」


 長いあいだ外の人と関わってこなかったので、知らず知らずのうちに何か失礼なことをしていたのかも。アイリーンがモジモジと謝ると、相手は慌てふためき、


「い、いえ、こちらこそ不躾に視線を向けてすみません」


 と両手を左右に振って許してくれた。


 ……すごくいい人……。


 アイリーンはにっこりと笑ってみせた。顔の大部分が覆われているので、伝わったかどうかは分からないけれど。




   * * *




 ハートネル教会でアイリーンを出迎えてくれたのは、白髪を綺麗に整えた、優しそうな年配の人だった。


 ロビーのようなところで、立ち止まって対面する。


「私はコートニー司教と申します」


「はじめまして、アイリーン……です」


 バデル姓を名乗っていいのか分からず、名前だけを伝えた。下手なことを言って、あとで家の者から折檻されるのが怖い。


 アイリーンは不格好に両手でドレスのスカート部分を摘まむと、ぎこちなく頭を下げる。


 彼女は八歳から引きこもっていたので、まともな教育を受けていない。本を読むのは好きだったから、独学で学んだことも多い。読み書きはできるし、歴史や文学の知識はある。けれど社交のスキルは赤子レベルだった。


 コートニー司教はアイリーンのお辞儀を見て一瞬虚を衝かれたような顔をしたのだが、すぐに目元を和らげた。いたわるように優しくアイリーンに話しかける。


「教会に来たのは初めてですか?」


「は、はい。緊張します」


「大丈夫ですよ。普段のままで」


 普段のまま……アイリーンは小首を傾げ、真っ直ぐにコートニー司教の瞳を見上げた。


 コートニー司教は心のうちで『なんと澄んだ瞳だろう』と考えていた。


「わ、私は……とてもお喋りが下手です。ごめんなさい」


「下手ではないです。あなたは上手に喋れていますよ」


「そうですか?」


 アイリーンが照れたように頭を動かすと、ウサギ耳の飾りが揺れる。


「……とても可愛いマスクですね」


 なぜかコートニー司教は胸が詰まったようにそう言った。


 アイリーンはよく考えてみた。……どうして彼は悲しそうなのだろう。


 よく分からない。人の気持ちを想像するのは、とても難しいなと思った。


「このマスクは自分で作りました。私……ええと、私」


 ちゃんと言っておいたほうがいいだろう。やはり本当は、列福精霊審査を受ける権利さえ自分にはないのかもしれない。姿に問題がある身では、光の精霊に会ってはいけないのかも。


 ズルはしたくなかった。ここに呼んでもらえただけでも良かったのだから、受ける前に正直に申告しよう。


「私、マスクの下に包帯を巻いています。顔がひどく爛れているのです。ええと……八歳の時に、こうなりました」


「十年前ですね」


「はい」


「何があったのですか?」


「私、あの時……妹を驚かせてしまって……」


 萎むように声が小さくなる。



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