研究区画
居住区画から管制区画へと戻ってきた私たちは、研究区画へと続く扉の前にいた。
「改めて作戦を確認しておくとするか」
扉を開く前に、カティさんからそう提案される。
「ここから先は、いつ怨嗟狼に遭遇するかわからん。貴様ら、常に警戒を怠るなよ。隊列は、ラズは先頭で警戒、ココは真ん中で戦闘の準備をしておけ。そして、我がしんがりを務める。怨嗟狼が現れたら、貴様らで何とか足止めをしてくれ。あくまで足止め、そこで全力を出すなよ」
「そこで相手の妖力を削っても、すぐ回復されちゃいますからね」
「うん、わかった」
ラズさんと二人で相槌を打ちながら、カティさんの作戦内容を頭に刻み込む。
「その間に我が霊力の結界の準備をしておく。準備が終わったら貴様らに合図を送るから、それが確認でき次第、怨嗟狼を結界の範囲内へと誘導してくれ。そこからは時間との勝負だ。霊力の結界が妖力で中和されきる前に、怨嗟狼の妖力を削りきる必要がある。これはもう作戦とは言い難いが、そこから先は、貴様ら二人でひたすらに攻撃を続けてくれ。我は結界の維持で集中を切らすことができないからな」
「わかりました!」
「……がんばる」
「あっはっは、その意気やよし!」
カティさんの大きな笑い声に、張り詰めていた緊張が少し緩んだ。
「先は不確かだが、何とかなる、そんな気がするな」
「はい、きっと私たち三人ならできますよ! ね、ラズさん!」
そう言ってラズさんの方を見ると、ラズさんはうつむいていた。そして、バッと顔を上げると、
「二人とも、わたしの問題、なのに、手伝ってくれて、ありがとう」
ラズさんの突然の感謝に対して、カティさんと顔を見合わせる。
「なんだ、いまさらだな。そんな感謝など必要ない。我らがやりたくてやっていることだからな」
「そうですよ。仲間が困っていたら、助けるのは当然です!」
私たちの言葉を聞いて、ラズさんは少し気恥ずかしそうに、ありがとう、とつぶやくのだった。
「では、行くぞ」
そう言って、扉の脇にある機械にカードキーを挿入すると、ピピッ、という短い電子音とともに、扉についているライトが緑色に光る。そして、表面のホコリを落としながら、扉がゆっくりと開いていく。扉の先には、これまでと同じく、真っ白な廊下が続いていた。
「では、先ほどの作戦通り、ラズに先頭を任せる。警戒を怠るな」
「うん、わかった。しっかり、ついてきて」
………………
…………
……
『この先、研究区画』
その表示を横目に、廊下を進んでいく。すると、ラズさんが何かに気付いたようで、
「ねえ、二人とも……」
ラズさんが廊下の先の方を指さす。すでに廊下の終点、研究区画の部屋と思わしき場所が見えている。だが、これまで見てきた他の部屋とは違い、少し薄暗くなっていた。
「電気が通っていないんですかね?」
「怨嗟狼が、暴れたときに、壊されたのかも」
そんな憶測を語りながら、薄暗い部屋へと進んでいく。しかし、そこには、私たちが考えていた以上に恐ろしい惨状が広がっていた。
「なに、これ……ひどい」
「……」
「これは……」
目の前に広がる恐ろしい光景に絶句する。部屋中に赤黒い触手が広がっており、それぞれが壁沿いに並んでいる半透明の大きなカプセルのようなものにつながっている。そのカプセルの中には、干上がってミイラのようになっている人が入っていた。カプセル内の人をよく見ると、わずかに動いている。
「まだ生きてはいるみたいですが……」
「生きている、と言うよりは、無理やり生かされているといった方が正しいだろうな」
「この人たち、この研究施設で、働いていた、人たちだ。見覚えが、ある」
「どうしてこんなひどいことを……?」
「……もしかして、こいつらを苦しませて、妖力を発生させているのか?」
おそらく、カティさんの予想は正しいだろう。意図的に苦しみを与え、恨みの感情を増幅させ、妖力を発生させることは確かに可能だ。怨嗟狼はそれを糧として生きているんだろう。
「怨嗟狼にとって、人はただのエネルギーの供給源でしかない、ということだな」
「ロズ……」
カティさんの言葉を聞いて、ラズさんは悲しそうな顔をする。
「この人たちは、一体どうすれば……」
「……おそらくこいつらを助けることはできないだろう。ひと思いに殺してやるのが、我らにとってもこいつらにとっても、一番良い選択だろうな」
カティさんがそう述べる。カプセルの中の人たちは、なぜ生きているのかわからないほどに衰弱しきっている。おそらく、カプセルから出すと同時に命を落としてしまうだろう。このままカプセルの中に入れておけば、生かすことはできるが、苦しみを長引かせるだけになってしまう。
「……」
「……ごめんなさい」
「……すまない」
深呼吸をしてから、壁沿いに取り付けられているカプセルを一つ一つ破壊していく。カプセルの中からは透明な液体がこぼれ、中に入っていた人は動きを止める。目の前で命が失われていくのを感じ、吐きそうになりながらも、カプセルの破壊を繰り返す。そして、部屋の中のすべてのカプセルを破壊したタイミングで、
「……いやな予感が、する。気を付けて」
周囲を警戒していたラズさんが私たちに呼びかける。それと同時に、どこか遠くから、ズシン、ズシン、と大きな足音が聞こえてくる。次第に大きくなっていく足音。どうやら私たちの方に近づいてきているようだ。
「……ッ、来る!」
ラズさんの声と同時に、部屋の扉が吹き飛び、煙が巻き上がる。そして、次第に煙が晴れていき、その姿があらわになる。
「あれが、怨嗟狼……」
ラズさんが言っていた、巨大な狼。その姿は赤黒い煙に巻かれ、不鮮明でありながらも、その立ち姿は、見ただけで体が動かなくなるほどに、壮絶な威圧を放っている。
「やることはわかっているな」
「うん、わたしたちが、足止め」
「カティさんは結界の準備ですね」
「うむ。貴様ら、絶対に死ぬんじゃないぞ」
「当たり前「です」」
三人で怨嗟狼と対峙する。不鮮明な姿ではあるが、その瞳には私たちがはっきりと映っているのがわかる。あからさまな敵意に怯みながらも、深呼吸をして気持ちを整える。
「では、ゆくぞ! 作戦開始だ!」
「うん!」「はい!」
そして、怨嗟狼との闘いが、始まった。




