旅立ち
御使いとしての仕事を受けた数日後……
「ココよ、ハンカチは持ったか? ちりがみはあるか?」
「……遠足ですか? まあ、どっちもありますけど」
私は今、外界へと旅立つ準備をしている。
「服装もばっちりじゃの」
現在の服装は、巫女服に灰色のスカーフ、白い石がはめ込まれた指輪をつけ、風呂敷を背負っている。巫女服は、ミコト様に私専用のものを作ってもらった。
「着替えは風呂敷の中に入っているからの」
「この風呂敷って、本当に便利ですね。わざわざ貸していただいて、ありがとうございます」
私が背負っている風呂敷はただの風呂敷ではなく、ミコト様お手製の特殊な風呂敷だ。外から見ると、何も包まれていないように見えるが、その風呂敷でつつんだものは別の空間に保存され、取り出したいものをイメージしながら開くと、それが出てくる、というものであり、旅歩きをするにはもはや便利という概念ではない代物だ。外界だと、『神具』と呼ばれる、とても珍しいものらしい。
「そのスカーフも、似合っておるぞ。まあ、わしが作ったのだから当然じゃがな」
「これって、あの日に私が着ていたものから作ったんですよね」
今、私が首に巻いているスカーフは、私が神域へと流れ着いた日に私が身に着けていたらしい、灰色のローブから作られている。落下の衝撃でか、衣服として使うことができないほどボロボロだったけど、記憶を戻す手がかりになるかもと、ミコト様が仕立ててくれたものだ。これが今の私が持つ、私の過去に関する唯一の手掛かりだ。
「指輪も忘れんようにの。それがないと、神の候補者を見分けられんからの」
この白い石の指輪は、神域にある石を加工したもので、神様になれる器を持つ人に近づくと、うっすらと光るらしい。これをもとに、外界で目的の人を探すのが、私の使命だ。
「……えへへ……」
ミコト様からもらった指輪を見ると、なんだか表情が緩んでしまう。
「さて、準備も済んだことじゃし、いよいよ外界へと旅立つ時がきたの」
ミコト様の話を聞き、我に返る。
仕事を言い渡されてからの間、外界に関する本もしっかりと読みこんだ。外界へ向かう準備も今、終わった。
「この扉をくぐれば、いよいよ外界じゃ」
私とミコト様の前には、小さな扉が立っていた。これは『神格の扉』といい、これをくぐると、神の候補者のいる場所の近くへと出られるそうだ。この扉をくぐれば、いよいよ、私の御使いとしての初仕事が始まる。
「……ココよ、不安か?」
ミコト様が私のほうを見て、そう言ってくる。自分の腕を見ると、わずかに震えていた。すると、ミコト様が私を抱きしめる。
「大丈夫じゃ。おぬしはわしの御使いなのじゃ。並大抵のことは一人でもなんとかなる。自分に自信を持て。おぬしならやれる、わしはそう信じておるからの」
以前にあやしてもらった時のように、優しく頭をなでながら、優しく語りかけてくる。
「……もう、大丈夫、です」
ミコト様の暖かさが体中を伝わり、不安に包まれていた思考が溶かされる。体の震えが収まる。
覚悟は、決まった。
ミコト様の抱擁から抜け出す……前に一つだけ。
「ミコト様」
「……なんじゃ?」
名前を呼ぶ私に、ミコト様はふんわりとした微笑を浮かべて返事をする。
「無事に帰ってきたら、また、こうやって、ぎゅって、抱きしめてください」
「……お安い御用じゃ。おぬしの気が済むまで、いくらでもしてやろう」
……さて、気を取り直して、ミコト様の抱擁から抜け出す。
目の前にある扉を見据えて、勇気を出して前に足を踏み出す。この先に何が待っているかはわからない。けど、私のやるべきことは、そこにある。
「では、行ってきます!」
「うむ、あまり気張らずに頑張ってこい!」
私はミコト様の声を背に、意を決して扉の中へと入っていった。




