進んで下がって、また進む
「……つまり、私は意識を失っているうちにミコト様の御使い? にされたわけですね」
目の前で土下座をし、毛玉と化した神様に語り掛ける。
「了承もないまま契約を済ませてしまって本当にすまぬ……」
「まあ、私の命を救ってくれたわけですし、怒りはしませんけど……御使いって、具体的にはどういう者なんですか?」
眷属、御使いと言っても、具体的にはどういうものなのだろうか? まさか主人の命令には絶対服従、それをいいことにあんなことやこんなことを……
「……せんぞ」
……ジト目でみられると少しつらい。
「まあ、御使いだの眷属だの言っても、簡単に言えば神とのつながりを持っているという証じゃな。基本的には服従させることはできん。しいて言うなら、おぬしのわしに対する印象が少し変わるくらいかの。無意識にわしのことを様付けで呼んでいたり、といった感じでな」
いわれてみれば、初対面で、しかもいきなり神を自称する小さい女の子に対して、無意識に様付けで呼んでいた。なんとなく、この神様は自分の主であるっていう感覚もある。
「小さい、は余計じゃ。まあ、御使いについてはだいたいそんなところかの」
と言って話に一区切りがつく。ふむ、操り人形にされたわけではないんだな、と一安心していると、ミコト様がふたたび口を開く。
「ところで、おぬしはなぜこんなところへきたのじゃ?」
「えっ?」
「さっきも言ったが、この場所は現世などとは隔絶された世界。ほかの世界のものがこの場所へと至ることはまずないはずなのじゃ」
―――あれ?
「一体どうやってこの場所を知り、どのようにして、何をしにこの場所へと訪れたのか、説明してもらえんかの?」
……私はなんでこんなところに? 確か、いきなり空に放り出されて……その前は? 放り出される前はどこで何をしていた? そもそも―――
―――私は、だれ?
頭の中にいやなノイズが走る。加速する心臓の音が頭に響く。呼吸が荒くなり、頭の中が真っ白に染まって―――
「……い、おぬしよ! 大丈夫か!? すまぬ、なにか思い出したくないことでもあったか?」
ミコト様の心配そうな声で意識が戻る。
「いえ、逆に、なにも、思い出せないんです……どこから来たのか、何をしていたのか……私がだれなのか」
「!……記憶喪失、か。それはわしにもどうしようもないのじゃ……」
そういうと、神様は少し悲し気な表情をしつつも、私をふんわりと抱きしめ、子供をあやすように阿多もをなでながら、優しく語り掛ける。
「大丈夫じゃ、いずれ思い出す時が来るじゃろう、それまではここで過ごすがよい」
「……はい」
少し涙ぐみながらも、ミコト様にされるがままに体の力を抜く。ほんの少しの静寂の時。ミコト様のぬくもりに抱かれていると、少しづつ気持ちが落ち着いてきた。ある程度落ち着いたところで、ミコト様が口を開く。
「では、おぬしよ……いやまて……おぬし、名前も思い出せんかの?」
「……はい、ですが、いきなりどうしたんですか?」
「いや、いつまでも『おぬし』とよぶのはいろいろと不便じゃろうからな、仮に名前を付けようと思っての」
突然そんなことを言うと、ミコト様は両手を組みうんうんうなり声をあげる。確かに、名前がないと不便だし、少し寂しい気もする。
「……よし、今日からおぬしは『ココ』じゃ」
……なんだか流れでいきなり私の名前が決まってしまった……でも、
「『ココ』ですか……わかりました。わたしは今日から『ココ』です」
なんだか不思議としっくりくる。これも御使いになった影響なのだろうか?
「では、ココよ、改めて、これからよろしく頼むのじゃ」
「はい、よろしくお願いします」
いきなり死にかけて、生き返ったと思ったら、神を名乗る少女の眷属になってしまった。自分の記憶も失ってしまって、なんだかよくわからないことばかりだけど、私がミコト様に救われたことに変わりはない。ならば、彼女の御使いとして、恩返しをさせてもらおう。




