狼狩り
更新が遅くなってしまい、すみません……(n回目)
「グルォァァァァァッ!!」
怨嗟狼は、自らを奮い立たせるように咆哮し、わたしたちのほうへと飛び込んできた。
「っと……」
『ラズ、気を抜くなよ』
とりあえずその場から飛びのき、怨嗟狼のとびかかりを避ける。
「さっきまで、怯えてたのに、急に、攻撃的に、なったね」
『窮地に陥った奴ほど、必死になって足掻くもんだ』
「たしか、『追い込まれた猫人族は、虎人族よりも凶暴』……だっけ?」
そんなことを話しながら、弓に手をかける。
『いいか、ラズ。ここから攻勢に入るが、ひとまず牽制を第一に考えろ』
弓に矢をつがえようとしたところで、アリア姉さんがそう指示を出した。
『というのも、今のお前は霊力っていう特殊な力を持ってるんだが、わかるか?』
確かに、体の中に、さっきまではなかったものが感じられる。ココにもらった矢と同じような感じがする、青く輝く炎……激しく燃え盛っているが、熱くはない。体を包み込むような柔らかい暖かさを持っている。
「うん、なんとなく、わかる」
『その力を使えば、奴にダメージを与えられる。だが、一つ注意点がある。その力は無限に使えるわけじゃない。力を消耗すれば、その分回復するまで時間がかかる』
体制を立て直した怨嗟狼は、再びわたしたちの方を睨みつけ、威嚇の動作を見せる。
『だが、奴は周囲の妖力がなくならない限り、延々と回復し続ける。倒すためには、回復の隙を与えないために、一撃で奴の妖力を消し去る必要がある』
怨嗟狼の体は、最初に見たときよりも、さらに一回り程大きくなっていた。
『今の奴とラズの力の大きさを見るに……そうだな、今持ってる力の7割くらいを一撃に籠めれば倒せるだろう』
「……アリア姉さん、すごいね。すぐにそんなことが、わかるなんて」
『なに、狩人の勘ってやつだ』
アリア姉さんは真面目な顔でそう言い放った。勘なのか……
『とにかく、力を籠める隙ができるまでは、なるべく力を温存しておけ。』
「まあ、わかった。牽制重視、だね」
『ああ、行くぞ、狩りの始まりだ!』
再び飛びかかってきた怨嗟狼を、わたしとアリア姉さんで、左右に避ける。怨嗟狼は一瞬わたしとアリア姉さんのどちらを狙うかを迷った素振りを見せたが、すぐにわたしの方に視線を向けた。
「グルルルゥゥッ……」
(狙ウべきは当然……)
怨嗟狼の唸り声に合わせるように、声が聞こえた気がした。
「グルルルァァァアッ!!」
(死ねェぇェッッ!!)
いや、気のせいじゃない。間違いなくはっきりと聞こえた。わたしに対する明確な殺意を持った声。怨嗟狼ははっきりとした自意識を持っている。
「……」
だが、わたしのやることは変わらない。たとえ怨嗟狼が意識を持っていたとしても、今のあいつはわたしの敵、獲物であることに変わりはない。
「ふう……」
背中の矢筒から一本の矢を取り出し、弓につがえる。怨嗟狼の攻撃を回避しながら、呼吸を整え、狙いを定める。集中すると、わたしの体の中にある青い炎がゆっくりと、腕から矢へと伝わっていくのがわかる。もっと集中すれば、より多くの力を籠められそうだが、さすがに動きながらでは難しい。
(とにかく、隙を見せるまでは、牽制……)
矢に込める力は少なめに、なおかつ、足止めをするために、怨嗟狼の足をめがけて矢を射る。矢は怨嗟狼の右前足へとまっすぐ吸い込まれていく。
「グルァァッ!」
だが、怨嗟狼はその場から飛びのき軽々と避けて見せた。
「グルルル……」
怨嗟狼はわたしを嘲笑うかのような唸り声をあげている。だが、怨嗟狼のそんな態度を見せられても、わたしは何とも思わなかった。だって、今の怨嗟狼は、どう見てもーーー
「めちゃくちゃ、足、震えてる、けど?」
「グルルルルァァァァァッ!!」
(絶対にコロすッ!!)
先ほどまでとはくらべものにならない勢いで、わたしめがけて怨嗟狼が飛び込んできた。回避しながら、怨嗟狼の体に矢を打ち込む。簡単に触れられるほどに近い距離での攻撃に、当然、怨嗟狼は回避できるはずもなく、体に矢を受けた。
「グルァッ!?」
特殊な力のこもった矢は、確かに怨嗟狼にダメージをもたらした。怨嗟狼はその場でわずかに動きを止める。だが、わたしはそれに追撃するでもなく、怨嗟狼から距離をとった。
(まだだ、今じゃ、ない。まだ、足りない)
もっと大きい隙が無ければ、怨嗟狼を確実に倒しきれるほどの力を矢に込めることができない。今はひたすら回避に専念するしかない。
(そういえば、アリア姉さんは……?)
パキッ……
遠くから小さな音が聞こえた。音のした方向を見ると、『しまった……』と言わんばかりの表情をしたアリア姉さんがいた。足元には、二つにきれいに割れた木片がある。さっきの音は、それを踏み抜いた音のようだ。そして、そのすぐ近くには、地面に倒れているココとカティの姿があった。アリア姉さん、何をやって……?
(アリア姉さんの口の動き……ためろ、って、今?)
アリア姉さんが、わたしに向けて口を動かしている。力を溜めろって言っても……
「! グルルァァッ!」
(! あいツらヲ殺して戦意をナくせバ!)
「ッ!?」
怨嗟狼も音に気付いて、アリア姉さんたちのいるほうへとまっすぐ突っ込んでいった。つられて怨嗟狼を追いかけようとするが、
(……違う)
また友達を、家族を失うかもしれない、という恐怖を抑え込み、その場で立ち止まる。ゆっくりと深呼吸をしながら、矢筒から矢を取り出す。
(わたしの、すべきことは)
思考を研ぎ澄まし、弓につがえた矢に、自分の中で燃え盛る青い炎を、矢へと流し込んでいく。
(仲間を、友達を、家族を)
怨嗟狼と、アリア姉さんたち三人との距離がぐんぐん縮まっていく。
(信じる、こと)
そして、三人に怨嗟狼の巨体が迫ったーーー直前。
ガチィィィィン!
「ガッ、ガルルルァァッァァァッ!? ガルァァァッァッ!」
無機質な金属音とともに、怨嗟狼の絶叫が響き渡る。その足には、鋭い牙のようなものが食い込んでいる。それは、青い炎をまとった、トラバサミだった。
『あーあ、見え見えの餌にすぐ飛び掛かっちまって……』
「ガルルァッ! ガルルルゥッ!」
(ふざケるナッ、クソがァッ!)
『なんだ? あたしが正々堂々と戦うと思ってたのか?』
悪態をつく怨嗟狼を前に、アリア姉さんは淡々と告げる。
『あたしは狩人だぞ? 今してるのは、戦いじゃなく、狩りなのさ。最初から獲物と正面切って戦う何てことはしない。ゆっくりと獲物を追い詰めて、罠にかける。それがあたしのやり方だ』
怨嗟狼がどれだけ暴れようと、足元の罠はがっちりと足に食いつき、離そうとしない。と、
「ガァァッ、ガァァッァァッ! ガッ!?」
唐突に怨嗟狼はその動きを止めた。蛇ににらまれた蛙がごとく、微動だにしなくなった。首がゆっくりとわたしのほうを振り返る。
ゴォォォォッ……
わたしの構える弓には、青く燃え盛る炎の矢がつがえられている。そして、その炎はいまだに火の勢いを、輝きを増していた。
「すぅ……ふぅ……」
深呼吸をしながら、怨嗟狼に狙いを合わせていく。相手は拘束されており、身動きが取れない。まっすぐ狙えば、確実に当てられる。
(この一撃で……決める)
狙いを定め、矢を放とうとした瞬間、
「ガルルァ……」
(お姉ちゃん……)
怨嗟狼の声が聞こえた。はっきりと耳に届く、ひどく懐かしく、聞き覚えのある、妹の声。でもーーー
「お前は、ロズじゃ、ない」
放たれた矢は、一筋の青い光の線を引き、吸い込まれるかのように、怨嗟狼の額に命中した。




