作戦会議
改めてラズさんの妹さんと、アリアさんを救うため、三人での作戦会議が始まった。
「まず、わたしが見た狼について。あの日に見た狼は、地上の動物たちと同じく、赤黒い何かをまとっていた。それに、あの狼自体がその赤黒い何かでできていたようにも見えた」
その正体については、大体の推測ができている。
「おそらく、その赤黒いものは、『妖力』というものです」
「ココよ、その、妖力……とはなんだ?」
神域でミコトさまから教わったことをざっくりと話す。
「恨みや苦しみなど、負の感情を持った魂から生み出されるエネルギーのことです。本来なら目には見えないようなものなんですけど、何等かの要因でその濃度が異常に高くなってしまったときに、実態を持つんです」
「ふむ、貴様の説明から察するに、おそらく要因はこれだな」
そう言って、カティさんは一冊の本を取り出す。それは、私が見つけてきた研究日誌だった。カティさんはとあるページを開き、私たちに見せてくる。
「『過去の大戦争の考察』……」
「この森は、かつての大戦争の跡地に位置していたそうだ。戦争による死者は数えられないほどに膨れ上がり、いまだに遺体が埋まっている、なんて話もあるようだ。それらの死者の魂が妖力を発生させているのではないか?」
おそらく、カティさんの推測は正しいだろう。戦争は憎しみを生む。その跡地のような場所なら妖力が発生しやすい。戦争の規模が拡大すればするほど、発生する妖力の量も増加するだろう。森の生き物の凶暴化も、この土地にたまった妖力が原因で起きたことであると考えられる。
「だとすれば、あの狼もその、妖力、っていうやつで、できている……」
「何か妖力に対抗できるものとかはあるのか?」
「はい、ないわけではないんですが……」
身に着けている風呂敷を外し、取り出したいものをイメージする。そして風呂敷を開くと、細長い紙の束が出てきた。
「……ココよ、これはなんだ?」
「これって、前にココがイノシシもどきと戦うときに使ってた……」
「『霊力』の込められた札です」
妖力に対抗する手段、それは、霊力を使うことである。妖力と霊力は相反するものであり、力を加えれば、妖力を中和することができる。
「これが妖力に対抗できる手段なんですが、今手元にあるのはこの数十枚の札だけ。実体化している妖力を中和しきるほどの霊力は確保できないんです……」
この森には霊力が一切感じ取れない。つまり、霊力を確保する方法は、数の限られている手元の札しかない。実体化している妖力を中和しきるためには、ここにある札の枚数の数十倍の数は必要だ。
「おそらく、ラズさんの言う狼は、妖力をエネルギーとしているはず。多少中和したところで、周りの妖力を吸収して、すぐに回復してしまうと思います」
「……ふむ、少し見せてみろ」
カティさんが、目の前に積まれている霊力の札のうち一枚を取る。
「……なるほど、これなら使えるかもしれん」
「使えるって、何にですか?」
「実はな、我は魔術の中でも特殊な『結界術』という術の才を持っていてな。一定の範囲に内と外を遮断する結界を作り出すことができる術なんだが、この札を触媒に使えば、霊力でできた結界を作り出すことができると思う。霊力の結界で赤黒い狼……『怨嗟狼』と名付けよう。で、怨嗟狼を囲ってしまえば、やつと外の妖力の間に壁ができる。そうすれば、永遠に妖力を回復される、ということはなくなるのではないか?」
「確かに、それが可能であれば、その怨嗟狼の妖力を中和しきれるかもしれません」
私の反応を見て、カティさんが得意げな表情を見せる。
「問題があるとすれば、結界の構築にちょっとした陣を組む必要があるのと、使える霊力の量、だな。結界の構築については、術を刻んだ札をうまいこと配置すればよいだけなのだが、一番の問題は結界を維持するための霊力だ。ココの言う通り、霊力と妖力が中和しあうのであれば、結界を構築できたとしても、周りの妖力によってそれも徐々に中和されていくだろう。結界が消える前に怨嗟狼の妖力を中和しきる必要がある」
「カティの結界が、できたら、時間との勝負、ってこと?」
「うむ。加えて、結界の維持のために、我は集中し続ける必要がある。結界の維持中は、我は戦うことはできん」
「つまり、私とラズさんの二人で戦う必要があるんですね」
「わたしが、ココを守る!」
椅子から立ち上がり、意気揚々と宣言をするラズさん。
「そういえば、ラズさんは戦うときに妖力をまとっていたと思うんですが……」
「……力を籠めると、無意識に出るもの、だから……」
私が最初に襲われたイノシシもどきもそうだったが、妖力の気配をまとったものに対して妖力を打ち込んでも、吸収されてしまう。地上のイノシシもどきは、ラズさんの殴りで受けたダメージを回復しきる前に倒し切れていたが、おそらく同じように怨嗟狼をたたいたとしても、倒し切る前に込められた妖力を吸収して再び回復してしまう。
「ならば、これを使うことはできないか?」
カティさんがそう言って、大小さまざまな狩猟道具を指さす。
「アリア姉さんの、弓矢……」
「矢に霊力を籠めることができるのであれば、ラズでも有効打を与えることはできるんじゃないか?」
「確かに、それくらいならできますね」
「あくまでもラズが弓を扱うことができるのであれば、だがな」
「できる、と、思う。前に、アリア姉さんに、使い方は、教えてもらった。それに、アリア姉さんの小屋にあった、狩人の本を、読んでたから」
「なら決まりだな」
………………
…………
……
「では、準備は良いな?」
カティは懐に結界構築用の霊力の札を抱えて。
「はい!」
ココは、懐と手に霊力の札を持って。
「うん」
そして、わたしは狩猟道具と、アリア姉さんの弓と矢を持って。
「では、行くか」
「はい」
そう言って、カティとココはアリア姉さんの部屋を後にする。わたしも後に続いて部屋を出ようとするが、ふと思いついて、部屋を振り返る。
「行ってきます」
誰もいない部屋に向かって、小さくつぶやく。
「ラズ? 何をしてるんだ? 貴様が来ないと意味がなくなるぞ」
「ラズさん、行きましょう!」
ココとカティが……私の二人の友達が、私のことを呼んでいる。
「うん、今行くよ」
しん、と静まった部屋に分かれを告げ、わたしはその場を後にした。




