闘いの始まり
「ここは任せた!」
カティさんが結界の構築のために動き出すと同時に、怨嗟狼も動きを見せた。耐衝撃、耐魔法に優れた魔道金属製の床にしっぽを突き刺すと同時に、足元が揺れる感覚がする。
「全員、その場から、飛んでっ!」
ラズさんの声を聞いて、その場を飛びのくと、さっきまで立っていた場所から、触手が突き出してきた。さらに、飛びのいた先でも再び同じように床が揺れ、足元から触手が飛び出してくる。
「やっ、ほっ、せい、っと、危なっ!?」
カティさんも同じように、足止めを食らっているようだ。
「何とか怨嗟狼の攻撃を止めないと……」
「……ッ、そこっ!」
ラズさんが背中の矢筒から矢を一本取り出す。それはうっすらと青い光を放っている。それは、怨嗟狼と戦う前に事前に準備しておいた、霊力を付与させた特殊な矢。ラズさんの弓から放たれたそれは、怨嗟狼に向かって真っすぐ飛んでいくが、怨嗟狼にあたる直前で、地面から突き出した触手によって阻まれる。おそらく、遠距離からの攻撃はすべて同じように防がれてしまうだろう。
「私が近づいて攻撃します。ラズさん、援護お願いします!」
「分かった、気を付けて」
ラズさんに声をかけたのち、手元の霊力の札に意識を集中させ、霊力を自分の体へと移す。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
霊力を出し切って色を失った札を投げ捨て、身体強化を施し、怨嗟狼へ向かって飛び出す。当然、まっすぐ向かってくる私の動きを止めようと、周囲から触手が生えてくるが、
「……させない!」
ラズさんの弓矢によって撃ち抜かれ、触手は動きを止める。
「ありがとうございます!」
そのまま怨嗟狼のもとへ向かっていくと、ふと、背後の触手の気配が一斉に消える。それと同時に、怨嗟狼と私の間に、先ほどまでのものとは違う、巨大な触手が現れた。
「ッ、邪魔ですっ!」
走る勢いをそのままに、手に霊力を集中させ、触手を殴りつける。
(なっ!?)
しかし、その衝撃をものともせずに、触手は反撃を仕掛けてきた。慌ててその場から飛びのき、触手の一撃を避けるが、触手はそこで止まることなく、何度も繰り返し攻撃を仕掛けてくる。
(霊力を練ろうにも、触手の攻撃が激しい……)
攻撃を避けるのに意識の大半を使っており、霊力を練るために意識を集中させる時間が全くない。このままだとこっちが一方的に霊力を消費し続けることになる。
しばらくの間、一方的に攻撃を受け続ける形となり、回避に専念していると、体が急に重くなったように感じた。
「まずっ、霊力が……」
札から取り出した霊力が底をつき、身体強化の術が解けてしまった。そこを狙いすましたかのように、触手が頭上から迫ってくる。
(っ、避けきれない!?)
「ココッ!」
触手が叩きつけられる寸前のところで、強い風を体に受ける。と、背後からズシン、と大きな音が聞こえた。
「ふぅ、ぎりぎり、間に合った……」
「ラズさん、ありがとうございます」
ラズさんが私のことを抱えて、触手の攻撃を避けてくれたようだ。
「ねえ、ココ、あれ、どうすればいい?」
怨嗟狼の前には、いまだに巨大な触手が鎮座している。あれを突破しない限り、怨嗟狼に攻撃することはできない。部屋の隅の方では、カティさんがいまだに小さい触手の攻撃を避け続けている。あの触手を突破するには……一つ、方法がある。
「……30秒ほど、時間を稼げますか?」
「あれを、何とか、できるの?」
「はい、大丈夫なはずです」
私の言葉を聞くと、ラズさんは少し考えたのち、
「……分かった。わたしは、ココを信じる」
そう言って、巨大な触手へと向かっていった。
ラズさんが走っていくと同時に、手元の霊力の札に意識を向ける。
(集中、集中……)
魂術を扱うにはイメージが大切になってくる。霊力、妖力をどのように扱うのか、どのように変化させるか、そのイメージの強さによって、性質が変わってくる。
(あの触手を倒すために必要なもの……)
周囲の景色が、音が、まったく感じ取れなくなるほどに意識を集中させる。
(イメージは……剣。あの触手を切り裂き、断ち切る剣!)
札に込められた霊力を、自分の体へと移す。手にまとった霊力は、私のイメージをもとにその形を変えていき、私の右腕を芯として、半透明の青い剣を作り出した。
「ラズさん、下がってください!」
ラズさんが私の声を聞いて、触手の攻撃範囲から逃れると同時に、札を使って再び身体強化を施し、触手へと向かう。私の姿に気付いてか、触手が私の方へと倒れ込んでくる。
(大丈夫、私ならできる)
ゆっくりと息を吸い込み、集中力を高めていく。思考が研ぎ澄まされ、周囲の時間が引き延ばされていき、正面から倒れ込んでくる触手の動きが、スローモーションのように見える。
「……ッ、やあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
触手がすぐ目の前に迫ると同時に、霊力の剣と化した腕を思い切り振りぬく。触手と剣が触れ合った瞬間、妖力と霊力が互いに中和し合い、視界が白い閃光に包まれる。
「ぐっ……お、願い……切れてっ!」
次の瞬間、腕に何かを切り裂いた感覚がした。視界を覆っていた閃光が収まり、目の前には断ち切られた触手が力なく横たわっていた。同時に、腕にまとっていた霊力の剣もその姿を消していく。
「ココ、すごい!」
(や、やり切った……)
触手を倒し切って安堵していると、
「助かったぞ、二人とも! そのまま怨嗟狼の気を引き続けてくれ!」
部屋の隅で結界の準備をしているカティさんが私たちに向かってそう叫ぶ。触手を倒し切ってやり切った感を出していたが、私たちの相手は触手ではなく怨嗟狼だ。
「分かりました!」
「分かった」
カティさんに返事をして、今度は身を守るものがなくなった怨嗟狼へと向かって再び飛び出す。周囲から妖力を吸収されて、また触手を出されたら面倒だ。
「ラズさん、攻撃をお願いします!」
「うん、わかった!」
怨嗟狼との闘いは、まだ始まったばかりだ。




