おもうこと、おもわないこと
『おもうこと、おもわないこと』
おもうこと、おもわないこと
かんじること、かんじないこと
かんがえること、かんがえないこと
ひとはいろんなことをえらんでゆく
ひとをきずつけること
みずからのかなしさ
ひとのつらさをみすごすこと
ちからなきことのくるしさ
ひとはえらびゆくのだ
のぞむとおりに
あるいは
のぞまぬかたちに
はじめのおもいはかわらず
けれども
ころげたこころはかわりつづけ
やがては
まったくべつのものとなる
たのしさとくるしさ
それがひとつの
うらとおもてであるように
えらぶことも
ひとつのことの
うらとおもてでできている
めをひらき
かんじることがしあわせか
めをそむけ
かんじないことがしあわせか
えらんだはてのゆきさきで
たましいだけがしっている
おわりのはてで
ふたたびのはじまりで
しあわせだったのか
しあわせではなかったのかを
みるのだ
みせられるのだ
きっと
できるなら
かなしくても
しあわせでなくても
しること
おもうこと
かんじることを
わたしは
えらびたい
えらんでゆきたい
わたしわ
おもいたい
あなたのことを
いつかのなつかしさと
あのときのことを
おぼえていたい
あなたを
あやは
-つぶやきと蛇足-
まだ学生の頃に聞いたりした、さだまさしさんの歌、
『空き缶と白鷺』を思い出して書いたものです。
『空き缶と白鷺』は、とても好きな歌です。
自分のバイブルといえるもの。近いテーマのさだまさしさんのいくつかの歌、
『前夜(桃花鳥)』、
『聖域』、
それらと共に自分のなかでは特別な位置にあった曲のひとつですね(^ω^)
自分は目を背けることを選択するよりも、見つめていたいと感じるほうだと思いつつおります。
けれどもまあ、目を背けないと辛く感じることも増えましたね。
目にするニュースや日々の出来事から、そうしたことを感じつつおります。
しあわせだったと、そうして良かったと、笑ってゆきたいものですね♪(*^^*)
自分のバイブルである歌詞を思い出しつつ、ちょっとそんなことを書いてみました("⌒∇⌒")