すべては崩れ去る
「ラズさんッ!」
地面に座り込んだままのラズさんと、それに迫る触手。瞬時に危機を感じ、ラズさんの方へと全力で跳んで、必死に手を伸ばす。
(間に合ってッ!)
ドグシャッ……
不快な音が響く。
「そ、んな……」
目に映るのは、鮮血をまき散らしながら宙を舞う人の姿。そして、それに巻き込まれる形で、ほのかな光を発しながら壊れゆく、霊力の結界。
「ココッ、聞こえるか!」
呆然と立ち尽くす私の耳に、カティさんの声が届く。
「すぐにラズの容態を確認しろッ! まだ死んだとは限らん! 怨嗟狼は我が押さえておくから、とにかく急げッ!」
そうだ。まだラズさんが死んでしまったと決まったわけじゃない。涙をこらえ、ラズさんが吹き飛ばされた方へと走る。
「グルルルルル……」
「ここは通さんぞッ!」
触手に吹き飛ばされたラズさんは、そのままの勢いで壁を突き破り、隣の部屋の壁にたたきつけられたようだ。壁に大きなヒビが入っており、その下で力なく倒れている。口から血を流しており、服は赤く染まっていた。急いで近づき、ラズさんの容態を確認する。胸に手を当てると、わずかに鼓動が感じられ、弱弱しいが呼吸をしているのもわかった。
「ラズさん、ラズさんッ!」
必死になって呼びかけるが、ラズさんは一向に目を覚まさない。
(とにかく、治療をしないと……)
「『光よ、傷つきし体に癒しを』……!」
ラズさんが死んでしまうかもしれないという恐怖を抑え、ラズさんの体に手を当てながら、自分にできる最高の回復魔術を唱える。手からかすかな光がはなたれ、ラズさんの体を包み、傷を癒していく。が、
「……ッ、お願い、目を覚まして……!」
どれだけ回復魔術をかけても、ラズさんが目を覚ます様子はない。回復魔術は、体の傷は治すことができても、体力や気力自体を回復することはできない。
「まだだッ!」
「グルォォォォン!」
そうこうしている間にも、背後から怨嗟狼とカティさんの戦いの音が聞こえてくる。
(どうしよう、このままじゃ……)
撤退するにしても、ラズさんを抱えたまま怨嗟狼の攻撃を避けて逃げることは難しい。攻撃するにしても、霊力の結界がなくなってしまった今、怨嗟狼の妖力は回復し続ける。一つ、助かる方法があるとすれば、ラズさんをここに置き去りにして逃げることだが……
(……ッ、そんなこと、できるわけない!)
「ラズさん、ラズさんッ! 目を覚ましてください! お願いだから……目を覚ましてッ!」
命の恩人を、友達を見捨てるなんてことができるわけがない。あきらめることなく、ラズさんの名前を呼び続ける。と、
「ぐぁぁッ!?」
部屋の中に、何かが飛んできた。
「ココ、すまん、しくじった……」
それは、体中に傷を負った、満身創痍のカティさんだった。
「カティさん!? すぐ治療をーーー」
「いや、貴様はラズを起こすことに専念しろ」
「そうは言っても……」
カティさんの体には無数の傷が刻まれており、今もなお傷口から血を流し続けている。すぐにでも治療が必要だろう。
「ラズが起きんことには戦闘も撤退もできん。とにかくラズを起こすことが最優先事項だ」
「グルルルルルル……」
「……もう来たか」
いやなうなり声の方を見ると、怨嗟狼が、こちらを睨みつけていた。体にまとっている猛烈な妖力の波動を見るに、私たちとの戦闘で負ったダメージは完全に回復し、それどころかさらにまとっている妖力の量が増えている。確実に私たちのことを殺そうとしているようだ。
「とりあえず我らの周囲は複数層の結界で囲ってはいるが、それがすべて壊されるのも時間の問題だ。それまでに、ラズの目を覚まさせる必要がある。さもなくば、我らは全滅だ。とにかく呼びかけ続けろ!」
「……わかりました! ラズさん、早く目を覚ましてください!」
ラズさんの肩をたたきながら、ひたすらに呼びかけを続ける。
「お願いです、ラズさんが目を開けてくれないと、私たちみんな、ここで死んじゃうんです!」
「うぐぅッ……」
パリンッ……と結界の割れる音がした。
「お願いですからッ!」
「くそぉッ……! ラズはまだ目を覚まさんのか!?」
パリンッ……パリンッ……
私たちを守る結界が、次々と破壊されていく。
「お願いですから……目を開けてください……」
目から涙がこぼれ出す。どれだけ肩をたたいても、どれだけ体をゆすっても、どれだけ呼びかけても、ラズさんは返事を返してくれない。
(……どうすればいいの……?)
パリンッ……パリンッ…………パリンッ……
目の前には、気を失ったまま目を覚まさない友人、後ろには、身を挺して私たちを守ってくれている友人。そのすべてが今、失われようとしている。
「くそがッ! 我のマナをすべて持っていけぇッ!」
(……どうすればよかったの……?)
意味のない疑問が頭の中をめぐる。どうすれば、こんな窮地に陥らずに済んだんだろうか。私は、どこで間違えてしまったんだろうか。
(いや、間違っていない)
なぜだろうか、さっきまで感情的だった頭の中が、急に冷静になった。
「……? おいッ、ココ! どうした!? なぜ呼びかけを止めてーーー」
「……」
胸元から、残っていたすべての霊力の札を取り出し、ラズさんに押し当てる。そして、そのままラズさんに霊力を浸透させていく。
「ココ? 何をやってッ!? ぐッ……最後の結界がッ……」
「グルルォォォン!」
ピシッ、ピシッ……
結界にヒビが入る音も、すぐ近くで響く怨嗟狼の遠吠えも気にせず、作業を続ける。
(ラズさんは妖力の塊を体内に埋め込まれている。妖力の塊は周囲の妖力を吸ってその力を増し、次第に大きくなっていく。でも、ラズさんに埋め込まれた妖力の塊は、そうはならなかった。その理由はラズさんの持つ特殊な性質のため)
「も、もう……限界、だ……」
パリンッ……
ひときわ大きい破砕音が鳴る。それと同時に、私の作業も終了した。後ろを振り向くと、鋭い触手がまっすぐと、ラズさんをめがけて伸びてくる。
(最後に必要なのは、ほんのわずかな時間)
ラズさんを挟んで、迫りくる触手に向かい合う。
「きっと、これでうまくいく……あとは任せました」
なぜだかはわからないが、こうすることが最善の選択だと分かった。そして、
「がッ……」
私の胸を、触手が貫いた。




